出だしの文章から心構えることができました。
なにかちょっと重くるしい空気が漂よう物語が始まってくるような予感。
優しい言葉が、水を飲むようにさらさらと身体の中へ入っていきます。
恋愛と結婚。新しい題材ではなく凝った表現もあまりない。
テーマも普遍的だけど、妙に心に染み入るのが素晴らしい。
例えば、結婚という形を取らずにずっと一緒にいようと思うのは、容姿や性格の良さでなく、お互いの相性のよさじゃないかなと気づきました。
亮太と小春が恋人として過ごした大学時代。
さらに突然の別れと再会。
結婚生活と小春の病気。
10年ほどの二人の物語が語られます。
突拍子もなく妙に外したりしても、二人の会話が楽しくてのめりこんでします。
軽いんだけどいい加減ではなくて、しっかりと暖かくて優しい。
何でもないように暮らしている人たちにも、それぞれの過去や思いがあるのだろうなって。
「いろんなことを平気にしてくれる」
「なんでも大丈夫にしてくれる」
そんな人に出会えたなら幸せなんだろうか。
自分のことをすごくわかっていると言ってくれたら、それだけで心が強くなれますね。
<目次>
米袋が明日を開く
水をためれば何かがわかる
僕が破れるいくつかのこと
僕らのごはんは明日で待ってる
1974年大阪府生まれ。2001年「卵の緒」で第7回坊っちゃん文学賞大賞を受賞しデビュー。11年に退職するまでは中学校で国語教諭として勤務する傍ら執筆活動を行ない、05年「幸福な食卓」で第26回吉川英治文学新人賞を、08年「戸村飯店青春100連発」で第24回坪田譲治文学賞をそれぞれ受賞する
6P
少しずつ時間を重ねるうちに、なんとなく忘れられそうな気がする。そのくせもう大丈夫だと奮い立とうとすると、またあの日々が驚くくらい鮮明によみがえってくる。
別れは生きていく上で逃げられない。そんなことはあちこちの歌でドラマで映画で描かれていて、百も承知だ。でも、自分の意志に反して起こる別れを、自力で消化しなくてはいけないなんて無茶だ。
121-122P
慌てて書店のロッカーで着替えていると電話が鳴った。鈴原さんだ。
「そうそう、さっき言い忘れてた」
「何?」
「好きって」
耳から伝わった言葉が巡るころには、俺は舞い上がってすべてがうまくいきそうな気がしていた。
137P
桶も花もポカリも兄貴の前に置いたままで追いかけると、上村はもう墓地を出て通りを歩いていた。去っていくスピードはいつも速い。
「ちょっと待って」
「葉山君、面倒くさすぎるよ」
上村はこれ以上ないぐらいうんざりした顔をしながらも、足を止めてくれた。
「わかってる。だけど、教えて」
「何を?」
「どうして別れることになったのかって。ずっと気になってたんだ」
「今更?」
「うん、今でもすっきりしない。もう別れられたんだから、本当のこと教えてくれたっていいだろう?」
「まあ……そうなね」
上村はあきらめたように息をついてから、
「太陽みたいな人と付き合わないとって、おばあちゃんに言われたんだ」
と言った。
「どういうこと?」
「自分のこと棚に上げてだけど、家族で苦労してるのに同じような影を抱えてる人と一緒になるのは賛成できないってね」
217P
流れていく景色は色づいているし、薄い雲を通り越して届く日差しもまぶしい。思い描いていた未来のいくつかを手放したはずなのに、目の前にはこんなにもたくさんのものが芽吹いている。
「帰り道って、わくわくするね」
小春も窓を開けた。やわらかい風が、中に滑りこんでくる。俺たちの家はすぐそこに待っている。俺は心がはやるのを感じながら、車を走らせた。
