初森見登美彦さん作品
プロットや着想の巧さだけでなく、それを適切な形できちんと小説化する森見さんのリズム感のよさを感じました。
京都で学生時代過ごした仲間6人が鞍馬の火祭りの夜に久しぶりに集まります。
ちょうど10年前、同じメンバーでこの祭り見物に来たときに、仲間の1人の女性(長谷川さん)が行方不明となり、以後ずっと消息が知れないままなのです。
鞍馬の宿で参加者それぞれが旅先で体験した不思議な出来事を語りあいます。
一連のストーリーではなく、登場人物がそれぞれのエピソードを語りあっています。
それらは「岸田道生」という画家が遺した「夜行」という銅版画の連作に関して。
それが、行方知れずになった女性(長谷川さん)と関係があるのですが……。
「夜行」と「曙光」に象徴される二つの世界を結び引き離した鞍馬の火祭り!
隠された謎に迫るごとに夢中にさせる文章の凄みがありました。
<目次>
第一夜 尾道
第二夜 奥飛騨
第三夜 津軽
第四夜 天竜峡
最終夜 鞍馬
1979年奈良県生まれ。京都大学農学部卒業、同大学院修士課程修了。2003年「太陽の塔」で第15回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。07年『夜は短し歩けよ乙女』で第20回山本周五郎賞を受賞。10年『ペンギン・ハイウェイ』で第31回日本SF大賞を受賞
116P
ふいに夫が私の手に触れました。
「そろそろだよ」
長いトンネルを抜けると、夜の底が白くなりました。
まるで別の世界へ迷いこんだように車窓の眺めが一変し、私は息を飲みました。窓の向こうに広がっているのは白い衣をまとった山野でした。雪に埋もれた家々の明かりは懐かしい童話の挿絵のようで、たとえ分厚い車窓に隔てられていても、冬の山里を包む夜の静寂が想像できます。車窓から射す仄かな雪明りが客室を青白く染めて、何もかもが神秘的に感じられる一瞬でした。
「あの風景の中に立ってみたくなるね」
私は雪景色を眺めながら溜息をつきました。
252P
「……大橋君なのか?」
その声はひどく懐かしかった。私は深く息を吸って、「おはようございます」と言った。そのときほど朝を朝だと感じたことはない。
ただ一度きりの朝―。
その言葉を思い返しながら、私は東山の空を見上げて目を細めた。眩しくて涙が出そうになった。
山向こうから射してくるのは曙光だった。
