77P「今目撃した、珍しい夜行生物のような俊敏な動きをしたのはなんだったのか?」
まずはこれが読後の素朴な疑問。
それと「素朴に心を揺さぶるような展開や描写がもっと欲しい」
介護に目を背けてはいけないなあ。
現在のリアルな問題として。
介護する側から介護される側として、いまから自分におきかえてみると簡単に想像ができます。
生きていくために、これまでしてきたことがよかったのかどうか!
今からでもできることが、なにかないのかどうか!
これからの方向性としてなにをしていくべきなのかどうか!などとちょっと考えさせられました。
「こころ豊かで幸せな人生だった」と言いたい。
人ってどうなのかな。
死にたいと言っても、それは本音ではなくて、「生」にしがみつきながら死ぬまで生きていたいのかなと、ぼくはそう感じました。
◎1985年東京都生まれ。明治大学商学部卒業。2003年「黒冷水」で文藝賞を受賞しデビュー。「スクラップ・アンド・ビルド」で第153回芥川賞を受賞。ほかの著書に「隠し事」など。
44P
「足も腕も痛くてからねぇ」
祖父がさする箇所の半分以上は、関節等ではなく筋肉の部分だ。健斗もここのところ、全身のあらゆるところに筋肉痛がある。現役世代の健斗にとって痛みとは炎症や危険を知らせる信号であり、筋肉の痛みに関していえば超回復をともなったさらなる成長そのものである。つまり、後遺症や後々の不具合がないとわかれば苦なく我慢できる。しかし祖父にとっては違う。痛みを痛みとして、それ自体としてしかとらえることができない。不断に痛みの信号を受け続けてしまえば、人間的思考が欠如し、裏を読むこともできなくなるのか。だからこそ痛みを誤魔化すための薬を山のように飲み、薬という毒で本質的に身体を蝕むことも厭わない。心身の健康を保つために必要な運動も、疲労という表面的苦しさのみで忌避してしまう。運動で筋肉をつけ血流をよくすることで神経痛の改善をはかったりはしない。その即物的かつ短絡的な判断の仕方が獣のようで、健斗にとっては不気味だった。
121P
あらゆることが不安だ。
しかし少なくとも今の自分には、昼も夜もない白い地獄の中で闘い続ける力が備わっている。先人が、それを教えてくれた。どちらにふりきることもできない辛い状況の中でも、闘い続けるしかないのだ。
プロペラが視認できるほどにまで近づいてきていたセスナは、いつのまにか雲に隠れ、見えなくなっていた。