「わたしはずっと、したかったの」
自分に置きかえてみればどうするだろうか。
彼女の立場になって考えると、その気持ちが少しずつ理解できるようになりますが。
かろうじてバランスを取っていることでも、ある事件をきっかけにして急にバランスを崩してしまうことかあります。
ほんとうは、もっと先に崩れていたのかもしれません。
それがただ先延ばしとなって、いまやっと表面化しただけなのかもしれない。
日奈子の夫は、性的不能のはずだったのにどうして!?
日奈子は、どうして他の人に性を求めるの!?
セックスレスに悩む女性のやるせない心情を赤裸々に語っています。
それらを生々しく描き出してくれる小説。
◎1983年北海道生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業。2001年、短歌集『ハッピーアイスクリーム』で高校生歌人としてデビュー。その後、小説、エッセイ、詩、漫画コラボ作品など、様々な分野に活動の場を広げている。
◎27P
自分の声で目が覚めた。苦しい夢を見ていた気がする。一瞬前のことなのに思い出せない。短時間でも眠れてよかったという思いと、現実のほうがつらいのだから、早くまた眠りの中に戻りたいという思いが同時に湧き上がる。
夫の衝撃的な告白から、三日経つ。衝撃は今もはっきり残っていて、じわじわと不快な液体をしみださせつづけているかのようだ。
◎84P
たとえばここにある深緑色の洗面器にすら、背景があり、物語がある。それらは間違いなく、わたしたちが紡いできたのだ。
◎186P
顔も思い出せなくなりつつある女に対しては、憤りは残っているが、けれど一方では、わたしたちの穏やかで満ち足りた生活を壊したのは、けしてあの女だけではないのだともわかっている。
ずっと壊れていたのかもしれない、と。
求めても手に入らない存在を、なんとかして手に入れようとするのではなく、求めて手に入る存在で埋めようとしていた。好みの家具、洋服、旅行、食べ物。よっぽど高価なものでない限りは、ユキはわたしに与えてくれたから。
◎192P
崩れていく。目の前で。わたしが崩しているのだ。大切にしてきた、一つずつ積み上げてきたものを。バランスなんて、一瞬でアンバランスに切り替わる。オセロが白から黒になるように。
「わたしはずっと、したかったの」