「トオリヌケ キンシ」がぼくは好きですね。
子どもは、途中でどこかに寄り道したくなりますよ。
ここは通り抜けできるのではないかと、はいりこんだ路地裏の先には、おなじクラスのおとなしい川本あずささんのお家がありました。
加納さんは、甘く温かくほっこりとした文を書かれますね。
この本はどんどんと前に読み進めたくなります。
他人には分からない身体的な特徴や障害、病などを抱えた人たちが登場してくる短編集。
一編一編が特徴的、印象的、感動的。
たとえば、病気による精神的な逃避などマイナスをプラス変えることこそが、人が生きる力になることもあるのかな。
困難に対峙した人だけがわかり描けるリアリティさがまじに差し迫りつつ、読者になにかしらの考える意味を訴えてきます。
<目次>
トオリヌケ キンシ 5
平穏で平凡で、幸運な人生 35
空蟬 79
フー・アー・ユー? 123
座敷童と兎と亀と 167
この出口の無い、閉ざされた部屋で 211
◎昭和41(1966)年、福岡県北九州市生まれ。文教大学女子短期大学部卒業後、化学メーカーに勤務。平成4年、「ななつのこ」で第3回鮎川哲也賞受賞。平成6年発表の短編「ガラスの麒麟」で、第48回日本推理作家協会賞(短編および連作短編集部門)受賞。平成7年に退社して作家専業となる
34P
たとえ行き止まりの袋小路に見えたとしても。根気よく探せば、どこかへ抜け道があったりする。目の前を塞ぐ扉は、硬貨一枚で開いてしまったりもする。それがどこへつながっているかは、誰にもわからないことだけれども。
おれは涙に濡れた顔を上げ、この場にもっともふさわしい、お礼の言葉を口にした。
「-おー、すげ……ありがとう」
ドアの向こうで軽やかな笑い声が聞こえ、膝の上の子犬が甘えるようにひと声鳴いた。
253P
-人は病む。人は苦しむ。人は死ぬ。
老病死はすべての人間に等しく降りかかると言うが、それは完全なる間違いだ。
芽生えて間もない双葉が引き抜かれることもある。美しく花弁を広げようとしている花が摘まれることもある。青々とした若木が切り倒されることだって、やはりあるのだ。
真に等しいのは、人はこの世に生を受け、そして遅かれ早かれいつか死ぬ、ただそのふたつだけ。
かくも世界とは、不平等で不合理に満ちている。
昼と夜のように。夢と現のように。彼女と俺の生死はくっきりと分かれてしまった。
