テレビを見ながら、小説を読みながら、物語を楽しむやり方もありなのかなって。
2組の親子がオデッセイに乗っている風景が脳裏に浮かびます。
普段の生活の中に、とても大切なものがあることを教えてくれています。
ここでは、過去の行動が本当に正しかったのかをもう一度経験するのです。
過去の言動は、その時に戻ってやり直しはできません。
でも、あの時こうやっておけばという思いはだれにでもあるはず。
現実では、過去の人生をやり直すことはできません。
過去の人生をやり直して自分の思いを素直に伝えられるという内容は、現実的ではありません。
しかしながら、その時の自分が本当はどう行動すべきであったのかを今は感じることはできます。
過ぎてしまったことは仕方がないとただ後悔するのでなく、
本当の自分はどうすべきであったかを考えて、今後の行動を決めていくことはできるのではないかと僕は思うのです。
◎1963年、岡山県生まれ。早稲田大学教育学部卒。出版社勤務を経て著作活動に入る。
99年、『ナイフ』で坪田譲治文学賞、『エイジ』で山本周五郎賞受賞。2001年、『ビタミンF』で、第124回直木賞受賞
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橋本さんは、また歩きだした。その場にたたずんだままの僕をうながすように、「たいせつな場所って、ほんとうにたくさんあるんですよね。あとになってから、それに気づくんです」と言った。
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あとになってから気づく―あとにならなければわからないことは、たくさんある。僕はもう我が家の結末を知っている。自分がなにをすべきだったのか、なにをすべきでなかったのか、ちゃんとわかっていて、なにもできない。
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僕はいくつもの後悔を背負って、橋下さんと健太くんの車に乗り込んだ、どうやらこのドライブは、手持ちの後悔を思い知らせるだけではないのだろう。新しい後悔が、両肩に載った。他の後悔に比べると、言葉だけのそれはずっと軽く、簡単に払い落すことができそうだったが、僕は赤ん坊をおぶうように背中を少し曲げて、新しい後悔を胸に染み込ませた。
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橋本さんのオデッセイは流れ星だったのかもしれない。僕は流れ星に乗ってドライブをしていたのかもしれない。そんなことも、ふと思う。
もし流れ星を見つけたら、なにを祈ろう。つぶやく言葉は決めていても、実際にそのときが訪れたら、あわててしまってなにも言えないような気がする。だいいち、そう簡単に流れ星を見つけられるほど、現実は―僕の住むこの世界は、甘くない。
それでも、昼間の空にもちりばめられている。ただ太陽のまぶしさに紛れて見えないだけだ。晩秋の青空を滑り落ちる流れ星だって、きっとあるだろう。
