登山は、心の準備をするときから始まっています。
そんなウキウキとする気持ちと、それに反するようなちょっと不安な気持ちはなんとなくわかるような気がしますよ。
これが山ガールというのか、いや山女子、そうじゃなく、山の女っていう名前のほうが合っているのかもしれない。
自分が今まで見えていない山の不思議な魅力を垣間見せていただきました。
ぼくは、日頃、山がいたるところに見渡せるような山が富に豊かなところに住んでいます。
そうなのにも関わらず、今まで山小屋に行ったことも泊まったことがないのです。
山の天候は急に悪くなりやすく、山道から外れて命を落とすような危険性がある場所。
そんなところに、あえて行こうとする気持ちがよくわからなかったのです。
これが読書のよいところですね。
本を読んでいると、山を登りたくなる気持ちが分かるような気がしています。
星々が鮮やかな夜空や四季折々の山の美しさ、山の怖ろしさ。様々な人との一期一会等々。
いくつもの偶然の巡り合いを経て得られるそんな貴重な経験をいっしょにすることができました。
ぼくも、彼女と一緒にワクワクしながら山を登ることができました。
「百聞は一見に如かず」ですが、なにか視野がすこし広まったような気がしています。
この本と出会えてよかった!
<目次>
九月の五日間
二月の三日間
十月の五日間
五月の三日間
八月の六日間
◎1949年埼玉県生まれ。早稲田大学卒。高校教師として教えるかたわら89年『空飛ぶ馬』でデビュー。91年『夜の蝉』で第44回日本推理作家協会賞、2006年『ニッポン硬貨の謎』で第6回本格ミステリ大賞(評論・研究部門)、09年『鷺と雪』で第141回直木賞を受賞
132P
やがて、芥川龍之介ゆかりの河童橋にさしかかる。絵葉書でよく見る<上高地>の典型的な風景だ。
文句なく美しい。外国人観光客が瞳を輝かせながらしゃべり合い、写真を撮っている。その声を、耳が言葉というより音として捉える。そこで、
―ああ、音だ。
と思う。
風景を、<文句なく美しい>と感じた。そういうわたしは、耳でも見ていたのだ。梓川の、不思議なほどに澄んだ、踊るような流れ。それが絶えることなく、水音を立てている。
会話の背景にそれがある。人々の発する声が途切れても、川はわたしに語っている。語り続けている。
日常では聞くこともない、わたしがこの世を去った時、別の世界でもまた聞く響きのような気がした。
