終活にあたって、いろいろな思いがあると思います。
こういう考えがあるから、これを取り入れて参考とするもいい。
これもいいし、あれもいい。
こっちが正しいとはいっても、その行動にはブレてはいけないな。
どっちつかずはいけないよね。
他人のせいにしても駄目。
どうしていけばよいのか!と考えると、
「最終的には自分の責任」
いろんな材料を仕入れるのもいいが、自分で良し悪しを判断するしかない、と思うのです。
※60歳からしておきたいこと 坂東真理子 世界文化社 (2014/02)
http://ameblo.jp/simomacky/entry-11859314818.html
<目次>
はじめに
1章 遺言書は無用
2章 葬式は思案無用
3章 墓、墓参りはお悩み無用
4章 戒名こそ無用
5章 釈迦が教える供養とは
6章 真の終活とは何か
7章 最期を明らめてこそ生が輝く
◎1936年大阪府生まれ。宗教評論家。東京大学文学部印度哲学科卒業。同大学院人文科学研究科印度哲学専攻博士課程修了。気象大学校教授を経て、大正大学客員教授。「仏教原理主義者」を名乗り、本来の仏教を伝えるべく執筆、講演活動を中心に活躍中。
気象大学校で二〇年間教壇に立つ。仏教を中心に宗教をわかりやすく説く。
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いま、世間では、「終活」という名の死の準備がすすめられています。
それは、死後の心配ばかりをしているのです。
死後のことばかり考えて、いま現在をないがしろにしています。
馬鹿らしいと思いませんか?
遺産相続を考える暇があれば、妻や子どもと一緒に旅行をし、楽しい食事会をしたほうがよい。私はそう思います。
子どもたちに語っておきたいことがあるのであれば、いま語ればよいのです。
死んだあとで「ありがとう」と言うより、いま「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えればよいのです。
あなたは、死んだあとのことを考えず、いま、楽しい人生を生き、家族と一緒に楽しい時間送ってください。
それが本当の「終活」なんですよ。
