本が書かれた当時には、あまりわからなかったことが、時間と経験を経てなんとかわかりはじめることができます。
特に、第三章の「ひかりといのち」は理解することが難しかった記憶があります。
死というものに対峙すると、ある「ひかり」が見えてくる不思議な感覚があるという。
93P「あの『ひかり現象』に出遇うと、生への執着がなくなり、その結果死への恐怖もなくなり、安らかな清らかな気持ちとなり、すべてを許す気持ちとなり、思いやりの気持ちでいっぱいとなり、あらゆるものへの感謝の気持ちがあふれでる状態となる。」
そもそもここで語られているひかりの現象は、あくまでご本人の実体験から感得するものです。
言葉だけでは、この意味を正確に伝えられるものではありません。
彼自身は、理屈ではなく感情・情緒によってぼくらに伝えようとしているのです。
祖母が亡くなる前の状態を思い出してみると、まさしくこのような気持ちだったのではないかといま思い出しています。
まさにこうだったのかと考えるとひかりの現象を納得する確率がとても高くなります。
この意味をわかりはじめるのにいままで時間がかかりました。
ぼくは、ひかりがあるものだと信じていきたいな。
再度読み返してみると、本の行間からそうだなとわかる。そんな感じをこころでしています。
最後に、青木新門さんは、蛆に対していのちのひかりが見えていることを紹介します。
映画「おくりびと」の主演俳優の本木雅弘さんもここに注目していたと記憶しています。
45―46P
「何も蛆の掃除までしなくてもよいのだが、ここで葬式を出すことになるかもしれないと、蛆を掃き集めていた。蛆を掃き集めているうちに、一匹一匹の蛆が光ってみえはじめた。そして蛆たちが捕まるまいと必死に逃げているのに気づいた。柱をよじ登って逃げようとしているのまでいる。蛆も生命なのだ。そう思うと蛆たちが光って見えた。
帰り道、日ごろ何となく見過ごしているようなものが目にとまった。電線にとまっている雀やアスファルトを割って生えているたんぽぽなどが、異常に新鮮に見えたりした。」
美しい死に方とはなになの?
よい生き方とはどうすればいいの?
答えはまだ自分にはうまくわかっていません。
何かしら行動しながらその答えを出していきたいと考えています。
ぼくは「それからの納棺夫日記」を読んでから、またこの本を読み返し考え続けています。
