古代のヤマトでは、責任を取れる者=成人
で、
肉体的な成長は、留意点では無かった。
孫(まご)←馬子(まご)←母子(まご)=水子(まご)
流産を水子と言うのは間違い。
流産は「駄々っ子(堕胎子)」と呼ばれていた。
馬子=午(まご)
「まごまご」する。とは、「何も出来ない」(責任能力の欠如)
を意味していて、
昔は「大人」と書いて「うし」と読んでいました。
「うし(大人)」とは、頭角を現した者で、「午に角」で「牛」
阿吽の「吽」が「頭角を現した者」で、大人と成ります。
不思議なのが「兄(あに)」とは、阿頼耶識(ア)と尼(ニ)=女
逆に
「姉妹(しまい)」とは「終い」で「男」を意味する言葉だった。
そもそも「ヤマト」に「兄弟と、姉妹」の概念は無い。
親と縁を切り、乳母が育て
国が分け隔て無い社会で、平等に(先入観無しに)育てたから
血縁者でも「兄弟、姉妹」と呼ばなかった。
国とは、ク(宮)ニ(女)で、育児を為すのは「女性の神事」
「女性ホルモン」は、女に「育児」を命令する物質である。
「神の指示」それが「ホルモン」
「ヤマト」が「女性上位」ではなく、育児する(社会を育てる)女
男は「サポート」するから、
英雄ホルモン(男性ホルモン)を与えられている。
「八(幼い)」を救うから「公」
「環境(田)」を救うから「界」
「女(母=田)」を救うから「男」である。
女(Jeal)は、女は神で、「ヤール」(やる気の語源)
男は(ヤハウエ)で、「介」となる。(矢は上)=「たすけ(界)」
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女神の言葉の「ヤハウエ」は、「救い主」であり、
北枕(ヤハウエ)=ややこ(赤子)は北枕
南無(南を枕としない)は、北無い(汚い)
女の育児は、
大人の男性にも当てはまるのだと思います。
英語で「大人」は「ADULT」だが
「頭角を現した者」は「ADPET」で「アダルト」と語感が似ている。
もともとの文化
言葉が分かれる前の考え方が似ていたのかも知れない。