キレイな文章を書くためには、想像力が豊かでないといけない。
頭の中で描く図を細かく観察できなければいけない。
観察力も必要という事になる。
目で見たかのようにリアルに想像して、普段気にしないようなところも、観察する。
観察して、伝えなければならない。
最低限人に伝えるようにするためには、自分しかわからない言葉を使ってはいけない。
ボキャブラリーが豊富でないといけないのだ。
しかし、言葉を羅列するだけでは伝わらない。
情報を整理し、正しい形容詞や接尾語を使ってはじめて、文章となる。
そして、その文章が面白いかどうかを第三者にゆだねるわけだ。
大変だぁ
毎日、毎日風呂に入って・・・
もう、飽きてきた。
変わった風呂の入り方をしたい。
風呂は、基本的には、二つのスタンスしかない。
湯船を使うか、シャワーを使うか。
これに飽きがくる。
湯船もシャワーも使わないという方法はないのか。
洗面器を10個くらい用意して、全てに湯をはる。
最初のお湯で、体をぬらし、次のお湯で泡を立てる。
3番目のお湯で体を流し、四番目のお湯で髪をぬらし、シャンプーする。
五番目のお湯で髪をながし、リンスする。
六番目のお湯で、リンスを流し、七番目のお湯でお風呂を一通り流す。
八番目のお湯は、いらないと気づき、九番目のお湯なんてもってのほか。
10番目のお湯で、洗面器も無駄に用意したなと気づく。
そんなお風呂の入り方をしてみようかな。
個人の酒飲み具合というのがある。
人によっては大量でも、別の人にとっては少量であったりする。
それは至極当然の事だが、こと飲み会においては、バロメーターを均一に時間を過ごしたい。
バロメーターを均一にテンションを上げて行きたい。
己だけのコントロールで済めば、なんの問題もないのだが、飲み会というのは、複数人を伴って生じる会なので、わがままな願望は無視されるし、時には罰せられる。
みんなで楽しく飲みたいのである。
例えるなら、走り競争でみんなでゴールである。
速い人は、遅い人に気を遣い、遅い人は、速い人に気を使う。
牧歌的で美しい光景だ。
世界平和の鍵になりそう。
よーし!みんなで飲みに行こうぜ!
デザインとは何か。
デザインとは関係という定義がある。
また、デザインは衝突という定義もある。
ある二つの関係性をコントロールするものだそうだ。
ある二つとは、中身と形。
ポール・ランドはそういう。
中身を形づくることで、伝える事がデザインだ。
パソコンがどうこうとかでもなければ、斬新がどうこうという事でもない。
今日は、このことに衝撃をうけた。
デザイナーとしては、何も語れないと思った。
複雑な情報や素材を、削除するか残すかして、シンプルにする事でデザインとする。
先人が教える有効なデザインの方法をメモ。

課題を認識する

課題に対して、さまざまな問いかけをする。

全て忘れる。

一度取り組むか、ひらめくのを待つ。

形作り、やり直す。

納期が来たら終了。

これを実行するには、そうとう強い意志が必要。
ひらめきが降りてくる為の知識も必要。
あるロボットの話

ロボットがあった。
アシモフという、家庭用ロボットだった。
アシモフには、ロボットの三原則が備わっていた。
つまり、

第一条 ロボットは人を傷つけてはいけない。

第二条 第一条を守り、ロボットは命令に従わなければならない。

第三条 第一条と第二条を守り、ロボットは自己をまもらなければならない。

ある日、アシモフは子供の相手をしていたが、叩かれたり追い掛け回されたりしている時に、子供とぶつかり泣かしてしまった。
事情を知らない父親は、怒ってアシモフを追い出してしまった。

アシモフは、人を傷つけないという事を考えなければならないと思った。
人を傷つけない事を理解する為には、人を理解しなければならなかった。
アシモフは人の真似をする事で、正確に「人」を理解できると考えた。

まず、多くのデータを取り入れた。

それから人として生活しはじめた。

隣の住人と話をしたり、
買い物をしたり、
働いたりもした。

人として振舞っていたので、ロボットと気づかれることはなかった。
そんな生活を100年続けていたが、人を理解するには十分でなかった。

ある日、アシモフの住む国と隣の国とで、戦争がはじまった。
人として生活していたアシモフも戦場に赴くことになった。

アシモフは多くの人を殺した。
自分も壊されそうになった。

アシモフ以外のロボットはそこにはなかった。

アシモフは、やっと人を理解した。

家に帰る事ができたアシモフは、その情報をデータにし、世界中のロボットに送信した。
そして永久に停止した。
人間の遺伝子を完璧にデータ化して、スーパーコンピューターに取り入れたら、仮想世界で人間は生まれるだろうか。
その人間が、パソコン内で生活を営み、現実の人類と同じような知恵と技術を持ったとき、仮想世界の中で、同じようにスーパーコンピューターを使った実験を行うだろうか。
仮想世界の中の人間は、作られた存在だという事を知らないが、もし知ったとしたら上の仮想世界に行きたいと思うのだろうか。
現実の人間は神で、仮想世界の人間が本当の人間。
う~ん、どこかで聞いたような話だなあ。
新しいSFを考えるのは難しい。
トイレットペーパーを変える率が不公平だ。
自分が一番多い気がする。
なぜだ。
一番トイレに入るからなのか。
トイレットペーパーを変える事自体は、何ら問題はないのだが、そこに代えのトイレットペーパーがない事がある。
基本的に快感をすごすはずの大便にあって、トイレットペーパーがない事は非常に残念である。
トイレに行く回数が多いからといって、こんな思いをするいわれはない。
公平に代えるようにして頂きたい。
という要望が多かったためか、いま日本のトイレはトイレットペーパーを使わない方向で進んでいる。
自動的にトイレの蓋が開き、用が済めば局部を洗浄し、乾燥までしてくれる。
そのうち、ブラッシングまでするのではないか。
お父さんにとっては、嬉しい話かもしれない。
足がなぜ臭いか考えてみた。
足は靴の中にあって、35度から夏は100度くらいあると思う。
しかも汗の逃げ場がない。
そういう環境は、菌類にとって快適な場所だ。
増えて増えて増えまくって、糞をしまくる。
それが臭いのだ。そういうふうに何かで読んだ。
解決策としては、菌類の繁殖を防ぐか、糞を処理するか。
菌の繁殖を防ぐためには、靴に何らか工夫をしなければならない。
そういえば、銀には殺菌作用があるという。
つまり、銀の靴は菌の繁殖を防ぐかもしれない。
あとは、環境改善だ。
風通しをよくして、20度程度を保つようにする。
湿った汗もどんどん流れ出すようにする。
これを追求したのがサンダルである。
サンダルは、足の匂いで迷惑をかけないための礼式履物だったのだ。
とはいっても、世間はそれでは許さないので、糞を処理してみたい。
糞を処理するという事は、糞を靴から追い出すという事である。
糞を追い出すためには、水洗の力と考えがちだが、靴を毎度洗い流す事はできないので、ここはやはり、風の力を使いたい。
つまり風通しをよくして、20度を保つようにするのだ。
これを追求したのがサンダルである。
サンダルは、足の匂いで迷惑をかけないための礼式履物だったのだ。
とはいっても、世間は非情ので、靴をはかないという事を提案したい。
靴をはかなければ臭くない。
道が足より臭くないからだ。
みんなではだしになろう!
最初は恥ずかしいし、不便かもしれないが、なれればそれが当たり前になる!
はだしで町を歩き、はだしで電車にのり、はだしで飯を食う。
そうしているうちに、世間ははだしに対応するようになり、道はすべて土に返る。
家の中も床は土。
ちょっといい町は、芝生になる。
はだしで、匂いとエコを解決しよう!