国道179号沿線住民とっ散らかりブログ -19ページ目

国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

楽器もできない音楽好きのおっさんが
中坊並みの文章力で書いてるブログ。
撮影地:智頭急行線、佐用~平福駅間にて



最近、謝らない、非を認めないケースが目につきますね。
例えば轢き逃げして捕まったとき「人とぶつかったとは思わなかった」「気が付かなかった」と
いいつつ事故車を見ればフロントガラスがザックリ割れてたりとか、最後まで否認し続けたら
「ワンチャン無罪あるんじゃね?」ってことか。
交通事故に限らず、学歴詐称の市長とか、不倫市長に不倫議員、裏金(正確には脱税)議員と
枚挙にいとまがないが、不倫は犯罪ではないんだから「コソコソXXしてました」以外
恥ずかしいわけではないんだから認めちゃったらどう?って”不倫とは縁もゆかりもない小生”
なんかは思っちゃうんですがね、(-_-;) 

”謝ったら死ぬ病”、”謝ったら負け”みたいな、最近ブームなんでしょうか、
相手を完膚なきまで論破しないと気がすまない論客いますよね、アレ何なんでしょ?
時折的外れな主張を声を大にして、誰とは言わないまでも
(”T川”とか”H下”、”Hゆき”なんてのも)彼らは決して自分が間違えてるとは言わないよね。
だから謝った姿も見たことがない、というかあたっとしても謝ったようには見えない。
(下記にちょっと触れてます)

例えば謝罪会見、お辞儀の角度と頭を下げてる時間には、ホンキに見える見えない境界
適正値があるらしいのですが「それってホンキで謝罪する気あります?」的な
おそらくレクチャーを受けたであろう定型文

「このようなことになり、誠に遺憾の極みです」ですと
このような結果になったのが非常に残念だと言っているのであって
自分が悪かったとか、自分に責任があったなどとは言っているわけではないと取れる。

「お騒がせしてしまい、大変申し訳なく思っております」ですと
このような騒ぎになったことに対して申し訳ないと謝罪してるわけで
自分に非があることを認める謝罪ではない。

「ご心配をおかけして申し訳ありません」では
大騒ぎになり不安になる人たちがいることに対して申し訳ないと謝罪しているわけで
自分に非があると認める謝罪ではない。

「混乱を招いてしまい、本当に申し訳なく思っております」は
さまざまな情報が飛びかって混乱していることに対して申し訳ないと謝罪している
のであって、自分に非があることを認める謝罪にはなっていない。

「不安を与えたことをお詫び申し上げます。誠に申し訳ありません」では
情報が錯綜して不安になった人がいることに対して申し訳ないと謝罪しているのであって
自分に非があることを認める謝罪にはなっていない。

つまり、これらの謝罪会見の言葉は、今後の責任追求を免れながら避難を軽減できるよう
巧妙に仕組まれたものである。
ほんとうに誠意のある謝罪なら、自分に非を認め、その償いをどのようにするかといった
提案を含むものでなければならない。
それがないために、多くの謝罪会見に胡散臭さが漂うのである。

◎けっして非を認めない政治家たちが破壊した日本人の「美意識」

日本で秩序が保たれてるのは「恥ずかしいことをするな」といった美意識によるもの。
外国人が犯罪をすると、まずは否定、自白などは決してしないし、最終的に自白せざるを得なく
なったとしても「申し訳ない」とは決して言わない。
日本ではどんな凶悪犯でも、自分お犯行を認めて、悪かったというようなことを言うらしいが
それは神に対する罪悪感ではなく、社会に対する罪悪感からくるものとだというか
正確には、社会というより世間に対する罪悪感。「世間の目」を内面化した美意識の
ようなものが強く働いているからではないでしょうか。

だが、そうした美学や感受性を共有しない人が最近増えている気がします。
報道番組などを見ていると、なんらかの不祥事が明るみに出て、責任を追求されている
政治家の姿がしばしば映りだされる。
「記憶にございません」
「記憶も黒くもございません」
「そのようなことはやっていません・やっていません・指示はしていません」などと
シラを切って誤魔化そうとした場合、いずれ証拠が出てきたときには、偽装したことになり
その責を負うことになる。
そのリスクを避けるべく「記憶がない」と答えるのである。
その後、証拠が見つかり、シラを切り続けることができなくなったときは「思い出しました」
「そう言えば記憶が蘇ってきました」と言えば、ウソをついたことにはならない。
すべては記憶のせいだとしてごまかせる。


そうした戦略で、シラを切ってることは、だれの目にも明らか。
国を代表する人たちがあんなことをして許されるのだから、自分たち一般人だけが馬鹿正直に
非を認めて謝る必要などないだろう。
そう思うのも、もっともなことである。
このところ自分の非を認めず「謝らない人」が増えてきていることの背景要因の一つとして
あくまでシラを切って謝らない政治家の姿を日常的に見ているということがあると
言ってようだろう。

とは、あくまで筆者の主張であって、決して私がそう思ってるというわけじゃないですからね。
予防線を張ってるだとかだと(笑)

あくまで筆者のイメージですから、イメージ、(^O^) 
念を押しておきますが。



前回の続きから、伊部西大窯跡を後にし(◯部が「由伸岩」)


ここら辺りまで退いたところで新幹線が通る音がし、カメラを向けたものの

ここらは住宅地のため、高い防音壁が。
あとで確認すると、新幹線のパンタグラフ部分(白丸部)が、防音壁からチコっと覗いてるくらいしか…


道中で見つけたマンホール、「備前焼のふる里」


橋の欄干に佇む、備前焼でできたお地蔵さんが地域を見守ってる。


ホッコリしました、(^-^)
前回の続きから、もう一振り


和泉守国貞作


近江守久道




好みの刃文の形ですね、ふなっしーも解説で地鉄の板目肌と刃文の美しさにその場で即決
お持ち帰りしたと書いてます。気持ちはちょっとわかる(笑)


伊賀守金道




細かいギザギザの刃文が特徴の一振り


まだまだ、ふなっしーコレクションは続きます、m(_ _)m
ネタ記事:ソニー・ホンダ、EV開発を中止 米の政策転換で誤算

共同開発をぶち上げてからちょうど4年、結局、日の目を見ることはなかったことになりますね。
まるで暗示のようなブログになってしまったようで、↓





発表当時、いくら革新的モデルであっても、デジタルど真ん中の世界にあって4年の月日が致命的。
あっという間に陳腐なものに成り下がってしまう、なんら驚きもないものに。
4年経って出せないなら、それはもう出せない原因があるってことでね、
その決定打が、BEVに全振りして見事なまでの大コケしてしまったホンダの経営判断の失敗
であることは間違いなく





↑ブログのYoutube動画の続きが、また秀逸で、なにもBEVでなくとも
代替燃料などのクリーンエネルギーでエエんじゃないかい、ということで
CO2排出量だけで考えると、簡単に置き換え可能だという解説になってます。

BEV急進派は負けたのか!? ~マルチパスウェイの「本命」に名乗り出たものは?【第2部】


本来は食べ物であるはずのものから作るバイオマス燃料には疑問がないわけではないですが
従来は捨てられてたものから作るバイオマス燃料や、H(水素)C(炭素)をガッチャンコ
して作られる合成燃料、コスト問題さえクリアできればメインになれる可能性はあると思います。

副題「アナタのサイフを狙う国家の野望」(2月19日作成)


晩年の著作の内容はほぼ繋がってますね。
123便墜落事故(正確には事件だが)4ヶ月後のプラザ合意の1985年を起点に
日本人の総奴隷化計画が始まったというのが森永氏の主張をギュッとまとめたのが本著。

そして死去の4年後(2029年)まで書かれてるのですが、これからは日本への利上げ圧力と
トランプのドル安誘導により強烈なドル安円高もたらすと予想、あくまで予想です(笑)
その後の世界はどうなるか。
多少、著者の希望込みだと思いますが、グローバル資本主義社会の終焉
インドのマホトマ・ガンジーが提唱した、資本主義に対抗して、どうしたら
世界から格差がなくなり、皆が幸せに生きることができるのかと。
そこで体系化したのが「隣人の原理」
それこそが森永氏が晩年に実践していた「自産自消」「地産地消」「国産国消」の経済。
これ、前に一度書きましたわ。斎藤幸平氏の本で読みましたわ。





あまり賛同しませんでしたけどね。
マルクスが「資本論」で150年前に「資本主義の行き詰まる要因」を挙げています。
地球環境の破壊
格差の拡大
少子化が止まらなくなる
ブルシット・ジョブ(くそどうでもいい仕事)が”増えすぎる”

「なぜ日本で少子化が止まらなくなるのか」
正確には先進諸国で見られる傾向ではありますが…

資本家というのは、労働者が仕事で提供した労働力に対して、
帰宅してから翌日に労働力を回復し、会社に出社できる程度の
”最低限の賃金しか支払わないことで”、利潤を最大化するからです。
子育て世代の場合では、子供を産み育てるまでの賃金は払いません。
なぜなら資本家にとっては、育児費用を負担することは何のメリットもないからです。
これが資本家の本音ですし、減税も嫌がります。
それは奴隷である庶民が、生活に必要以上の十分な賃金を与えてしまうと
反乱を起こしてしまうから。

格差が広がり、資本家が札びらで頬をひっぱたいて
庶民をブルシット・ジョブに従事させ支配する。
これこそ、ハゲタカ外資や財務省及び財界が進めてきた日本人奴隷化計画であり
日本経済の実情なのです。

最後に「財政均衡主義」の破綻を証明したアベノミクスとして、消費者物価上昇率の推移
2013年~2014年末までのグラフを提示してますが、完コピできないのがいじらしいのですが
2014年4月に消費税率8%へ施行されてますが、それまでアベノミクスによる
異次元金融緩和により3月期までは順調に2%近くまで物価上昇(デフレ脱却)が
示現できてたものが8%実施以降
年末には0%まで物価は急降下、安倍政権が掲げた「インフレ2%の実現」は
就任後わずか1年で達成できていたんです。
デフレ脱却に失敗したのは8%に引き上げたのが原因なのは明らか。

安倍政権の最終年にあたる2020年に起きたコロナ禍パンデミックにより
プライマリー・バランスは80.4兆円の天文学的赤字を記録しました。
翌年の赤字が31.2長円と大きく赤字華を減らしたものの、財務省の主張に従えば
80兆円もの財政赤字を出せば、ハイパーインフレが起きてもおかしくなかったはずが
そんなコロナ禍でもハイパーインフレはまったく起きなかった。つまり…

財務省のいう「財政均衡主義」は、机上の空論だったことが明らかになりました。
m(_ _)m 


参考ショート動画:財政健全化「ワニの口」は存在しなかった!?

参考ショート動画:解体したい利権団体3選

参考ショート動画:失われた30年」にド正論を放つ、安藤裕氏