西洋磁器の歴史


 西洋で磁器が生産されるようになったのは今から270年前頃からだ。


 ”ベッドガー”という錬金術師が始めて磁器生産に成功したんだ。

現代のドイツ人だ。もう少し詳しく言えばザクセン公国 ”マイセン”という地で作られたんだよ。

 今でもマイセンという地はヨーロッパの磁器の祖である。(ご存知の方も多いのでは?そうでなくても名前くらいは聞いたことがあるかな??)


 それ以前は日本とか中国から輸入をしていた。

 遠くオリエンタル”日出国” (陽いずる国)ジパングからはるばる運んできたために、磁器の重さが銀の重さほどの価値があったんだ。 (この説明はまた後日にするよ)


 ところが、東洋で生産された磁器はオランダ貿易商からしか手に入れられなかった。そのために貿易商は大もうけが出来た。その儲け方が破格で、どれほど儲かったか解らないほどだったという・・・。


”正直私もあやかりたいw”


 それでも公国の王様はこの馬鹿高い磁器を”商人から云い値”で買わざるを得なかった。 王様にとってさぞかし悔しかったのではないでしょうか?


 時の王様は”わがままな??”と結婚したようなものです。それでも磁器が欲しかったのでしょう。

そこで王様は同じものを自分の手で作りたくなってしまった。


最終的には彼は自分の命じた錬金術師に作らせることに成功した。

でも錬金術師は幽閉状態だったんだよ。

何故なら公国の王様は出来あがった磁器を他の誰にも見せたくなかったんだ!

”独り占め”にしたい彼の気持ち分からないでもないね。 


                                            続く!



                   西洋と日本の磁器



 話はアジアからヨーロッパへと移ります。

 ついてきてくださいねw



 さて、西洋の宮殿に入ると、たくさんの陶器・磁器が所狭しと飾ってあります。

それも豪華絢爛たるまばゆいほどの装飾が施されている磁器ばかり。

 

 同じように名門貴族達の館にも必ず玄関とか客間にステータス(象徴)として飾ってあった。おまけにシャンデリア・ローソク立てまで磁器で作られている。 

 

 ヨーロッパに出かけ大きなお城を見学する度に日本製の磁器(有田・九谷)をよく見かけた。何故それほどまでに装飾をしなければならないのか始のうちは全く解りませんでした。


 ひょっとすると『ドイツ・オーストリーではお皿を食器として使う事になど全く考えてもいなかったのではないか??』そんな疑問を少なからず持つようになりました。


 そこで、その理由がどこにあるのか探ることにしました。そして何年か掛けて調べるうちに少しずつ謎が解けてきた。        

 西洋と東洋日本では陶磁器の取り扱い方が全く違っていたのが解ったのだ。

 



 これから何故違うのかをじっくり説明することにしよう。



                                                            続く!!


 


                     陶磁器のまめ知識


 さて皆さんは”抜け儀”という言葉を知っているだろうか?


 この意味の一つに”密貿易”があげられる。

 江戸時代、加賀藩(石川県)九谷焼とか島津藩(鹿児島)薩摩焼も海外貿易をひそかにしていた。佐賀県有田焼は密貿易ではないが長崎から海外に輸出をしていた。

 こうした藩は磁器をヨーロッパに輸出して藩の財政を維持していたんだよ。

 藩としてはお皿に絵を描くだけで飛ぶように売れた。それだけ儲かったんだな。一方ヨーロッパでは貴重品として扱われた。 

 歴史で阿蘭陀(オランダ)貿易という名が出てくるよ。ちょっとかじってみても?? 


                                           


                   本物の感触を知る事


 それでは中国製コピー製品とイギリスをはじめとするヨーロッパ製の磁器を見分けるために大切なことを云っておきましょう。

 

 中国製はコピーがやたらと多い。むしろ殆どがコピー製品(笑)

 

 だから見分けるためには先ずオリジナル磁器を体で知っておくことが最も大切です。そのためには日本のデパート、百貨店に行くのが手っ取り早いでしょう。


 “どういうこと”って?


日本では『本物』を販売しているからです(笑)



 さて、高い磁器を見つけたらその磁器を


1)手にとってみる

日常で使用する際ことを想像して手にとって見て下さいねw 


2)重さ

コーヒー、紅茶が入ったこと想像してみて持ってみて下さいねw 


3)持ちやすさ

加減紅茶とコーヒーカップでは持ち方がちょっと違いますよねw


4)飲みやすさ

カップの淵に唇を寄せてみて、カップの傾け加減、口当たりがどんな感じなのか想像してみてくださいw


5)薄さ

カップを通して明るいところを見て下さい。どの程度明かりが透けて見えたりします?


6)厚さ

フォームを形成するために、どのくらいの厚さを制作してるのでしょう?w


 こうしたことをするのに大した時間はかかりませんよね。



 コピー製品は本当に巧妙です。

 でも上記のことを体の感覚で知っておくことで、徐々にコピー製品に対して違和感を感じれるようになり、見分けれらるようになるんです。




                  優れた五感を!    


   つまり、大切なのはイイ品を自分の感覚で覚えておくことなんだ。


 “簡単な手段じゃない”って?

それはそうです。ものによってはコピーを制作する側も頑張ってますから(笑)

 

 でもこう考えてみませんか?

入館料を払って本物の絵画や彫刻といった芸術を肌で感じに行きますよね。

そういった本物を見たり触ったりすることでココロを豊かにしていくコトと、イイ品を感覚でつかむコトは同とじなんだと。



やはり、『本物を知ることが大切』というのが本質ですよねw  




続く!!




                      その後


 やがて文化大革命の罪状が暴露されようやく元の中国に戻ったのは実はつい最近になってからです。それまでの中国は何十年にもわたって海外の文化をことごとく拒絶してきましたよね。

 その後の中国については歴史の本をかじって下さいねw


 過去のすぐれた磁器を失ってしまった中国にとって、再び品質の良い磁器を作るにためは海外から来た商品をまねて作ることしか他に方法はなかったんです。

  

 皆さんがマグカップを手にしたときになんとなく持ちにくかったり、飲み辛かったりするのは全部が全部、西洋や日本で生産されている磁器を単にコピーしたに過ぎないからです。


 西洋人の指と東洋人の指では大きさが違う、まして飲むときの口の大きさも違う。しかし中国人は西洋で作られた形状そのままをコピーしてしまうから、デザイン費・成型費はもちろんのこと開発費用など出す必要が全くない。中国製とイギリス製磁器がよく似ているのはそのためなんだ。


 安上がりの製品が出来るのはこうした過去の実状があったからなんですよ。




現状の中国

 まして現代では世界の展示場に出かけてはなんでも写真を撮りまくり、カメラに収めて翌日自社工場にインターネットで配信している。

 こうした展示会の中での“度の過ぎた中国人のマナーの悪さには呆れる”、とヨーロッパ各地の出展者からよく聞かされました。



 現代の中国に無秩序で身勝手な人ばかりが多いと感じられるのは多くの有識者を文化大革命で失ったことが起因しているといってもいいでしょうね。

 

 






                      文化大革命

                     

前回中国の安い磁器についてお話しましたね。

ここでは中国がそういった磁器を製造するにいたった経緯を少しひも解いてみます。


歴史の話になりますのでちょーっと嫌かもしれませんがご了承下さいねw


さあ、みていきましょう。

現在中国が安い磁器を大量に製造する理由、いや製造せざるを得なくなった大きな原因はちゃんと存在します。


それは中国史の文化大革命です。

 

 ご存じの方もいらっしゃるかとおもいますが、この革命で約3千万人という中国人が中国人の手によって殺されました。特に地方の有識者がそのターゲットにさらされました。

  

 豪華さは”敵”、芸術は”敵”、美しさは”敵”、教育は”敵”というようにアメリカ(資本主義)に関係するものはなんでも破壊されてしまいました。

 同時に貴重な文化財産をもことごとく壊されました。

 冷静に考えるとずいぶんおかしな話ですよね。


 当然のように磁器も破壊の対象となり、文化財に値する貴重な磁器は壊されたり、売り飛ばされてしまい、先人達が培ってきた知恵や技術といった文化的遺産のほとんどはその時に失ってしまいました。(磁器を作るための窯もことごとく壊さてしまいました。)

 当時知識階級の人達は取り上げられてしまうのを恐れて貴重な貴金属や磁器を裏山や畑に掘って埋めて難を逃れようとしたんだよ。


 日本でも明治維新後、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)というおかしな政策で国内の文化的遺産である寺院や仏像の多くを破壊してしまいましたが、中国はそんな比ではありません。

 混乱期には人間は本当におかしな行動をとるものです。


 だから文化大革命当時作られた磁器はとても精粗で、どこででも作られるような表面に簡単な絵が付いていたモノだけです。芸術性のかけらもみられません。

 

 芸術に全く興味を持てないほど民衆は貧しかったんだね。




続く!