西洋と日本の磁器



 話はアジアからヨーロッパへと移ります。

 ついてきてくださいねw



 さて、西洋の宮殿に入ると、たくさんの陶器・磁器が所狭しと飾ってあります。

それも豪華絢爛たるまばゆいほどの装飾が施されている磁器ばかり。

 

 同じように名門貴族達の館にも必ず玄関とか客間にステータス(象徴)として飾ってあった。おまけにシャンデリア・ローソク立てまで磁器で作られている。 

 

 ヨーロッパに出かけ大きなお城を見学する度に日本製の磁器(有田・九谷)をよく見かけた。何故それほどまでに装飾をしなければならないのか始のうちは全く解りませんでした。


 ひょっとすると『ドイツ・オーストリーではお皿を食器として使う事になど全く考えてもいなかったのではないか??』そんな疑問を少なからず持つようになりました。


 そこで、その理由がどこにあるのか探ることにしました。そして何年か掛けて調べるうちに少しずつ謎が解けてきた。        

 西洋と東洋日本では陶磁器の取り扱い方が全く違っていたのが解ったのだ。

 



 これから何故違うのかをじっくり説明することにしよう。



                                                            続く!!


 


                     陶磁器のまめ知識


 さて皆さんは”抜け儀”という言葉を知っているだろうか?


 この意味の一つに”密貿易”があげられる。

 江戸時代、加賀藩(石川県)九谷焼とか島津藩(鹿児島)薩摩焼も海外貿易をひそかにしていた。佐賀県有田焼は密貿易ではないが長崎から海外に輸出をしていた。

 こうした藩は磁器をヨーロッパに輸出して藩の財政を維持していたんだよ。

 藩としてはお皿に絵を描くだけで飛ぶように売れた。それだけ儲かったんだな。一方ヨーロッパでは貴重品として扱われた。 

 歴史で阿蘭陀(オランダ)貿易という名が出てくるよ。ちょっとかじってみても??