おじさんの予想通り、李克強首相が精力的に陣頭指揮をお執りになった模様であるが、火災の原因や、何故700tものシアン化ナトリウムが保管してあったのか、何一つ明らかにならない。


 ウィキなどで調べると、このシアン化ナトリウムはメッキなどに使われるようだが、爆発翌日の映像を観ると、ガスマスクを着けた人物が映っていたので、有毒ガスが発生し、まだ所々残留している可能性があったから着用したものであろう。


 700tという数字はとてつもなく大きいと思われるが、爆発よって広くばら撒かれ、大火災の後に降るという雨によって、土壌に染みこんだと推定される。次の写真はアスファルトに波のように残った何かの薬品の痕跡である。但し、シアン化合物かどうかは分からない。


出典:世界の憂鬱


 地表が土なら染みこんで汚染土となり、染みこまなかったものは、下水などに流れ込み、海へと流れ出すことになる。支那政府は流れ出さないような手をお打ちになった模様である。素晴らしい対応を賞賛する。


 支那の災害は多分に人災の面が強い。規制する法はあっても、法を遵守するという意識が希薄に見える。公衆マナーにしてもまるでなってない。支那人の団体が立ち去った後には、信じられない量のゴミが残るという。


 暴力はふるわなくとも、暴力的なマナーの悪さである。支那人は世界の人口の多数を占めてはいけない民族である。所謂(いわゆる)一人っ子政策をとっても、13億をはるかに越える人口が存在する。その数%が資本主義的経済政策導入でにわか成金になった。その成金の周辺の小金持連中が『暴買い』といわれるお買い物を、日本ほか世界の国々で行っていらっしゃる。


出典:『和太鼓とB級(C級)グルメ物語・
東京(メタボリックシンドロームも気になる?
なりますよ~ネェ~!)発』 記事はこちら


 売れるのは有り難いが、彼らのマナーの悪さには辟易するというのが世界の本音だろう。もうしばらくは続くと思われるが、やがて支那経済の下降により鎮静化し、やがて歴史の教科書の中に数行書かれるだけになるだろう。


 さて、話が逸れたが、天津の大爆発事件、自由主義国家なら加害者である薬品倉庫を使用する会社が損害賠償の相手となるが、死亡された個人への慰謝料、住めなくなったマンションの所有者及び企業の毀損(きそん)製品(自動車等)に対する損害賠償、休業補償等々、普通の体力の企業なら倒産確実であろう。


 だが、そこはそれ、支那である。様々なカラクリと屁理屈を経て、進出企業は損をまるまる被るか、雀の涙ほどで辛抱することになると推測する。そして事件の真相は薮の中になると予言しておこう。

 by 考葦(-.-)y-~~~
Yahoo Japan ニュース
    http://news.yahoo.co.jp/pickup/6170620


 最初、深夜というか未明に第一報をテレビ映像で観たときは、花火工場で火事でも起きたのかと思ったが、2度目の桁違いの「大爆発」の時は爆弾テロ事件勃発かと想像してしまった。




 例によって中国当局からは原因が発表されていないが、科学薬品を保管した倉庫が火災になっており、消火作業中に薬品が爆発し、消防隊員が多数犠牲になっているとの未確認情報が流れてきた。


 おじさんは化学薬品倉庫と聞いて、読めたような気がした。というのは、化学薬品の中には水と反応し爆発したり、直接ではなくとも何か気体が発生し、その気体が爆発するケース、その気体と他の薬剤が反応して爆発するケースがあるのではないかと考え、消防隊員らが闇雲に水を掛け最悪の事態を招いたのではないかと想像したのである。


 しかし、保管された薬剤の化学反応だけでこんな原爆を落とされたような被害が出るだろうかという疑念もある。


 何が正解かは分からない。支那政府が正直に事実を発表してくれれば、真相が明らかになるだろうが、支那という国を考えたとき、情報隠蔽が行われる公算の方が大きい。


 国際的通貨を目指すと言いながら、政府が恣意に元の切り下げをやってしまう。その前には信じられない事に、株価が落ちるのを防ぐために、株の売買を出来なくした。見よう見まねで資本主義を取り入れたものの、扱っている人間のセンスは清時代と変わらない。もうAIIB「アジアインフラ投資銀行」の事など失念しているようだ。


 そんな擬態を信用して、日本の企業のどこもかしこも工場を支那に移したり、支那の大人口の消費に目を奪われ、積極的に商売をしようとしたりしてきた。今や人件費も高くなり、とっくに〝世界の工場〟ではなくなっており、一応、自前の車などで表面はそれらしくなってきたため、ウマミが薄れてしまった。合弁会社を設立したところも、屁理屈を付けて資本と技術をかすめ取られただけであろう。


 支那を親と仰ぎ、唯一しっぽを振ってきた韓国に対しても、このたびの数度の人民元切り下げによって、スマホ事業等で韓国の首を絞めることになるのは必至だが、そんな事には一切、頓着する様子がない。


 特ア国家は歪んだ精神構造を持っている。支那は自分が世界の中心であるとの、中華思想を振りかざし、南北朝鮮は支那に従属し、小中華と事大主義で存続を図った歴史が今も続いているかのように見える。


 好きにしてくれればいいが、領地・領海への拡大野望は捨てて貰わなければならない。そして静かに見守ろう、経済が破綻して臨終に向かう様を。

by 考葦(-.-)y-~~~



 写楽さんが面白い記事を載せておられます。内容は2000年以降の平和賞、文学賞を除いたノーベル賞の受賞者国別ランキングを英国の教育誌が発表したというものです。元記事はZAKZAKの下記タイトルの記事ですが、例によって2ch.net を交えて面白おかしく料理されています。

『英誌ノーベル賞ランクで韓国大敗「わが国は劣っているのか…」 日本との実力差浮き彫り』


 消えてしまうといけないので、こちらにも元記事を載せておきます。

2015.08.09
 英教育誌が集計した、科学・経済分野のノーベル賞受賞者に関する国別ランキングで、日本が米英に次ぐ3位に格付けされた。アジアでは、他に中国が10位 にランクインしたが、日本が断トツだった。五輪などスポーツの大会ではメダル争いの上位にくるも、“頭脳”レースでは結果が奮わない中韓。科学研究の分野 で、日本と中韓の実力差が改めて浮き彫りとなった。

 このほどノーベル賞の国別ランキングを発表したのは英教育誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」。同誌は平和賞と文学賞を除く2000年以降の15年間のノーベル賞受賞者について集計し、国別で格付けを行った。

 受賞者の国籍ではなく、出生国別で集計。格付けを決める得点は、受賞者が1人なら1点だが、2人で共同受賞した場合は各0・5点、4人なら各0・25点とした。

 1位は経済学賞の受賞が多い米国が29・8点と他国を圧倒。受賞者数でも71人で、全受賞者146人のうち約半数を占めた。日本は出生国別の人数では13人となり英国の12人を上回ったが、共同受賞者が多いため4・3点で、英国の6点を下回り3位となった。

 同誌によれば、出生国別の集計のため、受賞時に米国籍だった南部陽一郎氏(08年、物理学賞)、中村修二氏(14年、物理学賞)は日本に分類され、根岸英一氏(10年、化学賞)は日本国籍だが、満州国で出生したため、日本から外し、中国で集計したという。

 集計の仕方にやや不可解な点も散見されるが、中国、韓国は過去15年間のデータをみても、日本との実力差を突きつけられた格好だ。

 中国といえば、1949年の建国以来、ノーベル賞受賞は、2010年の劉暁波氏の平和賞と、12年の莫言氏 の文学賞のみ。今回の調査では、根岸氏のほか、上海で生まれた英、米国籍のチャールズ・カオ氏(09年、物理学賞)が中国で集計され2人となり10位に滑 り込んだが、自然科学の分野では“無冠”として知られる。韓国も00年の金大中元大統領の平和賞のみで、ランク外となった。

 なかなかノーベル賞受賞者が生まれない現状に、「日本よりもわが国は劣っているのか」と、嘆き節に近い議論が巻き起こる中国と韓国。

 韓国事情に詳しいジャーナリストの室谷克実氏によると、特に韓国では、ノーベル賞に対する憧れがひときわ強いという。

  「ノーベル賞シーズンになると、『今年こそは韓国人が取る』『韓国系米国人が受賞しそうだ』などという観測記事が出るのが風物詩になっている。昨年は、手 続きミスがあって(韓国の候補者が)落選したという真偽不明の情報が流れたほど。韓国でノーベル賞最有力候補といわれていた、元ソウル大教授の黄禹錫 (ファン・ウソク)氏の論文捏造が05年に発覚し、そのショックは今も響いている。ノーベル賞発表が近付くと、ソウル大が憂鬱になるともいわれている」 (室谷氏)

 00年以降の受賞者数で見ると、欧米にひけをとらない実績を残す日本に対するライバル心も強まる一方だという。

 「韓国では、日本は外交がうまいので円安になっている、と考えられている。ノーベル賞もこうした考え方と同様で、日本の受賞者が多いのはロビー活動が盛んだからだという話になり、韓国では北欧にノーベル賞担当の外交官を送り込むようになった」(同)

 今回の格付けを受け、韓国のノーベル賞騒ぎは一層激しくなりそうだ。
以上


 韓国の反応が予想通りのピント外れに終始して国民性が出てますね。ロビー活動をしているだの、外交がうまいだのと、ノーベルが何故この賞を制定するよう遺言したかを本当に理解しているのなら、ロビー活動がもっともそぐわない賞であることに気づくはずなのです。


 サッカーで審判を買収したり供応したりするのと同じように見てしまうところが、民度が低いと言うのです。話を続けると、韓国国民に戦後最も韓国が輝いた時はいつかとアンケートを採ったところ、何とサッカーの日韓ワールドカップのベスト4という人が最多だったそうです。


 あのベスト4を世界はどう見ているか、聞いたことがないのでしょうか。 FIFAが全歴史を通じて10大誤審というものを発表していますが、その中の2つに日韓WCのイタリアVS韓国戦が入っています。もちろん、何故か、韓国に決定的に有利な裁定でです。


 おじさんは最低でもあと2つほど入れてもいいと思います。20大に枠を拡げるとわんさか入ってくるでしょう。誰が見ても一方に有利に判定する試合に勝ったからといって、日本人は喜ばないばかりか、逆に怒るでしょう。世界のほとんどの国はそうですよ。フェアーであることを最上位に置いていますから。


 そこが解らない限り、後世に残るような感動を世界に与えることは出来ないでしょうし、ノーベル賞も遙か彼方と言うしかありません。日本には獲れて当然なのに獲れなかった研究者が受賞者と同じくらいいます。
 

  おじさんは、以前にも似たような記事を取り上げたことがあります。宜しければお読み下さい。

 『反日国家は何故ノーベル賞(自然科学分野)が取れないのか?』


by 考葦(-.-)y-~~~


大和撫子、連日の金メダル!!

 ロシアのカザンで行われている世界水泳5日目に星奈津美選手が200mバタフライで金メダルを獲得したのに続き、6日目には渡部香生子選手が200m平泳ぎで金メダルを奪取した。200平では決勝の8人の内、5人が表彰台に登るという珍しい光景が出現した。これは3位に同タイムが3人いたせいである。100分の1秒単位で3人が揃うというのは、今後もなかなかお目にかかれないだろう。




出典:TOBIUO JAPAN Journal (上:星奈津美 下 渡部香生子)


 連夜の応援で少々寝不足気味のおじさんだが、どちらも撓(た)めておいて後半の50mで一気に抜き去るという気持ちのいい勝ち方で、男子選手の不甲斐なさとは対象的に、この二人は光り輝いていた。


 世界水泳の放映初日に、世界ランク1位の選手がこれだけいると、松岡修造が熱く語ってくれたが、どちらかというと不安材料があった女子の方が期待通りの活躍を見せてくれた。朝日新聞系列で国旗や国歌がお嫌いなのに、表彰式ではちゃんと日の丸を映し、君が代を流して下さった。


 君が代と言えば、カザンに流れた君が代のテンポが遅く、歌うのに息が続かなかった。しかし、流れたからこそ、早い遅いの感想を抱くことができたのであって、金を獲っていなければ、聞くことすら叶わなかった訳で、何故か、終わったときには、長さに満足しているおじさんが居た。


 それと、もう一つ是非書いておきたい感想がある。それは渡部香生子選手の美しい日本語についてだ。『~られた』、『~することが出来た』などである。それに対しMCの松岡修造とインタビュアーの寺川綾が『観れてよかった』などと言っている図は、滑稽で情けなかった。


 松岡などMCを務める事が多いんだから、テレ朝の誰か注意してやれよ。それとも日本が嫌いすぎて、日本語の美しさなどに興味はないってか。


by 考葦(-.-)y-~~~


 慰安婦問題にしろ、強制性という俄(にわか)発明の最後の砦に寄りかかり、長年嘘を発信し続けた責任を取ろうとしない新聞、言うまでもなく朝日新聞のことである。朝日を筆頭に反日メディアは何処が自分と違っているのかを考え抜いた結果、一つの結論を得た。


  彼らを普通の常識で見ては理解できない。まともな新聞なら、誤報と判明したとたん、誤報により派生した諸問題を解決すべく、直ちに新たな記事を大々的に発 信し〝続け〟なければならない筈だ。しかし、訳の分からないクネクネした文体の検証記事を載せただけで、恥じ入る様子もない。


 もし、その誤報が一人の人間に対するものであったら、訂正記事を載せると同時に、記事により失墜した名誉の回復と人権の回復のために、メディアの有する可能な限りの方法を駆使しなければならない筈である。


 しかし、失墜した対象が国家であった場合、とたんに冷酷になり、数十年に亘って失墜させてきた責任は取らなくてもよいという考えのようだ。


  これらを冷静に観察すると、左翼メディアは日本のために存在するのではなく、日本という国を消滅させるために全力を傾注していると考えた方が良さそうで ある。今の日本の国体が存続するくらいなら、支那の属国になった方がよいと考える立場、一言で言えば、亡国、これが奴らの【絶対正義】である。


 思い 此処に至ったときに、混沌と散らばり仕分けが為されていなかった諸問題が、綺麗に整理され棚に収まった。同じ文章を読んでも、おじさんからすればねじ曲がった結論に 到達する朝日記者の論理も、この国を良くするためにという、存在すると思っていた共通項が無かったのである。一色で塗りつぶす訳にはいかないが、ちょっと首を傾げ る論調も、ダブルスタンダードと疑う立場の変遷も、彼らと同じ言葉を使用していないと解れば、忖度の時間が短縮される。


 左翼人士たちの長年の努力の成果は実っており、保守政治家の中にも日本を売る連中が多くいるし、国家公務員の中にも先の世界遺産で韓国に裏切られ、出し抜かれたように、外交官としては中学生以下の情勢把握力と交渉能力しかない連中が育って来た。


  世界遺産なんてどうでもいいんだよ。どうしてそれが分からないんだろう。根回しがしたいなら、まず日本の登録に賛成しろ、そうしたら百済の何たらも賛成し てやる。そうでなければこの話は無かったことにしよう、と言うだけの交渉である。おじさんが外務大臣だったら、物別れに終わっても、国益があると判断した だろう。それを約束が違うと慌てふためき、南朝鮮にイニシアチブを握られるなど、愚の骨頂である。


 確かに現代の政治家は明治の 政治家に比べ、人間の度量も物事に対峙する覚悟の程も、二回りも三回りも小粒になった。命がけの駆け引きが出来ないからである。交渉が決裂すれば自分が腹を切ればい いだけのことだと、腹を括れないから、ニコニコと手を差し伸べられたら、ニコニコと握り替えしてしまうのである。いや、ニコニコしててもいい。もし約束を 違えることがあったら、今後、我が国は貴国を準敵国として位置づけることになりますよ、と言ってやればいいのである。


 交渉権を 与えるなら、そのぐらいの権限を与えなければ、腹の据わった交渉など出来はしないだろう。TPP 交渉でニュージーランドの駆け込み提案に怒りを見せた甘利大臣の表情・態度は、所詮呑めなかった話とは言え、すこぶる良かったと思う。今日本の政治家に足 りないのは怒りの顔、憤然とした表情である。願わくばTPPなどこのまま流れてしまった方がいい。あまりにも危険過ぎるからだ。


出典:テレ朝ニュース 動画切り取り



  今度、70年談話の根回しか説明を、支那・朝鮮にするそうだが、何故、そんな必要がある? 行っても言われることは想像が付くし、これまで何度煮え湯を飲 まされてきたことか。政治家に必要なのは【正しい歴史】の学習と、【政治家としての覚悟】の決め方である。仲良し倶楽部を作ることではない。

by 考葦(-.-)y-~~~


 わたくし考葦おじさんは、絶望的な気分になると、日月神示の一節を思い出す。何に絶望しているかというと、アメリカのGHQの政策がいまだに日本を苦しめていることに対してである。憲法もさることながら、保守愛国者をパージして各所に左翼人士が就くのを黙認したのが禍根を残している。支那・朝鮮の三流人間の振るまいには少々耐性が出来ているものの、ロシアの北方領土への(ロシア)国民土地代無償誘致などの神経を逆撫でされる要素が加わると、人間が解決できる限界を超えてしまっているのではないかと、暗然とするのである。


 日本は世界の雛形であるとは、不思議好きの人々の間ではよく知られているが、これを最初に発見し唱えたのは神霊世界の巨人、出口王仁三郎(でぐち:おにさぶろう)である。


 此処で言う雛形とは相似形という意味であるが、我が国の国土の形状が、世界の大陸に比定できるというばかりでなく、日本で起きる事は世界で起きるという意味でも用いられているようだ。もっとも王仁三郎は大本(教団)で起きることは、日本ひいては世界で起きるということを〝型〟という言葉で表現していたと記憶している。


 もう少し丁寧に説明すると、【大本:日本 = 日本:世界】という型の事を言っている。大本が弾圧され建物等が破壊されると、同じ比率で日本が破壊されるというのである。一方、雛形は日本の何処かで災害が起きると、世界の何処かでスケールを変えて何かが発生するという考え方である。両者をミックスすると、大本 ⇒ 日本 ⇒ 世界と移って行くという訳である。


 大本は二度も政府から弾圧され、一つめの弾圧に対応する事象は第二次世界大戦と見られている。だがその後、完膚無きまでに破壊し尽くされた二度目の弾圧に対応する事象はまだ起こっていないと見なされている。


 また(古)神道には形代(かたしろ)、依代(よりしろ)という概念もあり、簡単に言えば、自分の身代わりに形代に不運・不幸・疾病などを引き受けて貰うものだ。憎む相手の形代として藁人形を作り、深夜にその人形に5寸釘を打ち込む〝丑の刻参り〟は、形代の悪用版である。


 今の日本を見ていると、日月神示に書かれている予言が当たる直前の様相を呈しているかのように見えなくもない。支那・朝鮮・ロシアという隣国、日本に巣くう在日という寄生虫、何処の新聞だと言いたくなるような反日メディア、その背景にいるリベラル・左翼人士――それらに共通しているのは、日本がなくなっても構わないという認識である。


 引用が的確かどうか別として、こんな預言がある。

上つ巻 第01帖 (001)
 いま一苦労あるが、この苦労は身魂をみがいて居らぬと越せぬ、この世初まって二度とない苦労である。このむすびは神の力でないと何も出来ん、人間の算盤では弾けんことぞ、日本はお土があかる、外国はお土がさかる。都の大洗濯、鄙の大洗濯、人のお洗濯。今度は何うもこらへて呉れというところまで、後へひかぬから、その積りでかかって来い、神の国の神の力を、はっきりと見せてやる時が来た。


第24帖
 富士(二二)を目指して攻め寄せる、大船小船あめの船。赤鬼青鬼黒鬼や、オロチ悪狐(あっこ)を先陣に、寄せ来る敵は空蔽(おお)い、海を埋めて忽(たちま)ちに天日暗くなりにけり。折りしもあれや日の国に、一つの光現われぬ。これこそ救いの大神と、救い求める人々の、目に映れるは何事ぞ。攻め来る敵の大将の、大き光と呼応して、一度にドッと雨降らす。火の雨なんぞ堪(たま)るべき、まことの神は無きものか。
 これは堪(たま)らぬ兎も角も、生命(いのち)あっての物種と、兜(かぶと)を脱がんとするものの、次から次に現われぬ。折りしもあれや時ならぬ、大風起こ り雨来たり。大海原には竜巻や、やがて火の雨、地震(ふる)い山は火を噴(ふ)きどよめきて、さしもの敵も悉(ことごと)く、この世の外にと失せにけり。
 風 止(や)み雨も収まり、山川静まり国土(くにつち)の、所々に白衣(しろきぬ)の、神の息吹に甦(よみがえ)る。御民の顔の白き色、岩戸ひらけぬしみじみ と、大空仰ぎ神を拝み、地に跪(ひざまず)き御民らの目に清々(すがすが)し富士の山、富士は晴れたり日本晴れ。普字は晴れたり岩戸(一八十)あけたり。

 尚、日月神示を本から書き写そうと準備しつつ、何方か当該カ所を写しておられる方はいないかと検索したところ、有り難いことに『黄金の金玉を知らないか?』なるタイトルののブログを発見したので、コピペ(レイアウトは変更)させていただいた。




続く


 フランス国旗トリコロールの三色は、フランス革命の標語である自由・平等・博愛を表徴したものと、おじさんは習って記憶している。


 だが少し考えると分かるように、自由と平等とは相容れない概念である。完全なる自由を追及すると限りなく不平等な社会が生まれ、完全なる平等を追及しすぎると限りなく不自由な社会が生まれる。博愛は二つとはまた別次元の概念である。


 

出典:PIXTA ⇒ コチラ


 革命当時の人々にどれほどの意識があったかは知らないが、国王を中心とする封建的な社会を変革する事が主目的であり、あとは革命が成ってから考えようといったところではなかっただろうか。


 共産主義は経済学者であったマルクスが到達なさった究極の進歩的科学的思想から誕生したものとされている。まだおじさんが若い頃、共産主義は弁証法的唯物論を絶対真理とする思考法により生み出されたものだから、誤ることはあり得ないと言っている者も多くいた。所謂(いわゆる)無謬(むびゅう)主義というやつだね。


 左翼とよばれる人々の書く言葉、話す言葉は、極めて解りにくい。平易簡明というおじさんの主義とまず相容れない。何回か読むと理解できるのかも知れないが、元々出発点がまったく異なるので、おじさんにとってそんな思想にかける時間はない。


 居酒屋やスナックで口角泡を飛ばして、「資本論」がどうたら、アレを読んだか、コレの理解が足りないたらと熱く語るサラリーマン風の人々をよく見かけた。


 ああいう文章を理解できるのがインテリであるというのが、おじさんの青年の頃の風潮であった。だからおじさんは一度もインテリであったことはないし、これからも永遠にないだろう。


 だが、坊主が左翼的な言辞を吐く時がある。結局、僧侶というのは、食っていくための方便であって、仏教を信じてもいなければ、あの世を信じてもいないのである。


 その左翼坊主は、髪を伸ばしても構わない宗派の坊主であり、遺族が拒否しても没年を西暦で書いてくる。おじさんが顔を出したときも、何の感慨も湧かない法話をひとしきりして帰っていった。まあ、天皇制につながる年号は使わないが、キリストの生誕を基準とした西暦は抵抗がないらしい。


 この坊主は、第2次世界大戦の遺族の集まりである慰霊祭で話をして、あなた達は人殺しの遺族だと曰ったそうだ。一時期、場内は騒然としたという。こういう坊主に葬儀を執り行って貰っても、有り難くも何ともないし、神を信じ、死語の生存を確信するおじさんから言わせると、むしろ有害ですらある。


 僧侶はその坊主の家系に継がせなければならないというものではなく、檀家が本山に申し出て追い出せばよさそうなものだが、もしかしたら髪を伸ばしてもよいと決めた宗派だから、本山自体も何やかやと屁理屈を設けて共産主義と折り合いをつけているのかも知れない。


 思想に忠実なら、マルキストと僧侶は相容れない筈である。最高位に共産党があり、宗教・芸術・スポーツなどは、その下位に許されて存在するだけである。


 本当の宗教家ならこういう言動はしないだろうし、本当の共産主義者なら、そんな欺瞞的生活をよしとしないだろう。おじさんが知るちっぽけな範囲の中での印象だが、僧侶のマルキストは意外に多い。弁証法的唯物論でどう折り合いをつけていらっしゃるのかは知らないが……。


by 考葦(-.-)y-~~~


  少々、脇へ逸れたが、この集団的自衛権の議論の最初には、今の日本が独立国家として当然有してしかるべき戦争する権利を持っていないという点からスタートしなければなら ない。何故そうなったかは敗戦とアメリカの占領政策のせいだが、我々愛国穏健小市民保守は、戦争に巻き込まれたと結果と言い、リベラル・左翼側の人間 は、好きで戦争に突入したせいだと言うだろう。


 結局、敗戦の憂き目を見たわけだが、戦後、アメリカは徹底的に日本の力を削ごう とした。軍隊を持てず、自衛の権利すら明確でない憲法を押しつけ、11の宮家を皇籍離脱させ、日本の力の源泉と思われる部分を徹底的に排除しようとし た。その為には、重要な職務を政治犯であったマルキストが占めても構わないとさえ考えたのである。政界・メディア・教育・労働組合などの各界を占拠した左翼人士達は、こ の不合理な押しつけ憲法を、平和憲法と呼んで有り難がっている。


 つまり日本がガタガタに壊れ、二度とアメリカに楯突く事の無いように占領政策を実施した。ところが、マッカーサーが後に上院の軍事外交合同委員会で証言したように、日本の危惧は東条英機の東京裁判での主張どおり的を射たものであり、朝鮮戦争勃発でその分析の正しかったことが証明された。


  従って、戦後、最も日本に害を為したのはアメリカであり、その馬鹿な政策のお陰でいまだに日本は苦しんでいる。その解消の第一歩目が集団的自衛権の問題である。 昔の不平等通商条約と同じである。保守陣営にその視点がないか、あっても見ないふりをしてアメリカに追随する言論人をアメリカのポチ保守と小林よしのりは 言うのである。


 しかし、実はアメリカを影で動かしている黒幕はユダヤ人である。金融と情報を支配し、ボーダーレスの世界を作る のを理想とする連中である。ボーダーレス、ワンワールドというと何か平和的なイメージを持つ人もいるかも知れないが、彼らは金融の邪魔になる国境などない 方がいいのである。ワンワールドで通貨発行権を自分たちが握れば、金融・軍事・情報・医療・食料・エネルギー等を支配し、自由に駆使して、世界を完全にコントロールできると考えているのである。


 ユーロもそのワンステップと見るべきである。ギリシャを見ればよく分かる。EUに加盟し、自国の通貨発行権を失ったせいで、強い通貨の恩恵は一時的に受けたけれども、同一の土俵でドイツなどと競争を強いられ、今デフォルトの危機を迎える羽目になった。






  その意味で、TPPなんてものも危険に満ちたものであり、成立しない方が日本のためである。アメリカは自国の通貨発行権を持っていない事を忘れてはいないか。発行権は ユダヤ金融支配者が完全に牛耳っている民間組織(FRB)が有している。金融支配者は基軸通貨さえ握れば別にそれがアメリカでなくともユーロでも構わない。


 つまり基本的にユダヤ人は社会主義者なのである。金に物を言わせ、右も左も国家を操ってきた歴史は末尾の本に詳しい。これは決してトンデモ本などではない。元外交官が著した堂々たる論文である。


 そんなアメリカが日本が戦争になったときに安保条約に基づき日本を守ってくれるかどうか分からない。緊密な友好国ではあるが、そういう視点は常に持っていなければならない。その視点が危機管理であろう。憲法を守って国が滅ぶという愚を犯さないようにするのが愛国者ではなくとも国民の〝義務〟であろう。国あってこその憲法である。国がなくなってもいいと考えている者どもの耳に快い扇動に乗ってはいけない。


 脳天気の観念平和主義者が平和を守れるとは限らない。20年前、村山総理が出した村山談話なるものが、アジアの安定と平和を願い談話を出したとのたまわったそうだが、貴殿の言うアジアとは支那と朝鮮だけか。それで支那と朝鮮との関係が良くなったのか。現実はまるで正反対ではないか。その偏狭な視野狭窄の目がアジアの平和を乱しているのだ。


by 考葦(-.-)y-~~~


 



 現在の日本の国家は、相手が攻撃して来て、はじめて自衛のために武力を行使できる。憲法解釈上そうなっている。そういう制約があるから、ある程度先制攻撃を受けてから反撃しなければならない。しかし、近代戦では、これでは圧倒的に不利になるのは避けられないし、もしかしたら第一撃のダメージで反撃不能に陥るかも知れない。


 そういったことを一切顧慮することなく、戦後、70年間平和が守られてきたというが、それは憲法があったからでも、野党を初めとするリベラル・左翼の〝平和勢力〟と呼ばれる人々が平和を唱えてきたからでもない。また近隣諸国が我が国の領土侵奪の意思がなかったからでもない。


 アメリカ軍が日本に常駐し、下手に攻撃すると、日米安全保障条約が発動してアメリカを相手に戦争になるという恐怖心が、近隣国家の攻撃衝動を抑え込ませてきたからである。むろん、その中にはアメリカの核兵器という抑止力も含まれるし、自衛隊の不断の努力がもたらした〝強さ〟も見逃せない。竹島が領土侵犯されていることは、ひとまず置いておこう。


 日本が戦争になったら、アメリカは相手国と戦争に突入する。しかし、アメリカがどこかと戦争になっても日本は何もしなくてもよい。何も出来ない。こういう片務的な日米安全保障条約の事実を隠しながら、今のまま継続させろと、反対派の連中は言っているのである。換言すれば、戦争に行くのはよその子、血を流すのはよその子のままでいろと言うのである。


 それを巧妙に包み隠して、戦争が出来る国にしようとしている、戦地に子供を送り出す国にしようとしているというイメージ戦略で、国民を自陣に引き込む作戦を立て、ある程度成功しているようである。


 〝平和勢力〟は政策的に自民の反対の辺りにあり、そこそこ名目が立つフレーズがあれば、まず間違いなく採用する。政策は考えないけれど、標語・コピーは常に考えている〝反対キャンペーン政治家〟達の、そういう能力は評価しても良い。


 中国の膨張政策はいずれ大きく何処かの領土を侵し、当該国と紛争になるだろう。軍事力が小さい国は中国の軍備を背景にした圧力に一国では抗しきれない。チベットがそうであったように。


 そこで軍事小国同士、あるいは小国と大国、あるいは大国同士が安保条約を結び、暴走する国家に対抗しようとするのが、集団的自衛権である。そうなると締結国の何処かが他国と戦争になれば、自動的に他の締結国は当該敵国と戦争状態になる。それが子供を戦争に送るという理屈になるようだが、むしろ一国で対するより複数国で対した方が戦争の確率は格段に下がるのである。それを抑止力という。


 近頃、瀬戸内寂聴という元小説家の尼僧が僧侶として民主・共産・社民党と同じ様な主張をなさっているようだ。たしかこの寂聴女史、今東光というこちらも小説家から天台宗で出家し、宗派内で大出世を遂げ、晩年、国会議員もされた稀代の人物を師として、僧籍に入られた筈だが、師と比べあまりにもスケールが小さく、薄っぺらで説法を聞いても腑に落ちる話を聞いたことがない。


 今東光和尚からも、生前、戦争の話を聞いた記憶はないけれど、寂聴弟子のような発言はしなかったと思う。






続く
 

 被害者の方々のブログを読むと、ほぼ確実に創価学会の会員が犯罪に関与していると書かれている。一応おじさんは自分が確信をもてた事しか取り扱わないので、犯罪の存在を確信し拡散に努めつつも、創価学会の関与の確信が得られなかったので、その部分はスルーしていた。


 だが、自然に確信を得られるまで漫然と待っていたわけではない。ブログで関連する何かがあればそこへ行き、ざっと目を通す。しかし、思うにかつてこれほど評判の悪い宗教があっただろうか。


 ブログやHP、掲示板では〝宗教ではない〟というものが一番多かった。だが、おじさんに言わせれば、皆さん、そんな当たり前の事を入会してしまってから気付いたの? と言いたい。


 おじさんのブログでは『神について』というタイトルで、神とはいかなるもので、宗教とはどういうものであるかを、比較的わかりやすく書いてきたつもりである。


 それを読んでいただければ、創価学会や新興宗教に入る危険は防止できた筈である。そういう意味で自分の力の無さを改めて痛感する。


 特に創価学会の教義を学んだ事はないが、もともとは日蓮宗の一宗派である日蓮正宗の信徒団体であったと物の本に書かれていた。その後、本山と軋轢が生じ、いわゆる破門になった筈である。そこで拝む対象がなく、葬式に僧侶が出ないとか色々言い沙汰されているが、細かな所は承知していない。


 しかし日蓮宗であるからには、法華経が中心になるだけで、宗教としては仏教の筈である。『南無妙法蓮華経』と繰り返し唱えて功徳を得るはずである。


 ただ、その信徒団体である創価学会と、池田大作氏の関係が今ひとつ分明ではない。けれども、様々な口ぶりを総合すると、新宗教が勃興する際の教祖のような位置づけになっているのではないかとの印象を持つ。


 それならば、日蓮宗とは無縁の宗教に変化したのだろうか。法華経を中心にはするが、日蓮と離れ、池田教とでもいうべき宗教に変質してしまったのであろうか。当初は東京都が管轄する一地方宗教法人であった筈だが、活動は全国的であったから、その点の批判も加えられた筈である。今はおそらく文科省管轄の全国規模の宗教法人になっているだろうと推測する。


 創価学会の批判本は数多出ているが、読む気も時間もない。若い頃のように体力と読書スピード、読解力、記憶力があれば、10冊程度はたちどころに読んで、文献を引用しながら多少とも深みのある文章が書けると思うのだが、今はほとんど若い頃の記憶だけで書いている。よって、薄っぺらい物であることは承知しているし、この点はどうかご容赦願いたい。


 被害者の多くが書かれているものに、創価学会の組織の中に【外宣部】というものが存在し、そこに所属する者達が加害活動を行っているという。またそこには在日朝鮮人が多く所属し、彼らの第2の本能とも言える日本人虐めに、飽くことなく喜々として取り組んでいるそうだ。もちろん、そんな部署は創価学会の組織図の何処にも出てこない。


出典:SOUKAnet


 組織図にはないと言っても、どのような組織でも隠しておきたい活動をする部署はあるだろう。もちろん存在しない可能性は否定できない。しかし、あれだけの被害者が言っているのだから、部署が存在しない事はないと思う。先日、無いことの証明は不可能と言ったばかりだが、こちらは現に被害があり、被害者がそう言っている点が異なる。秘密の裏活動をする組織と言うことは大いに考えられる。



 その外宣部に在日朝鮮・韓国人が所属して、加害行為を実施しているというが、創価学会と在日朝鮮・韓国人との関係の深浅が今ひとつ理解できなかった。しかし、ネットには池田名誉会長がそのそも在日であるという噂もあり、いや、祖父の代で帰化したのだというまことしやかな話も見た。現時点では9割以上はデマだと考えているが、幼少時から朝鮮語を習っていたという噂もあり、今はひとまず保留としておこう。


※もし創価学会関係者の方が拙文をご覧になって、ご親切にも教授しようと考えられたとしても、無駄ですからお止め下さい。当方は独自の信念をもって生きてきましたから。理由は拙ブログ『神について』で十分語ったつもりです。


続く