大嘗祭の費用が高すぎると野党から声があがったとニュースで知り、あんた達、どうせ天皇を元首と認めない人々でしょう。我が国は知りうる限りの最古から天皇を戴く国であった。昨日今日出てきた連中が、天皇陛下の祭祀がどうのこうのという事に違和感を感じないのか。
はっきとりと「やっていることが見えない」という意見も出たそうだが、ここまで来るともう漫画である。何でも知らないといけないのか。金を出しているという意識がそういう言葉となったのか。
昔、民主党がやった仕分けの時に、スーパーコンピュータの世界一を目指そうと予算を組むときに「2番じゃだめなんですか?」と曰った蓮舫という議員がいたが、そんなことより何時から日本人となったのかを明らかにせよと言いたい。まあ2番目に早いスパコンにどんな意味があるというのか。普通の頭の持主なら分かるはずだ。
話が横へ逸れそうになったが、祭祀の所作として、ここで一礼するのにどのような意味があるのか、このタイミングで東を向くのに何の意味があるのか。天皇はそれらすべてを熟知していなければならないのか。進歩史観の人々は、伝統の行事、所作振る舞いというものにあまり意味を感じない人々である。
伝統の行事を行うのに、どれほどの人間が関わって来たのか、所作を伝えられるという事自体に、時間の長さと人の数に、関係者の思いの深さに、慄然とするほどに敬虔な気持になるはずなのに、それらを感得できないとは、何か人間として欠陥があると言うしかない。
例えば、神道は戒律がない宗教である。あれするな、これはダメという宗教ではないのだよ。ただ一つ求められているのは身を綺麗にする事のみである。
神前に立つ前に手を洗い、口を漱(すす)ぐ。神前では、まず払い給え、清め給え、神ながら守り給え、幸え給えと念ずるのだと物の本に書いてあった。小生は声に出す方が言霊の国としては正解だと思うのだが、そばに人がいて聞かれたくない場合もあるだろうし、まあ、そんな事に日本の神々は拘られはしないだろう。
遠慮がちに、神(かむ)ながら守り給え(お守り下さい)と言い、幸(さきわ)え給え(幸せにして下さい)というのが精一杯の願いだが、えっと思うほど長い人もいて、もっともっと一杯お願いしていると思われる。
天皇陛下のお仕事は民の安寧と平和を祈ることだと聞いて、外国人は感動する。武力権力とは別に権威で君臨するのだと思うのであろう。本当は少し違うと思うが、今は控えよう。
まったく心を動かさないのは、共産党・公明党・立憲民主党らの連中だ。こういう人が対費用効果を考えるのだ。
イギリス王室のように、皇室に商売を認めるという道もある。世俗が皇族を使いすぎるから、そんな暇はないと仰せになるだろうが、おやりになれば、伝統と権威で服飾の需要などは多そうである。
by 考葦(-.-)y-~~~






