Go For  シルバーバック

日本語読みだと、『ヨルダン』     現地だと、『ジョルダン』


日本語読みだと、『エルサレム』   現地だと、『ジョルザレム』



この細かい違い‥‥なんとかならんものか。



南東に位置するWadi Ramから約5時間。


Amman上陸。


滞在時間は短いものの、以前行った街に戻ってくると、不思議と「帰ってきたー」っていう感覚になる。

そして、特に地図も持たず、ある程度どこに何があるか、どこに行けば何が売っているか把握できている

この感覚があるとないとでは、その街への愛着度が全然違う。


三度目Amman。


あんまり観光するところがないと言われるが故に、ツーリスティックなニオイの少ない街。

アクセスの良さから、どこか中継地の香りを漂わす首都。


行きつけになったメシ屋のおっちゃんは姿を現すと、100%の笑顔で迎えてくれるし、

ペトラ、Wadi Ram等の観光地より、ここで出会った人の質はずっと肌に合っていた。


旅の間心がけていた、"そこに住む人とのコミュニケーション"が簡単に取れる

お気に入りの街になったのは間違いない。



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ある時、泊まっていた宿のあんちゃんと話していた。


ここでも、買い物の時や運賃等は、まだまだ聞かないと把握できない店や交通機関が多い。


「日本では小さな商店を除いた店に行けば、ほぼすべての品に価格表示がある」


彼はその内容に驚き、その後には何かを納得したようだった。

日本人がよく交渉事で困っているという状況が掴めたようだった。



そんな彼との会話の中で興味深い話しを聞けた。


"ムスリムのヨルダンでは奥さんを4人まで娶ることができるらしい"



その話しの流れでスンニ派ムスリムの結婚事情について話してくれた。


「ヨルダンでは結婚するときに親の決定権が非常に強い。

もし親が婚約相手のことが気に入らなければ、その結婚が成立することはないだろう。

これが意味するものは、つまり政略結婚が多いという事。

もし仮に、恋愛結婚だとしても、親は近所の人に婚約相手の"うわさ"を聞きつけ、

周囲の人からの情報で"いい人"でなければ成立は難しい。」


というもの。


ヨルダンで思ったのは近所のつながりが非常に強いという事。

日本の都会で問題になった近所付き合いの気薄なんてのはまったくといってないように思える。

そしてネットワークから親が相手の情報収集に躍起になる。


さらに彼は続ける。


「いざ結婚が決まったとき、新郎は新婦に捧げる贈り物の金額を定める。

例えば2000ディナールの贈り物をする。

もし離婚をするときには、別れを切り出した方がその額を負担することになる。

女が切り出せば、男に2000ディナールの支払い。

男が切り出せば、女に2000ディナールをさらに支払う。」


つまり男が婚前に費やすドレス等の贈り物の値段は、そのまま離婚時の慰謝料額を決定するという、

なんとも、結婚と離婚が表裏一体となったやりとりになっているらしい。


政略結婚、相手の評判、慰謝料システム。

日本でも同様な事は十分ありうるが、ちとニュアンスの違いを感じる。



死海に行ったとき、家族連れのヨルダン人と思われる人をたくさん見た。

海に似合わない黒装束の奥さんと思われる女性2人と、子供2人、だけど旦那1人だけ。


もちろんそれを嫌がる人はいるし、自分の親は奥さん一人だけっていうヨルダンの人も確かにいる。


だが、死海でのそんな光景を目にすると"妻4人まで制度"が現実だということも言える。




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合計2週間。

相性抜群のヨルダン、そしてアンマンを抜け出し次なる地は、、、シリア!



北へ北へ!




ペトラからマイクロバスで南東に1時間半。


ヨルダンの砂漠地、Wadi Ramに到着。


Entranceの建物はあるものの、

一本道の周囲には岩肌の剥き出しになった乾いた岩山と砂漠、サバク、さばく‥‥



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ペトラで仲良くなったお調子者スイス人のヤニスが雄弁にWadii Ramについて語ってくれていた。


彼曰く、

ヤニス:「Entranceでわけのわからない入場料を払った後は、道路の一本道に沿って歩いていけば村につくぜ!」

   俺:「歩いてテントのある村まで行けそう?」

ヤニス:「もちろんだぜmen!あまりの近さにタクシー使って後悔したぜ」


ここではほとんどの人が事前にツアーへ申し込む。

少数の人がEntranceで出会う地元民と交渉か、入場料を払った時に宿泊込みのツアーに申し込む。


時間があるので、全部自力でやってみようと村まで自力で歩いて行ってみた。

が、遠すぎるぞヤニス!


Backpackを背負いながらでは、一本道以外が灼熱という状況も手伝ってバテテきていた。

お調子者ヤニスの性格を計算に入れて決断をしていなかったツケがまわる。


バテはじめた頃、心ある現地人が拾ってくれなんとか村まで到達。



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Wadi Ram唯一の村にはベドウィンという砂漠の民が住んでいる。

その多くが頭に赤と白のチェック柄スカーフを被り、観光客を相手に生計を立てているよう。


英語も堪能で、お客さんの取り合いはかなり熾烈を極めるといった様子。


村に着くと、村唯一のレストランの裏手にあるテントに3JDで宿泊。

ここではホテル等なく、宿泊はテント以外に選択肢はない。


それもそのはず、

村とはいえ歩いて5分の範囲に食料商店が4~5件あるだけで、その他の店は皆無。

あとは現地人の家があるだけ。


辺鄙な砂漠の村周辺が突如観光地になった。


そんな場所。


道路もすぐに途切れて、永遠と砂漠、岩山が広がるだけのシンプルな場所。



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基本的に子供がラクダ使い。


子供がラクダを棒で殴りつけているのを見るとなぜかせつなくなる。


ラクダはご存知砂漠の移動手段で各家庭にラクダは飼われているよう。


「おれのラクダ」


そんな言い方をするベドウィンにたくさん会うことができた。

あるおっさんがラクダは水を飲まずに3ヶ月生きられるといっていたが信じられない生命力。


今まであったラクダの思い出といえば、

大学受験の時、必死こいて受験勉強してたのにも関わらず、

背中のこぶが一つのヒトこぶラクダと、二つのフタこぶラクダの違いについて、というわけのわからない

問題が出題されたという苦い記憶が甦るだけ。


とりあえずこいつらはフタこぶラクダ。



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ツアーは大体がテント宿泊・メシ・4WDツアー込みとなっている。

大体が砂漠の岩山の影にあるテントを拠点に4WDツアーを行い40JDくらいらしい。


お調子者ヤニスが「岩山をつたって歩いていけば、4WDツアーなんて必要ないぜ」


とか言っていたけど、

水がないこの砂漠で遭難したらシャレにならないし、

砂漠を舐めたら恐い事を実感したので、なんとか4WDツアーだけには参加したかった。


テントが決まっていたので、村にいるベドウィンと4WDツアーだけの直接交渉していた。


水を買いに来ていた他のツアー客に紛れて、参加しちゃおうとか思っていたけど、たまたまドライバーが英語

わからないとか、一人だとモロにガソリン代などかかってしまいとても払える額ではなかった。


ルートと値段のバラつきがホントに激しくてなかなか決まらないでいた。


そんなとき、眉毛のつながったベドウィンの我修院達也氏が俺にツルの一声をかけてきた。


「Entrance行くぞ! お前が人集めれたらタダでいいぜ!」



利用されている。

しかし悪くない。

完全に利害が一致した。


よっしゃー!


意気揚々と我修院先輩の車に乗りこみ、子供に車を押してもらいエンジンをかけていた。

Entranceに向かう途中エンジンが止まった。


「Do you like walking?」


スキッパを覗かせ余裕の表情で質問を浴びせてきた。


やるな砂漠の男。


Entrance周辺で俺がシェアメイトを集うべく観光客に声を掛けた時、ビジターセンターの親父が激怒してきた。


「誰の回し者だ?ここで呼び込みなんぞ許さんぞ」


お客さんを捕まえるのに、ここにいる砂漠の民は目の色を変えている。

1日いろんなベドウィンと交渉を続け、我修院先輩と行動したおかげで

地元の彼ら目線でここでの熾烈な砂漠ビジネスの実態に触れることができた。


砂漠という厳しい立地を楯に、強気な値段を言ってくるベドウィンはたくさんいる。

限られた観光客と村内の競争相手達。


笑顔の裏の実状は、想像以上に泥臭かった。



結局初日は、お客さんも捕まらず終了。


1日に一本しかないバスで俺が来て、その後お客さんが来ないのは当たり前といえば当たり前。



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そして翌日早朝、


シェアできる相手を探してウロウロしているとペトラで少し話したドイツ人のクリスチャンと偶然再会した。

彼は大人数でシェアするツアーではなく、できる限り少人数で砂漠を楽しみたいと思っていたらしい。


彼が頼んでいたベドウィンのオッさんに参加したい旨を話すと、やはりしっかり高めのツアー代を言ってきた。

4WDだけで40JDはやりすぎだ。

前日、丸1日を使って交渉し続けたおかげですでに相場は見えていた。


でも、朝一のこのタイミングを逃すとまた何もできず1日が終わりかねない。



少し強気に、

「二人も三人もツアーに連れて行くなら一緒でしょ?

あんたの言った40JDって額は他のツアー会社では朝晩メシ付き、テント付きの額だ。

メシもテントもいらないから夕日までの時間のツアーで30JDなら悪くないはずだ。

あなたにも私にもいいでしょ?」


昼前から夕日まで‥‥他のどこよりも長い間砂漠を疾走してもらえるってことでは悪い条件じゃないと思う。


そうやって便乗して、フランス人のアンと三人で砂漠ツアーに出かけた。


三人とも静かに雑音なく砂漠を楽しみたいというのが目的で、お互いを尊重した静かな素晴しいメンバー。



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砂漠ツアーのドライバーはサイドミラーに映る生意気な16歳の若造。


村をウロついていた時、小学生くらいの子供が運転している姿を目にして、越し抜かした記憶がある。

ドライバーの彼に、「何歳から運転してんの?」と聞くと、驚くなかれ、 「7歳」って言ってきた。


そして、 「11歳からお客さん乗せてる」だと。


自分の足がクラッチに届けば、運転適齢期。


これがベドウィン基準。


そんなおれよりも断然長い運転歴を持つ彼に連れられ、いよいよ砂漠ど真ん中へ。



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人生初のモロ砂漠。


ここWadi Ramの砂漠は、イメージしていた白砂の見渡す限り砂漠とはちと違うテイスト。


砂の質は赤茶色で、岩山がゴリゴリあるこの辺はどちらかといえば"荒野の砂漠"といったニュアンス。



雲ひとつない空の青と、赤茶色の砂、アートのような岩肌。


ただただ、がむしゃらに見ていた。



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オアシスもない。


その代わりここでは音がない。


まったくの無音。



日常生活では必ずなにかしらの音に触れながら生活をしている。


それは人間の営みがある事、そこで生物が生きている事の証拠。


しかし、ここには何にも音がない。



無音にも無音という音が存在した。


「キーーーン」 とも 「シーーーン」とも違う無音の音。



不思議な体験だった。



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突如現れた岩の橋。


もうスゲーとしかいえない。


こんなにも壮大だと、思いっきり自己主張したくなる。



近いのか遠いのかが、わからないほど空の色も青い。



世界にはこんなとこがあるのか‥‥



砂漠の力を全身に浴びて、気力が漲る。



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            例えるなら、  『火星』  『世紀末』



                 音のない世界



              不思議な場所だったなぁ




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         夢の中にいるような光景




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         夢の中で見るような光景



                       不思議な場所だった。




ヨルダンでメインの見所といえば、世界遺産ペトラ遺跡。


あの『インディージョーンズ』の舞台として使われていたとしても有名なペトラ遺跡。

アンマン市内からバスでボラれながら5JD(地元人は3JDかそれ以下)、
3時間30分でペトラ遺跡のある隣町、ワディ・ムーサに到着!


非常に近い!


バス停で降りると"バレンタイン・イン"と書かれたGuesthouseのワゴンが待機しており、

そのままオートマティックにその宿へ。


バスに乗ってる間しきりに宿を聞いてくるバス係員。
そして、決まっていない事を確認すると携帯でどこかに連絡を入れてお出迎え。
うまい事考えるもんだわ。


ついた宿はドミ5JDと少し値は張るものの、WIFI入るわ、テラスからペトラ遺跡の岩群が見えるわ、
4JDの晩飯ビュッフェは久々の豪華だわ、さらにそこにいる各国旅行者は気さくで居心地がよかった。


こんだけビックな観光場所にいる人達は楽しみを目の前に生き生きしてるから、
心さえ閉ざさなければこっちまで楽しくなる。



到着当日に知り合って偶然誕生日が一緒のマサくんと、翌日早朝、ペトラ遺跡へGO!

入り口で1日券21JD(2日券:26JD)を支払い、エントリー!

岩場の道沿いを歩くとこ15分、遺跡の入り口部分に差しかかった。

もともとこのペトラ遺跡は紀元前からナバタイ人と呼ばれる人達が住んでおり、自然の要塞に囲まれている

だけでなく、立地の良さも手伝って砂漠を移動するキャラバン隊などの中継地点として栄えていたらしい。


なんと言ってもかつての隊商人達にとって、
ここは安全に休息できる数少ない隠れ家的な場所だったという。


1812年、長い空白の年月を経て、スイス人探検家がこの遺跡を見つけ世界に知れ渡った。
彼が遺跡の入り口を見つけた当初は、あまりに細い岩の切れ目に大型の岩が積み重なっていたという。



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       <遺跡の入り口>            <進んでいくと岩に囲まれたヘビの道が続く>



まさに隠れ家の入り口。

まさか大昔に人が出入りしているなんて想像もつかないヘビの道。
赤茶色ベースの岩肌が迫ってくるような迫力と層によって色鮮やかに変化する両脇にある岩山。
道の脇にはかつての治水システムの様子。


幼少時代に作った"基地"に対する興奮と、
岩山の切れ目から射す太陽の光がアドベンチャー感をより一層引き出す。



歩く事3~40分。


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                 見えた


              隙間から見えた


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                     少しずつ


                 少しずつ開けて


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ラクダがお出迎え!



                これかー!エル・ハズネ!



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            外から見ると人間が小さすぎる。



職人が岩を削り出来た神殿風のエル・ハズネ。

柱上部の左右には、

それぞれ当時の職人が上層部に登る際にハシゴ代わりに使っていたと言われる、岩のくぼみが見える。


あまりに簡素なもので、かつて何人の人が転落したのか‥。
驚く事にすべて手で削って出来たものらしく、その精巧さに驚かされる。

そして、どうやってこれを彫ったのか、どれだけ時間を費やしたのか、
色んな疑問が湧き出てきて好奇心がグイグイ刺激される。


やっぱスゲーもんはすげえ。


ペトラ遺跡の中は非常に広く古代ナバタイ人の家やレリーフ、貯水システムなど
彼らの生活様式と隊商宿としての役割を垣間見せる作りが随所にある。

基本的に岩を削って、あらゆる空間を作り出していたようだった。

砂漠と丸みのある赤茶色の岩群。
自然と人間の織り成す芸術にうっとりの世界。



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   <ナバタイ人のスゴロク的な遊び>         <日本人と見るや「ラクダはラクダ」を連呼される>


遺跡内最初の仰天スポットから、軽いトレッキングをして山の上にある修道院まで歩いて向かう。


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     <パワー漲る絶景VIEW>                <登頂途中に後ろを振り向くと>



そして登る事1時間30分。

最初に見たものとそっくりだが、それよりも一回りでかいという山頂にある修道院に到達。


なんと山頂にはカフェがある。
その名も手書きのきったない字で『Top of the world』


いやいや、本当の目的はこの修道院。


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                       <THE観光客。最高>


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                          <人がホントに豆粒みたい>


エル・ハズネと見た目は似ているものの、そのサイズは一回り大きい。

息を切らしながら険しい山道を登ってきて、
まさかこの乾燥した場所にこんなにも精巧な修道院が出現するとはただただ驚きだった。


ここでこいつを作っている最中にどのように水や食料が運ばれ、どのように暮らしていたのか‥

そして何人もの職人が転落で命を落としたことか。

絶景に作られ誰もが見とれるこの修道院が出来る裏側を想像すると、
ただの感動以外の感情も沸いてくる。



ここに到着して少し高台で昼飯でも食おうとしたとき、
ガスバーナー持参で来ていたイスラエリーからコーヒーのお誘いを受けた。


静かに修道院を眺める彼ら。
彼らがうちらの為にコーヒーを注いでくれながら、
この地に住む砂漠の民・ベドウィンのことわざを教えてくれた。


「Tea is sweet. It`s like hope」
「Coffee is bitter. It`s like life」


こっちの紅茶・シャーイは甘い。
そして彼らの入れてくれたコーヒーは苦い。


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たどり着くまで大変で、着いてみると絶景。


過程があった方が感動はデカイ。