ある路上に立つキューバ人は言う。



「インターネットは規制されていて繋げない。

もし国際電話をするようならその電話は盗聴されている。道路は10年後もデコボコのままだろう。」


キューバに来る観光客にとっては、カテドラルがあり、オビスポ通りがあり、
レストランでキューバ音楽を演奏するグループがいる。警察はいたるところにいて危険も感じない。
不自由はあれど、その他の国とは違う輝かしさが見えるだけだ、と…。


それはキューバに来る外国人、すなわち国際社会に対してキューバという国がとっている"社会主義というシステムはこんなに素晴らしい"と見せようとするパフォーマンスだという。



観光・教育・医療に力を入れている反面、いったん都市の郊外に住む庶民の生活を見てみると、
ぎりぎり最低限の生活で暮らしている現状があるということを伝えようとしていた。


ギリギリ最低限の生活。
保障はあるけど、最低限でそれ以上にもそれ以下にもなれない生活。
そして、それが自分の人生の終わりまで続くと感じる生活。


外国人用の通貨とキューバ人用の通貨が分けられいるということは、
単に外国人から獲得する外貨と収益だけの問題ではなく、キューバ人と同じ通貨を使わせないことで
現地生活環境を知るきっかけから遠ざけているのかもしれない。


Go For  シルバーバック



ゲバラ・カストロが起こした革命時期、
アメリカを敵とみなし、あまりにも多種多様な人種と宗教が一つの国で共存していくために結束していった。


そして、現在。


戦争をする必要がなくなっていって、

もはや一般市民にとってはアメリカを敵とみなす理由が薄れていっている中、次に思うことは外敵ではなく内側。


それは、その他大多数の国のような欧米・アメリカ式の発展から一線を画した発展を目指す社会主義国キューバが抱える豊かさの水準に、一人ひとり国民の考えにバラツキが出てきた証拠のような気がする。


その大きなファクターの一つに観光客の存在はあるだろう。


観光に力を入れはじめて、彼らにとって己の生活水準と比べる材料が増えていった。
観光客の持ち物だったり、お金の使い方だったり。
そこから募った不満がどんどん自国へ向けられていくことに拍車をかけているのかもしれない。


共産主義の中国が日本を敵とみなして国民を団結する材料にしているように、
キューバ政府にとってアメリカは今や必要悪の存在でいてもらわなくてはならない。


そんな中、セキュリティに厳しいアメリカへの上陸を夢見る中国人やアラビア系の人たちが、日本円にして100万円前後の賄賂をポリスに払って、キューバ発アメリカ行きの船で密入国しているものもいるという。


地図で見るとフロリダ州とキューバ本土の位置は驚くくらいすぐ近くにあり、距離にして145km。

近くて遠い国。
しかし、その他の国の人間にとってはただの近い国。


また、キューバ人の中にもアメリカに密入国して、キューバの家族に仕送りしている人もいるという話も聞いた。
フロリダには『リトルハバナ』と呼ばれる地区があり、キューバから離れたキューバ人が住み着きスペイン語が飛び交ってるらしい。そして普通にキューバのIDを持ち歩いているとも。


国民は政府の思惑に気がついていても、大きな声で反論するとリスクに晒されてしまう。
さらに外の世界を知る権利も制限され、観光客用ともいえるバカ高いネットカフェがあるくらいで、
ごくごく一部の経済的に余裕がある人が、ADSL回線でようやくパソコンに触れるくらいのもの。


アジア・アフリカの最貧国でも砂漠の町でもネットができるこの時代。

キューバ一般市民にとってインターネットの使用がほぼ皆無のこの環境には、

ネット分野を整備することから起こる思想的なデメリットを国が感じてのことのようにも思えてしまう。


中国で「天安門事件」「チベット」というキーワードで検索をしたときにネットが弾かれてしまうような現象と
どこか似たような思惑のようなものを感じる。



Go For  シルバーバック



ある日、カストロ・ゲバラ率いる革命軍が勝利宣言した地、サンタクララの公園で、

ボロボロのサンダルを履いた不自然なくらい英語がペラペラな年齢不詳のキューバ人と話していた。


平日の昼間、
何をしていたかわからないキューバ人の彼から訴えに近い話を聞くことができた。



まず最初に彼が切り出したのは、『配給』について。


社会主義キューバの最大の特徴のひとつとも言っていい配給制度。

全員が平等に石鹸・塩・砂糖などの生活用品を分配されるであろうこの制度に関して、

実際は歪みが生じていた。


話の流れで彼は言う、


「配給は確かにもらっているけど、一家族単位で決まった量の配給になる。

配給券みたいなものをもらえるけど、4人家族でも10人家族でも同じ量しかもらえないんだ。

4人家族でもかなりギリギリの量の生活品を、それ以上の人数で分け合ったとしたら足りないだろ。

質・量どちらも昔より減って、さらに人数に関係のない家族単位での配給では、

両親と子供を同時に養うのは難しい。」


最低限の生活は保障されているはずのキューバで路上生活者の姿を見て、ずっと不思議に思っていた。

家・食料・生活品が支給されると聞いていただけに、「なんで?」っていう疑問と違和感しかなかったが、この話と友人が現地人から聞いた話を総合すれば、家族との関係がうまく行かない人は路上に逃げるしかない。

もしくは、配給が十分ではないから、ということで家族に追い出されての結末らしい。


基本的に国で割り振られた部屋に、大家族で住むキューバ人にとっては厳しいが従うしかないのが現状だろう。


同じ旅行者がキューバ人に、「余った石鹸はないか?」と聞かれたこともあるらしい。


時間の経過とともに、どんどん表向きだけの実利のないパフォーマンスになりつつある。



Go For  シルバーバック

                        <新市街にあった大きな病院の入り口>



そのまま『医療』についても。


こんな文言を聞いたことはないだろうか。

"キューバでは全国民に対して医療費・治療費がタダ"、と。


さらに彼言う。


「確かに我々は調子が悪いときに病院へ行き、診察をして帰ってくる。この間はお金がかからない。

そう…診察をするだけならね。治療でもかからない場合はある。それはとても大きな手術が必要になる病気の治療のときだけ。要は大きな施術が必要になる場合はタダになる。」


もしかして、噂通り?


「診察をして診断を受けて、その後の薬代は自分持ちなんだ。」


そういって、診察後に処方された薬代が書かれた領収書をみせてくれた。

額にして35人民ペソ。約1,4ドル。100円ちょっと。


見た瞬間は正直「えっ?そんなもんでいいの?」と思ったが、

月給平均15cuc、約15ドル前後の15分の1以上が一回の薬代だと思えば、そんなに安くもない。

ましや、配給だけじゃ足りないので、さらに買い足さなければならない生活品や食料があると思えば十分大きいのかもしれない。


「古着の服だって30ペソくらいはする。高いだろ?」


月給15万の15分の1だったら1万円……そう考えてみると、

臨時収入もなかなか見込めない彼らにしたら、1ペソの重みは大きい。


ただ、どういう薬に対して35ペソなのかもはっきりしない状態ではなんともいえない。


マラドーナやマイケルジャクソンもお世話になったというキューバの医療は、

世界的に誇る水準らしく、その乳児死亡率は日本と同水準。そして医者の数は世界随一。さらに平均寿命も近隣の中南米の国と比べると郡を抜いて良い。実際94歳のおばあちゃんと話す機会があったのが何よりもの証拠。


国民世界各地に医師団を派遣し、国際的な活動も積極的に行ってるキューバ。 

国際パフォーマンスとして、医療を前面に押し出している側面もまた意外性がある。


確かに毎回薬が必要な人にとっては、制度の恩恵をほとんど受けていないと感じるだろうが、

一回で生活が崩壊するほどの治療費を国が負担するっていうことだけでも唯一無二の制度のような気もする。

そして、キューバ医療の基本は、大きな病気になる前のケアにある。


この制度に関しては、どの程度の健康状態かで捉え方はずいぶんと変わるだろう。


何件か現地人に対して診察する病院を少し覗いたときに思ったことは、"くたびれてる"だった。

結局はキューバの医療も経済力がある人、そうじゃない人で受け取り方に開きができてしまう。


教育制度が無料ということも立場の違いによって、言い方も大きく変わってくるだろう。



Go For  シルバーバック



次に、『階層』について。



一番驚いたのが、社会主義でこの『階層』的な考え方が強くあったこと。



"生産手段の社会的共有・管理によって平等な社会を目指す思想"から離れ、

どこかインドのカースト制を思わせる内容でもあった。



彼は言う。



「大きくブロックは7つに分けられる。もちろんどの階層に属するかで、配給とは別に月の給料がいくらもらえるかの範囲も決まってくる。政府や国の機関で働くような人はピラミッドの一番上の階層の人たち。実はCASAをやってる人たちなんかは大抵2ndクラスに属してることが多い。50cuc以上はもらってるだろう。おれは上から6番目でパン屋だ。朝から晩までパンを焼き続けてやっと月に10~15cucがいいとこだ。」



話によれば職種によってどのランクに自分が属しているかがわかるという言い方をしていた。

50cucというば50$。その額がとんでもなく手の届かない額に言われている。



配給や社会的なサポートがあっても、

世界の最低水準である月50ドルって額が夢の額に聞こえるこの世界は、その他の国とは勝手が違いすぎる。


別の機会にあった踊りを教えるキューバ人と話したとき、

自分の収入を表す場合、「おれの仕事では30前後もらってる」という言い方をしていたのを思い出した。



彼の場合、多少愚痴っぽく労働時間が長すぎることを言っていた。

実際キューバのパン屋で働いたわけではないから申し訳ないけども、

こと仕事に関してのストイックさと濃密さはキューバのものとは比べられないほど、日本での仕事のほうが何倍も過酷だと思う。病気になるまで精神と肉体の限界を超えてまで働く人はキューバにはほぼいないように思えてしまう。トータル13時間以上一晩中一回たりともミスが許されない仕事をして、一ヶ月生活するのにギリギリの給料で過ごしている人を知ってるだけに、彼の言い方には少し文句だけを並べている感もある。





続けて、仕事は変えることはできるのか聞いてみた。



「それは難しすぎる。なぜなら我々は小さい頃から将来の職種に乗っとった教育を受けて、

大人になるとオートマティックにその職種に就くことになる。他の仕事の技術や知識がない状態で仕事を見つけようとしても働けない。」



思い切って聞いてみた。



「ゲバラみたいに革命を起こして国を変えようと思わないの?」



すると、



「おれはこの大きな世界の中のほんの小さなたった一人の人間に過ぎない。その気はないさ。」



予想通りの反応だった。本音であるだろうけど、仮に"革命を起こしたい!"なんて言って周囲の人に聞かれでもしたら身の危険さえある。時に、一般のキューバ人にとっては、外国人と話しこんでいるだけで、警察に尋問されるリスクがある。普通に街を歩いているだけで、こういった訴えを耳にすることは稀なことだった。



さらに聞いてみた。



「将来的に国が変わって社会主義はなくなると思う?」



「今は弟のラウル・カストロがやってるけど、もし彼がいなくなったとしても政府は一つのファミリーだ。

トップが替わっても何も変わらないよ。」




どの国にも大なり小なり国民をコントロールする仕組みはある。

彼の言葉の節々には、"常に管理されていて自由がない"という気持ちがこもっていた。





話が一通り終わると、彼が突然切り出した。



「怒らないで聞いてほしい。

おれにはまだ小さい娘がいる。その娘に今晩与える十分なご飯がないんだ。もし許されるなら少しでいいからお金分けてくれないか?」



これまでいろんな国で仲良くなった後に何度も言われたこのセリフ。


「手伝ってもらえるなら。これから乗り合いタクシーに乗ってハバナへ戻らなくてはいけないんだけど、

その場所へ連れて行ってくれて、値段まで確認してくれたら少ないがその分の対価を払うよ。」


そう伝えたあと、一緒に歩くと警察に尋問されるという理由で、

うれしそうに案内をしはじめた彼と肩を並べて話しながら歩くことはなかった。





手伝ってもらって最後に気持ち程度のチップを渡した後、遠くで仲間とタバコを吸っている彼がいた。






そんな彼の現在の職業は、各家庭に飛び込みで営業をして、その場で仕事をもらうペンキ塗りらしい。








社会主義を掲げるキューバの制度。




自分がキューバ人になって同じ傘の下で生活をしない限り、所詮外国人にとっての社会主義でしかない。

世界的に見ても独自の社会主義を貫くキューバを知るには恐ろしく時間がかかる。







ある日、周辺の建物とまったく調和の取れていない独特な建物を見つけた。



そこに描かれていた絵が衝撃的。



あまりにも強いメッセージだったのでここの前でしばらく立ち止まってしまった。



強烈です。



Go For  シルバーバック


1867年に奴隷貿易が打ち切られ、その後約150年近くたった今でも彼らの心の中には、

自分のルーツであるアフリカへの想いが強く残っているってのがよくわかる。



Go For  シルバーバック


なんちゅう表現だべ。



ワニに食べられながら鎖に繋がれて中指って……



ワニは白人かね。



Go For  シルバーバック


血の砂時計。  突き抜けて血が漏れている。



南京錠のかけられた『L』表記のある本。『L』は"Libertad"(自由)の『L』でしょ。たぶん。

その先はどうなるかわからない"?"、



音楽を聴いて目から血の涙?



"J"って何!? だめだ、全然解読できんくなってきた。



Go For  シルバーバック


家の人に会いたかったけど不在。


正直会うの緊張するわ。


ちなみに家の壁の端っこにはレゲイのチラシも。


Go For  シルバーバック

人間ワニは、もしかしたら混血を意味しているのかもしれない。


こういうのを大学の教材に使ってもらいたい。

寝てる大学生が目を覚ましてしまうような。


「この壁画で得られる情報から、奴隷貿易と現代に生きるブラックカルチャーに関する考察を述べよ」

っていう問題はどうでしょう。



政府が作り上げた輝かしく観光客に見せたいキューバから、少し目線を変えてキューバを見ると、

閉じ込められた想いってのがこの家のように滲み出てくる。


こういうアートは今も生活に苦しみを感じていたり、現状に満足感がなかったり、

強い反発心がないと生み出されないと思う。




ルンバに代表される音楽、サンテリアに代表される宗教、そしてブラックの肌。

多少混血になろうともやっぱり彼らの起源は西・中央アフリカにある。


そして、世代を跨いで約150年経とうとしている今もその想いは残っている。


今後社会主義が開放されて、資本主義の典型のように信仰の対象の代わりに経済へ目が行かない限り、

時間が経てば経つほどその想いは強くなっていくのかもしれない。




アフリカの大地を踏んだことのないアフリカン。






Callejon de Hamel で毎週日曜日に行われる野外ルンバが見たくて、

なんとか11日の日曜日にハバナへ戻ってきた。


この日から24日の出国までの間は本格的にキューバ音楽にどっぷり。


ここでも音楽と文化は強く繋がってる。




戻ってきたハバナに異常なまでの愛着を感じながら、久々ハバナの町を散策。


歴史の延長線上にいることを強く実感させてくれるハバナ。


「あの頃は……」の『あの頃』を見ている感覚。



Go For  シルバーバック


街のシンボル的な存在であり、宿からすぐ目の前にある旧国会議事堂のカピトリオ周辺。


新市街から乗り合いタクシーに乗るときに「ハバナまで」といえばここに着く。


今は使われていないただの置物となっているカピトリオがハバナ。


60年代以前の流れと習慣が続いている。




Go For  シルバーバック


アンティークでもなんでもない現役の光景。


そして綺麗に手入れされている60年代以前のアメ車。


今は普通に街中を走っているけど、そのうち博物館にでも飾られる代物。



毎日映画の中だべ。


Go For  シルバーバック


宿からカピトリオの脇を通り過ぎ、世界遺産のオビスポ通りに抜ける途中にある公園の横を通り過ぎする時、

本来リラックスしている人たちが目に付くはずの公園という空間でほぼ毎日通るたびに目にするケンカともいえるほどの迫力の口論。


はじめ見たときはちょっと近づくのが怖くなるほど青筋を立てて大人が本気で口論をしている。


毎日誰かが名指しで罵声を浴びせている鬼気迫る激論。



政治のことか?


国の将来のことか?


教育のことか?


いや、税金や国の制度についてのことかもしれない。


その真剣さと、大声の先は近寄りがたいムード。


今にも胸倉を掴みそうだ。


Go For  シルバーバック


隣にいるスペイン語マスターの友達に何について話しているか聞いてみた。



「これ何について口論してるの?」









「打率についてですね」







データを片手に青筋を立ててほぼ毎日同じ場所で繰り広げられる鬼気迫る野球口論。



革命の地を引くキューバ人はやはりアツい。



Go For  シルバーバック

Go For  シルバーバック



さりげないアートに足は止まる。





Go For  シルバーバック



海岸沿い、新市街の方へ向かうとまた街の雰囲気は変わる。



良く整備され、お土産屋・宿泊施設・カフェなど、お金持ち&観光客向けの店が目に付く旧市街とは打って変わって、新市街はハバナに住むキューバ人のためのエリアであり居住区。



もともと広告はないが、もっと言うと広告は必要ない。


大体の人が親の世代から同じところに住んでいて、同じ近所さん。


どこに何があるかななんて、みんな把握している。



CASAから歩いて新市街にあるアイス屋まで3~40分の道のりも、キューバ人と絡みながらカメラを片手にいけば2時間はかかってしまう。何もしなくても散歩さえしていれば、一日が終わる頃にはヘトヘトになれるほどの視覚的インパクトとキューバ人の人懐っこさがある。


Go For  シルバーバック




汗ばんだテーブルをのぞかせるシャッター半開きのバー。



地元のおっさんがしっとり一杯ラム酒をやってる様子が視界に入ると一瞬無意識立ち止まってしまう。


新市街は、碁盤の目風に道路と建物が規則正しく区画整理されている。


遠目から見ると一見さほど通りごとに変化がないように思えるが、それぞれの家の前を横切ってみるとそれぞれの歳のとり方をした門が並び、同じ歴史の中でもそこに住む人の違いがそのまま建物に表れていた。




Go For  シルバーバック



モノクロにするとまた雰囲気がガッツり出ちゃう。


Go For  シルバーバック


まさに異文化のたたずまい

Go For  シルバーバック


                           スクールバス





Go For  シルバーバック


路上でちょいちょい見かける物売りの人たち。


社会主義のこの国では彼女らも一応公務員。

売っているものといえば、ナッツ、アメ系、フルーツ・野菜などがメイン。


基本的に手間のかかる加工品などは、その他の国の人が考えるほど身近にあるのものではない。


外からの輸入品を管理しているのは国。


その煽りが顕著なのは、こういった庶民の売店の品揃えにも影響している。



そして、商売は基本がんばらない。


がんばってはね返るならまた雰囲気も変わる。





Go For  シルバーバック



さらにちょいちょい見かける移動式野菜屋。



表示は人民ペソの値段で、もし自分で自炊できる環境にあれば、恐ろしく安く有機野菜が手に入る。



キューバの意外な顔の一つとして、有機野菜栽培に関しては各国のその道の人が研究・勉強に訪れるほど進んでいる先進国だということ。有機農業の世界では世界随一の生産と消費のバランスを誇っている。




国民が食べていく為に「有機でいく」という方向性が個人や地域レベルでなく国を挙げて行われていったところに社会主義の強みがある。長所と短所が極端。



ロシア連邦崩壊後、輸入していた燃料・肥料・農薬などの輸入が途絶えたことをきっかけに苦肉の策として導入された有機農業。生産の助けとなるツールが何もない中での突破口が今では世界を代表するものとなっている。



とある記事では、『有機農業の実践の世界一流モデルが進展している』と紹介されているほど。



食料も例外ではなく、とにかくあらゆるものが欠乏気味のキューバにおいて、国内で農薬を使わず生産して、国内(特に都市部)で消費されている有機野菜。フラッと散歩している時に突然ひっそりと現れる市場などではとても農薬なしの有機野菜とは思えないほどふっくらと色づいた野菜が並んでいることに驚かされた。



有機の野菜・果物が当たり前の選択肢となって、その生産が安定し、自国で消費をしている稀な国として認知されているらしい。まさに国単位での地産・地消。




"有機で当たり前"




生産性と見た目重視である現代の生産・消費活動の真逆を行くキューバのシンプルかつベーシックな先進性がもっと表面的になり、ほとんど見かけることのない『キューバ産』の表示こそがもっともヘルシーで信頼感のある表示になる日もそう遠くないかもしれない。




見た目が良く腐らない野菜よりも、見た目がイマイチでもしっかり腐る野菜の方が安心感はある。


まあ、ちょっとくらい痛んだのを食べてても、慣れれば腹は壊さなくなる。



先進国といわれる国で生活した場合、

農薬や添加物とは無縁の食べ物を一年にどれぐらい摂取できているだろう。




       Go For  シルバーバック



飯のバリエーションの少なさに耐えられれば、アレルギー体質の人は改善されそう。


有機野菜と果物を食べ続けたキューバの1ヶ月は、実は究極に健康的な1ヶ月だったかも。

ただひとつ、飯のバリエーションさえあれば……。



Go For  シルバーバック



「力の入れ方と入れどころを間違えなければ、社会主義ってのは理想郷なんすかね?ゲバラさん?」



Go For  シルバーバック


その他、散歩の途中には広場で適当に広げられ売られているアンティークの数々。


よく"アンティーク"とかいってをガラクタにしか見えないものがあるけども、ここで見たものは超マニアック&年代

もの。価値はわからないけど、とにかくマニアックで面白いものが多い。


面白いけど価値がまったくなさそうなものから、

「いつのオリンピックのものですか?」っていう、鑑定団きたら大変なことになりそうなものまで。



何よりキューバ国内にとどまってしまって、外の空気に触れてないものがたくさんあって、興味のある人にとっては発狂ものの品がたくさんあったと思う。価格もやっぱり控えめ。


外の世界での価値はほとんどわかってないと思う。


おれもわかってないから、この場で結局宝の持ち腐れ。



一部の金持ちのコレクションになるくらいなら、願わくばずっとここで宝を持ち腐れていてほしい。



そしてまたキューバに行ったときに感動したい。






Go For  シルバーバック


本も、「どういう人の手を伝って、どう流れてきてここにあるの?」っていうのが多い。


基本的にゲバラ関係、革命関係、社会主義関係の本が多いけど、突然絵本が出てきたり。



ある日、

入り口にゴミのように本が山積みになっていた普通の家っぽい本屋を発見した。


そこには1900年代初頭に発行されたドアの構造についての本があったりした。


その設計図の描き方の独特さたるや、ドアの設計に興味なんてないけど、なんかすごいってことはわかった。

その時の手持ちが満足になかったから購入はなかったが、好きな人にとっては衝撃の安さで買えるレベルで売っている。



ほかには革命前後の本など、これからカフェとかやりたい人にとって喉から手が出るほど渋い本も満載。

そんな本が犬のしょんべんにまみれているところがまたいい。



そんな一歩外に出ると化ける品が眠っている。





Go For  シルバーバック






ただのガラクタも含めて、とにかく古いものが今もそこにある。






ただの散歩も、社会の授業と宝探しレベルに早変わり。