贅沢ロブスター三昧のトリニダーからハバナへ帰る途中、1泊2日でサンタクララの町に立ち寄った。


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ここサンタクララは、キューバ東の果てにあるSantiago de cubaから侵攻したカストロ・ゲバラ率いる革命軍が最終的に勝利を収めた町。


キューバのちょうど中間点に位置するサンタクララを制圧したことで実質上の勝利と言われた場所でもある。


ハバナでさえ今だ革命の残り香を残しているくらいだから、現政権にとって歴史的な場所として認識されているこの町ではさらに力強く輝かしい革命のアピールが成されている。


外国人やよその町からきたキューバ人たちが

必ず立ち寄るといってもいい町のシンボルはやっぱりゲバラ像のある広場。


ここのゲバラ像は兌換3ペソのモデルにもなっている像。



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この広場には、革命を描いた巨大な彫刻と

ゲバラがカストロに宛てた手紙の内容を彫り込んだ巨大な石の彫刻もある。



さらにモニュメントの裏に回るとゲバラの遺品が飾られているゲバラ博物館があった。


そこには若かりし頃の写真から最後のボリビアで自ら撮影した写真、当時使用していた銃や服、アルゼンチン時代の身分証明書、カメラに至るまでゲバラが実際に使用していた遺品が飾られていた。

ゲバラ好きにとっては発狂もののマニアックなものばかりが展示されていた。


ゲバラ愛されすぎ。


このモニュメントには、外国人の姿はもちろんだが、キューバの高校生くらいの学生の集団も来ていた。
キューバ式社会科見学といったところだろうけど、はしゃいで嬉しそうに写真を取り合っている様子を見ると、
このモニュメントに来れたことよりもみんな一緒に旅行で来れた事のほうが嬉しそうに見えた。


高校生の頃の修学旅行と同じノリかな。


革命を知らない世代らしいはしゃぎっぷりに自分と同じくらいの距離感で革命を捉えてる感じがして、
同じキューバ人を見るでも彼らに対しての方が親近感が湧いてくるから不思議なもんだった。



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モニュメントとゲバラ像以外の見所は特に知らなかったので、空いた時間はお土産探しと適当に町歩き。


ハバナに比べると明らかに範囲の狭いサンタクララだったが、

やはりこの町も一眼レフカメラぶら下げて歩けるほど治安の良さを感じた。


意外にも外国人の観光客より金持ち風のキューバ人観光客のような人たちがよく目に付いた。


中心の公園からそれると外国人にあまり慣れていない子供がじーっとこっちを見てくることもあったけど、
やはり人懐っこくて親切な人が多いイメージだった。


1泊2日の滞在ではサンタクララがキューバにおいてどういう役割の町なのかはっきり把握できなかったが、
ピンからキリまでの観光客用のレストランが町の規模の割にやたらと多かった様子を察すると、なんとなく外国人とキューバ人観光客に対して革命ゆかりの観光地としてアピールしている町のような気がした。




そんな革命ゆかりの地で発見したアメリカに対する警告の壁アートの数々。


伝えたい事がストレートながら、その描写の仕方には子供でもわかるようなインテリジェンスが溢れている



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                 <我々は忠告した。ミサイルは賢いということを>




              行いは必ず自分に返ってくるってか。



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              彼らにとって地球よりも重いものとは。



         死神から守るために、地球側により重みを持たせようと葉っぱを乗せようとする小鳥。




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ベルトコンベアには、これまでアメリカが強く戦争で関わってきた国の名前が。


古い順番からベトナム、ユーゴスラビア、アフガニスタン、イラク、そしてリビア。


いつこの壁絵が描かれたかはわからないが、

この壁絵が描かれた頃にはすでにイラクの次にリビアが戦争状態になることを予期されていたのだろう。


こういった類の情報に関して、キューバは敏感に感じ取っていたのかもしれない。

もしくは世界的に明らかだったことなのかもしれない。


日本にいて本当に必要な情報は手に入っているのか疑問に感じる瞬間でもあった。

アメリカが戦争を追いかけているってことは個人的に賛成はまったくできない。

だけど、キューバが絶対的な正義か?と言われても胸を張って賛同はできない。


ただ、一旅行者として客観的にこういったアートを目の当たりにすると、

相手を特定してはっきりと、ダイナミックに、ウィットに富んだやり方で「NO」と主張している姿には、

グレーゾーンを置かない国としての力強さと華やかさを感じてしまう。


ちまたで溢れている「何が正義、何が悪」とかいう、ちょっとした都合で変化するようなレベルのものではなくて、

「おれらはこうなんだ!」という芯のある主張の方が説得力を感じる。



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                      "HASTA LA VICTORIA SIEMPRE"


                          「常に勝利に向かって」





                今の若い世代の中にはアメリカに憧れを抱く物もいる。


     そんな意思の統一感が揺らごうとしている中、かろうじて巨大なパワーに対峙する小国の意地。


      その意地が通せるのも革命の時代を知る人たちが存在しているうちなのかも知れない。



今のキューバには随所に、教科書で習った江戸時代から明治への転換期のような雰囲気を感じさせられる。


                           経済か、意地か。




                          勝利の地サンタクララ。


                    革命の意味を内外の人に知らしめる土地。


                そんな土地だからこそ仮にカストロ政権が崩壊した時、

             180℃雰囲気が変わる可能性を秘めた場所でもあるような気がする。










12/5に17日発のコロンビア行き航空券のフライトを1週間延長して24日のフライトに変更。
3週間滞在予定から、ビザMAXの1ヶ月滞在予定。
もうキューバ着いて4日目には延長決めてたから、万を持しての変更。


さらに12/6、毎日の刺激が強すぎて若干オーバーヒート気味の精神を休めるべく、
バスで約5時間のところにある世界遺産の町・Trinidadへ向かった。


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トリニダーへ向かう途中、ハバナでは見られなかったキューバ人の交通事情を目の当たりにした。

クラシックカーの乗り合いタクシーや自転車タクシーなど、庶民の足が充実してたように思えたハバナだったが、

一旦ハバナの外に出て、ハイウェイのような通りでは、キューバ人が札を握り締めてヒッチハイクをしていた。


ハバナに居た時にも、一般市民が乗る混み混みの路線バスはあったが、ハバナの外に出る際に一般のキューバ人が乗る長距離バスのようなものの存在を感じることはなかった。


観光客向けの交通は充実してきても、

一般のキューバ人にとっての長距離移動の手段は限れれているのだろうと思わせる瞬間だった。



何台も素通りされながら、それでも札束(5ペソくらい)を握りしめて車が止まるのをひたすら待つ。

こういった人が2~30メートル感覚で並んでいた。


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さて、本当はキューバ東部にある第二の都市・Santiago de cubaまで行ってAFRO CUBANAを感じたかったところだけど、この国では『Plus』マークのある国際キャッシュカードが使えないのと、自分の問題でクレジットカードのキャッシングができないため、手持ち現金と相談した結果トリニダーまでにした。



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<昼からドミノ>

Trinidadはキューバの中腹にあるカリブ海に面した小さな町。
規模の小さなマヨール広場を中心に、町は規則正しくも大通りがほとんどない路地で作られている。


人によってではあるけども、中心だけ見るなら1日歩けばある程度町を把握できてしまうくらいの規模で、基本的に中心エリアは石畳の道路になっていてカラフルな建物と行きかう馬車がマッチしていて雰囲気はすこぶるいい。



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カリブ海に面し、その中でも綺麗なビーチがあるトリニダーは規模が小さい割にしっかり観光客をもてなす環境ができていた。どこからともなく音楽が聞こえてくるかと思えば、坂道で音楽。


写真を撮った旅行者にはすかさずチップのおねだりをするところはやはり抜け目ない。


それでもどこか緩さを感じる常夏の雰囲気がたまらない。



はじめにトリニダーで驚いたのは小さな町のわりにCASAが以上に多く、

通りを一本歩くだけで何件もCASAのマークが目に付く。


ここではバスを降りた瞬間からおっちゃん・おばちゃんに囲まれてしまうほど宿の呼び込みが激しく、その類の活気はタクシーやレストランの呼び込みにも共通している。


声をかけられる回数は多いけども一回のやりとりにしつこさをそれほど感じないのはやっぱりキューバな感じがする。


CASAで一儲けしようとするキューバ人多数。

一人のお客さんが宿泊することの大きさが伝わりすぎるくらい伝わる。


ここでは、ハバナより露骨に晩御飯を付けてほしいとお願いされる。

晩御飯が5CUC、朝ごはんが3CUC、宿代と別に合計8CUCがプラスされるのは彼らにとっては大きな稼ぎ。




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ハバナに比べてじっとり暑いトリニダーを散歩しているとところどころ目に付くのが画廊。
町並みはもちろんのこと、少しゾクッとするような類の絵やブエナビスタ・ソシアルクラブのメンバーを描いたものまで、その種類は多種多様。価格もほんとまちまちで、10cucくらいのものから80~150cucくらいのものまである。


そんなわけで、「一生飾っておきたくなる絵」レベルの絵に出会ってしまった場合のみ購入しようと決めていたけども、そのハードルを越える絵には今回出会わなかった。結構強気な商売と手持ちの寂しさも関係したかな。



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トリニダーの町並みはさておき、ここに来た目的はやっぱりカリブ海。


今回ジャマイカへは行かず、カリブ海を感じれるタイミングはここしかないということで、
わざわざタクシーをチャーターして、近場の海だけではなく、

町から2~30分走ったところにある透明度バッチリのAnconビーチまで足を伸ばした。


ホテルの改修工事をしながら、外国人とふざけたがる現場作業員と一日に何往復してるかわからないピザ売りの兄ちゃん、そして「スノルケリング」連呼する海の営業マンの声も心地よく感じてしまうカリブの青さ。


泳いでいると普通にすぐ横に魚が泳いでいたり、膝丈の水深でも口の尖った魚の群れに遭遇してみたり。
太陽の日差しの強さと真っ白い砂浜と海のトロピカルさが相まってイメージにあったカリブ海を感じるには十分な時間だった。


まあ海なんてもんは繋がってるわけだし、ここ以上にきれいな海はあるだろうけども、やっぱり自分がカリブ海のビーチにいると実感すると、そこはただの綺麗な海以上のものになるのがたまらない。


体がジリジリ焼けてきた頃、
お馴染み1950年代から今も現役で活躍しているクラシックカータクシーへ乗り込んだ。


そして、海でチャプチャプした後のお楽しみはスペイン語でランゴスターこと、ロブスター先輩。



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前回ロブスターを食したのは、魅惑の国バングラデシュのコックスバザールで冷えたグリルを食べた記憶があるが、ここのロブ様はサイズ・ダイナミックさ・価格・鮮度・かわいらしさ、すべてをとっても最高レベル。


大サイズのロブスターの足を一匹丸々かぶりつけてしまう。しかもその価格吉野家以下の3cuc(約240円)

レストランのメニューには値段が表記されていないから、店を選んで、尚且つ事前にしっかり交渉しないとこの値段にはならないけども、特大ロブスター一匹&ライス&サラダ&フルーツのコースで満足感半端じゃない。

毎晩グリル。


結局最終的には、味どうこうよりもその贅沢感にすべて。


結局トリニダー4泊中5ロブスターやってもうた。


そりゃやるわな。






                         カリブの海と新鮮な海の幸…


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                           そして陽気なおっさん。





                         またキューバが好きになりました。










サンテリアの神様の一人、音楽と踊りの神でもあるCHANGOのお祭りで盛り上がりを見せている週末。


夜になると玄関を開放した家から音楽が漏れてきて、

その漏れた音楽を掴まえて路上で踊るアフロなキューバ人たち。


家がひしめき合ってるハバナで、夜な夜な隣近所お構いなしに聞こえてくるルンバのリズム。


独特なルンバの土っぽいリズムは、夜通りを歩いてればどこで音楽がやってるかすぐわかる。




12月3日、

たけちゃんと暗くなったハバナを歩いてると、いつものようにどこからともなく音が漏れてくるのがわかった。

その音の先に近づいてみると、一件のごく普通の小さな家の前に着いた。


キューバの、特にハバナの家は玄関の柵の向こうにはすぐに狭いリビングがあり、

玄関を開けると室内が丸見えの家は珍しくない。


この時も、音が漏れてくる玄関の鉄格子の隙間から中を覗くと、中でシワシワのおばあちゃんが手拍子を叩き、豪快なおかあさんが足踏み、そして若い30代の男性が葉巻を吸いながら家の中で音楽を聴いていた。


覗いてるこちらの存在に気づくと、手招きをして家の中に招いてくれた。


中に入ると最初に目に飛び込んできたのが、大きな木彫りのマリア像のようなもの。

そのマリア像のお供えや装飾を見る限り、明らかにクリスチャンとは違うサンテリアの匂いを感じさせる存在感だった。なぜか手のひらサイズのゴリラのぬいぐるみが大切そうに像の隣りにあったのが気になってしょうがない。



神聖なゴリラ…新鮮。



家の中に入るとまず、「腹減ってないか?」という流れでいきなりスープとワインを振舞ってもらった。


食べながらたけちゃんの通訳でいろいろ話していると、なんとそこにいたシワシワのおばあちゃんは94歳。

深夜12時近いのに爆音のCDに合わせて手を叩いてる。


「結婚してるのか?」とか、「長生きの秘訣はたくさん食べること」だとかを、ものすごく力強く話していた。

この時間に眠さをみせず、豪快に笑うのには驚いた。


葉巻をふかしている若い男性がいろいろ教えてくれた。

この週末はサンテリアの音楽の神様であるCHANGOのお祭りだということや、

彼らの祖先はアンゴラから連れて来られた家族だということなど。


サンテリアはもともとナイジェリア周辺にいたヨルバ族が起源のものであるが、

アフロなキューバ人全般で広く信仰されているのがわかる。


手を叩いて、「CHANGO~CHAGO~」歌いながら腰を振ってるおばちゃん。

気づけば、柵の外でも若いクバーナが音に合わせて路上で踊っている。


しばらくすると、突然94歳のおばあちゃんが立ち上がって家族一人ずつに洗礼のような儀式をはじめた。

家族に混じってたけちゃんとおれの順番になった。


ロウソクが灯されたマリア像らしきものの前に立たされて、

おばあちゃんがマラカスのようなものをシャカシャカ振りながら何かを熱心に唱えている。


その後、お祈りを捧げられ、ラム酒のようなお酒を一口もらう。


最後におばちゃんの手を握ったままサルサのダンスのようにクルッと一回転する。


そして、正面に立ったおばあちゃんに迫るように両手を力強く握られ顔を近づけられながら、衝撃の一言。



「VIVA FIDEL ! VIVA FIDEL !」



あんときの94歳のおばあちゃんの血走った目は怖いくらいだった。



その後はマラカスのようなものを手渡され、シャカシャカ鳴らしがらマリア像の前で願い事を唱える。


最後に像の前にある皿にお布施を置いて終わり。


自分らが終わった後も洗礼をお願いするキューバ人が家の中に入ってきて、おばあちゃんに同様の洗礼を受けているキューバ人が現れたりもした。お布施もうちらの比較にならない額を置いていってた。

そして狭い家で踊り歌い、CHANGOを祭る時間が続いていった。




……



……この洗礼のような儀式の異様さもさることながら、

あの84歳のおばあちゃんから思いっきり手を握られながら叫ばれた、「VIVA FIDEL ! VIVA FIDEL !」。


FIDELは、もちろんチェゲバラとともにキューバを独立させ、長らく国のトップだったフィデルカストロのこと。


なぜここにそれほどの驚きがあるかというと、革命当初フィデルカストロは絶大な支持があっただろうけど、

時代は変わり今やキューバの国内にあっては、ただの独裁者のように思われていることがほとんだった。


ほとんどのキューバ人にとっては生活に自由を感じられず、その矛先はカストロの国策に向けられている。

平たく言えば、嫌われ者だが表面的にカストロ批判をすると身の危険があるというもの。


北朝鮮で金正日を批判するのがタブーなように、キューバでも表向きにカストロを批判するのは大きなリスクが伴う。だけど、大多数のキューバ人の胸の内はカストロの社会主義の政策に生活の閉塞感を感じて不満をもっているのが事実。小声で批判を聞くこともあった。


そんな中初めて聞いた、フィデルカストロへの忠誠。


若い人達にとって、まだ見ぬ自由はとんでもなく輝かしく見えるのかもしれない。

だけど、年配者にとっては今の生活に歴史があることを肌で感じている。

例えそれが不平等な平等を謳ったものであっても、最低限の生活ができる幸せを噛みしめられるのかもしれない。



94歳のおばあちゃんにとってキューバがキューバ人のものであることに喜びを感じていて、

ちょっとした国策の歪みなんかは問題ではないのかもしれない。



「VIVA FIDEL」の叫びの裏には、

独裁者としてのカストロではなく、革命を一緒に戦った"同志"としてのカストロが映っていた。



革命への生々しい思いは、今もまだかろうじてキューバに残っている。