Callejon de Hamel で毎週日曜日に行われる野外ルンバが見たくて、
なんとか11日の日曜日にハバナへ戻ってきた。
この日から24日の出国までの間は本格的にキューバ音楽にどっぷり。
ここでも音楽と文化は強く繋がってる。
戻ってきたハバナに異常なまでの愛着を感じながら、久々ハバナの町を散策。
歴史の延長線上にいることを強く実感させてくれるハバナ。
「あの頃は……」の『あの頃』を見ている感覚。
街のシンボル的な存在であり、宿からすぐ目の前にある旧国会議事堂のカピトリオ周辺。
新市街から乗り合いタクシーに乗るときに「ハバナまで」といえばここに着く。
今は使われていないただの置物となっているカピトリオがハバナ。
60年代以前の流れと習慣が続いている。
アンティークでもなんでもない現役の光景。
そして綺麗に手入れされている60年代以前のアメ車。
今は普通に街中を走っているけど、そのうち博物館にでも飾られる代物。
毎日映画の中だべ。
宿からカピトリオの脇を通り過ぎ、世界遺産のオビスポ通りに抜ける途中にある公園の横を通り過ぎする時、
本来リラックスしている人たちが目に付くはずの公園という空間でほぼ毎日通るたびに目にするケンカともいえるほどの迫力の口論。
はじめ見たときはちょっと近づくのが怖くなるほど青筋を立てて大人が本気で口論をしている。
毎日誰かが名指しで罵声を浴びせている鬼気迫る激論。
政治のことか?
国の将来のことか?
教育のことか?
いや、税金や国の制度についてのことかもしれない。
その真剣さと、大声の先は近寄りがたいムード。
今にも胸倉を掴みそうだ。
隣にいるスペイン語マスターの友達に何について話しているか聞いてみた。
「これ何について口論してるの?」
…
「打率についてですね」
…
データを片手に青筋を立ててほぼ毎日同じ場所で繰り広げられる鬼気迫る野球口論。
革命の地を引くキューバ人はやはりアツい。
さりげないアートに足は止まる。
海岸沿い、新市街の方へ向かうとまた街の雰囲気は変わる。
良く整備され、お土産屋・宿泊施設・カフェなど、お金持ち&観光客向けの店が目に付く旧市街とは打って変わって、新市街はハバナに住むキューバ人のためのエリアであり居住区。
もともと広告はないが、もっと言うと広告は必要ない。
大体の人が親の世代から同じところに住んでいて、同じ近所さん。
どこに何があるかななんて、みんな把握している。
CASAから歩いて新市街にあるアイス屋まで3~40分の道のりも、キューバ人と絡みながらカメラを片手にいけば2時間はかかってしまう。何もしなくても散歩さえしていれば、一日が終わる頃にはヘトヘトになれるほどの視覚的インパクトとキューバ人の人懐っこさがある。
汗ばんだテーブルをのぞかせるシャッター半開きのバー。
地元のおっさんがしっとり一杯ラム酒をやってる様子が視界に入ると一瞬無意識立ち止まってしまう。
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新市街は、碁盤の目風に道路と建物が規則正しく区画整理されている。
遠目から見ると一見さほど通りごとに変化がないように思えるが、それぞれの家の前を横切ってみるとそれぞれの歳のとり方をした門が並び、同じ歴史の中でもそこに住む人の違いがそのまま建物に表れていた。
モノクロにするとまた雰囲気がガッツり出ちゃう。
スクールバス
路上でちょいちょい見かける物売りの人たち。
社会主義のこの国では彼女らも一応公務員。
売っているものといえば、ナッツ、アメ系、フルーツ・野菜などがメイン。
基本的に手間のかかる加工品などは、その他の国の人が考えるほど身近にあるのものではない。
外からの輸入品を管理しているのは国。
その煽りが顕著なのは、こういった庶民の売店の品揃えにも影響している。
そして、商売は基本がんばらない。
がんばってはね返るならまた雰囲気も変わる。
さらにちょいちょい見かける移動式野菜屋。
表示は人民ペソの値段で、もし自分で自炊できる環境にあれば、恐ろしく安く有機野菜が手に入る。
キューバの意外な顔の一つとして、有機野菜栽培に関しては各国のその道の人が研究・勉強に訪れるほど進んでいる先進国だということ。有機農業の世界では世界随一の生産と消費のバランスを誇っている。
国民が食べていく為に「有機でいく」という方向性が個人や地域レベルでなく国を挙げて行われていったところに社会主義の強みがある。長所と短所が極端。
ロシア連邦崩壊後、輸入していた燃料・肥料・農薬などの輸入が途絶えたことをきっかけに苦肉の策として導入された有機農業。生産の助けとなるツールが何もない中での突破口が今では世界を代表するものとなっている。
とある記事では、『有機農業の実践の世界一流モデルが進展している』と紹介されているほど。
食料も例外ではなく、とにかくあらゆるものが欠乏気味のキューバにおいて、国内で農薬を使わず生産して、国内(特に都市部)で消費されている有機野菜。フラッと散歩している時に突然ひっそりと現れる市場などではとても農薬なしの有機野菜とは思えないほどふっくらと色づいた野菜が並んでいることに驚かされた。
有機の野菜・果物が当たり前の選択肢となって、その生産が安定し、自国で消費をしている稀な国として認知されているらしい。まさに国単位での地産・地消。
"有機で当たり前"
生産性と見た目重視である現代の生産・消費活動の真逆を行くキューバのシンプルかつベーシックな先進性がもっと表面的になり、ほとんど見かけることのない『キューバ産』の表示こそがもっともヘルシーで信頼感のある表示になる日もそう遠くないかもしれない。
見た目が良く腐らない野菜よりも、見た目がイマイチでもしっかり腐る野菜の方が安心感はある。
まあ、ちょっとくらい痛んだのを食べてても、慣れれば腹は壊さなくなる。
先進国といわれる国で生活した場合、
農薬や添加物とは無縁の食べ物を一年にどれぐらい摂取できているだろう。
飯のバリエーションの少なさに耐えられれば、アレルギー体質の人は改善されそう。
有機野菜と果物を食べ続けたキューバの1ヶ月は、実は究極に健康的な1ヶ月だったかも。
ただひとつ、飯のバリエーションさえあれば……。
「力の入れ方と入れどころを間違えなければ、社会主義ってのは理想郷なんすかね?ゲバラさん?」
その他、散歩の途中には広場で適当に広げられ売られているアンティークの数々。
よく"アンティーク"とかいってをガラクタにしか見えないものがあるけども、ここで見たものは超マニアック&年代
もの。価値はわからないけど、とにかくマニアックで面白いものが多い。
面白いけど価値がまったくなさそうなものから、
「いつのオリンピックのものですか?」っていう、鑑定団きたら大変なことになりそうなものまで。
何よりキューバ国内にとどまってしまって、外の空気に触れてないものがたくさんあって、興味のある人にとっては発狂ものの品がたくさんあったと思う。価格もやっぱり控えめ。
外の世界での価値はほとんどわかってないと思う。
おれもわかってないから、この場で結局宝の持ち腐れ。
一部の金持ちのコレクションになるくらいなら、願わくばずっとここで宝を持ち腐れていてほしい。
そしてまたキューバに行ったときに感動したい。
本も、「どういう人の手を伝って、どう流れてきてここにあるの?」っていうのが多い。
基本的にゲバラ関係、革命関係、社会主義関係の本が多いけど、突然絵本が出てきたり。
ある日、
入り口にゴミのように本が山積みになっていた普通の家っぽい本屋を発見した。
そこには1900年代初頭に発行されたドアの構造についての本があったりした。
その設計図の描き方の独特さたるや、ドアの設計に興味なんてないけど、なんかすごいってことはわかった。
その時の手持ちが満足になかったから購入はなかったが、好きな人にとっては衝撃の安さで買えるレベルで売っている。
ほかには革命前後の本など、これからカフェとかやりたい人にとって喉から手が出るほど渋い本も満載。
そんな本が犬のしょんべんにまみれているところがまたいい。
そんな一歩外に出ると化ける品が眠っている。
ただのガラクタも含めて、とにかく古いものが今もそこにある。
ただの散歩も、社会の授業と宝探しレベルに早変わり。

















