Go For  シルバーバック

ジャズ習慣の中日になる木曜日。


ジャズを聴きに行ったつもりが、
今までまったく聴いたこともない、イメージすることもできないような音楽が流れた。


ステージに置かれた機材はキーボード、ドラム、ベース、管楽器(一人がタイミングでサックス等を使い分ける)の4人のシンプルなグループ。


その中でもメインはロベルト・フォンセカの奏でるキーボードとドラム奏者の二人。



冷静に書くことも、この音楽を表現することも、

誰かに伝えることも不可能なのを承知の上で、なんとか記録していきたい。


彼らのグループのリーダーはまぎれもなくキーボードのロベルト・フォンセカ。


これまで旅の途中にその土地土地の音楽を聴いて思いっきり心打たれたことや、

忘れられない音楽に触れることは何度かあった。


エジプトのスーフィーダンスのときに流れていた音楽。
インドのタブラとシタールの音色。
スペインのフラメンコ。
ジンバブエの指ピアノ。
西アフリカのジャンベ。
キューバのルンバ。


どれも優劣なんかつけられないまったく別種類の音楽だったし、
自分にとってはそれまで聴いたこともない新しい音楽だった。


それまで自分にとって"新しい"と感じていた音楽には"新しい楽器"がつきもので、

その上でその土地の宗教だったり歴史だったり文化的背景を感じる音楽が

自分にとって"新しい音楽"に繋がっていた。


今回の演奏のメインはキーボードとドラム。


見たこともあるし、単純に操作をすれば誰でも想像ができて馴染みのある音が出る楽器だったはずが、
どの音楽にも近くないし、似てもいない音の表現だった。


こんなに音楽でストーリーを感じられて、感情が伝わってくる、"新しい音楽"は初めてだった。


まるで誰かが生まれてからのストーリーを表現しているようでもあるし、すべての喜怒哀楽を表してるようでもあるし、イスラム・アラビアを含むすべての土地の匂いを表しているようでもあった。


それを音で感じられる世界観。


というか音楽と表現していいのかわからない種類の音楽だった。



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感情が乗っかった音とちょっとしたアイコンタクトだけで会話をしているかのようなキーボードとドラム。


もし今すぐこの世に言葉と文字がなくなったとしても、

歴史や文化を伝えられるくらいの表現力を感じさせる音楽。


かつて、西アフリカの音楽伝承家のグリオ達がしていたようなことを、

現代で体現できると感じさせてもらえる力があった。


途中キーボードとドラムの掛け合いのすごさに、普段から同じグループで聴いてるはずの管楽器奏者が、
お客さんの自分らと同じようにポカーンとして聞き入ってる姿もあった。


ドラムのソロの時、タメと音の質が凄すぎて、

イスに座ってる欧米人のお客さん3人が同時に飛びあがってるのを見た。


これを聴いて泣いてしまう人もいただろうし、

人生観が変わってしまう人もいただろうし、生きてる喜びを感じる人もいたと思う。


ごく稀に遭遇する、娯楽の音楽の域をぶっちぎりで飛び越えた音楽。

懐かしさや原点と感じる音楽とも違うまったく予想のレベルを超えた表現力と伝達力だったと思う。


どこか遠くを見ながらキーボードに触れ、途中打楽器のように扱い、キング牧師の声が流れ、自分の声を変えての叫び、自分だけがその世界に入るのではなく、聴いてる人すべても巻き込むほどのものだった。


Jazzらしく、気持ちと技術が爆発しているドラムの様子を見ながら、

その場で作りこんでしまう凄さも半端じゃない。


実際CDで聞くのと生で聴くのではあまりにもインパクトがかけ離れている。
そしてJAZZという土俵で、その場の空気感でまた新しい音楽を作ってしまうんだろう。



すべての演奏が終わって、欧米人のおじさんが往復ビンタされたような表情で聞いてきた。


「いつもこうなのか!?」って。



薄暗い真夜中のハバナを歩いて行く帰り道…生きてる間に何回感じれるのだろうかと思う、

あの「こんなすごいものに出会ったしまった」という気持ちになれた。





大げさに感じる自分の表現も今日ばかりは物足りない。






キューバでジャズを聴いて最初に一言。



「半端じゃない!」






あまりにも本物すぎて、価値観変わったわ。


最初に出会ってろくにJAZZ知らないくせに、「これ以上のJAZZはもうないな」って思った。


そもそもこれまでまともにJAZZなんてもんを聞く機会はなかった。

というか正直あんまり興味がなかった。



今回も、

「キューバでJAZZ、面白そうだな~」とか、

「打楽器がメインか~いいね~」くらいの心構えで、気持ちの半分は、「良質な音楽を聞いていつもと違うご飯とモヒートでも飲めれば良い」くらいの気持ちだったけど、途中からご飯食べるの忘れた。





今回特に強烈な衝撃を受けたのは2グループ。


そして二人のカリスマ。




まず正統派ラテンJAZZのカリスマ、オスカーバルデス先生。



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ラテンJAZZらしくセットの半分以上が打楽器。


そのため多くの人が知ってるJAZZとはイメージが異なり、かなり力強くアグレッシブ。


このグループではベースとキーボードは完全に黒子で、管楽器奏者は全体の"アクセント"になる。


そして、この日コンガ担当は日本人。



ただでさえリズム感の育つ土地柄で生まれ育った人たちの中でも選ばれた人たち。

定番の曲もやるが、何度も聞きに行くうちに気づく、そのアドリブの多さに驚かさせる。



音と音の隙間にいろんなタイプの打楽器が混ざり合い、心臓へダイレクトに響く。


そして、特徴的なのはJAZZの繊細さとエレガントさを持ち合わせながら、情熱的な激しさが乗っかる。



体が自然に揺れてしまうようなJAZZ。

こういうのが日常的に聞ける環境があれば、どれだけ贅沢で豊かなことだか。



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もうおじいちゃんのバルデス先生は、

楽器を持つ前は杖をついて歩いたほうがいいくらい足取りもおぼつかない様子。



こっちが心配になるくらいスローな動きのバルデス先生が、楽器の前に立つとスイッチが突然切り替わる。

あらゆる小道具を使いこなす。ついにはマラカス持ってシャウトして、ステップを刻む。



完全ファンになりました。




曲の途中には、それぞれの楽器のソロがある。

特に打楽器のソロで完全にトランスした。




最初にドラムのソロでは何回も聴いてるはずのメンバーが驚きながら、ボーっと見とれていた。

コンガのソロで途中からお客さんが我慢できなくなって拍手喝采。

バルデス先生のボンゴでは、そのあまりに強すぎる音にみんなが黙り込む。




両手で挟むようにして叩くアフリカンの打楽器を3つ使って音がぶつかりあう場面では、

自分がどこにいるかわからなくなる。





ソロで余計にはっきりする一人ひとりの尋常じゃない演奏レベルの高さ。

どのグループもドラムわやなんです。




その日の気分でガンガンアレンジを入れて、あたかも最初から予定していたかのように合わせる技術。


明らかに演奏者の表情を見て呼吸を合わせる。


JAZZの面白さはここにあるってのがわかった。


ベースはあるとしても無言の意思疎通で、リアルタイムに作られていくのが見ててすぐわかる。



気持ちのノッてる人はとことん攻めて、周りはそれに同調する瞬間。

お客さんによっても違うし、その時の気分や調子によっても毎回違うものがその場で作りあげられていく。




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その作られていく瞬間は、オスカーバルデス先生の時に限らず、他のグループでも見れる。



上の写真の時なんて、キーボードも飛び入りで交代するし、真ん中のバイオリンの人も持参。

JAZZ通の人に「JAZZなんてそんなもんだぜ」って言われるかもしれないけど、その瞬間で観客全員が拍手喝采で唸らせるものを突発的に作りあげられる実力は、やっぱり特別だと思う。





途中から、「これってJAZZ?」って思ってしまうこともある。

JAZZらしいけど、ジャンルなんてどうでいいわ。






あるキューバ人の先生が言っていたらしい。

「まず技術があってこそ。さらにそこに情熱や気持ちをのせて人を感動させることができる。」



たまらん。 




キューバの凄いところは、

こういった世界でもぶっちぎりでトップレベルの実力者達の演奏がローカルな場所で聴けること。


スペースをふんだんに使って、キャパもそんな広くなく、3~40人に対しての演奏。

少し早めに行けば一番前で足広げながら聴ける。

近くて自分の為に演奏してくれてるみたいな感覚にもなる。


しかも、10CUC→約10ドルで入場して、その支払った分飲み食いできる。


演奏後は超大御所が友達のように接してくれる。



すごい場所だわ。




映画のクライマックスに感じる感動がずっと続く感覚。





またひとつ凄いものを知ってしまいました。





     キューバ人から見る社会主義的生活




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キューバに着いた初日の夜に思った。


「携帯電話を持ってる人がいない」


キューバには携帯電話は普及していない。


すぐ仲良くなって連絡先を教えてもらえるが、

そのすべてが家の電話、もしくは共同で使ってるその友人の電話番号だった。

砂漠の民も、山の上に住む人も今じゃ携帯電話を持っているこの時代に取り残された空間。


連絡の手段はもっぱら公衆電話。


インターネットと携帯電話がなくて当たり前の世界に行ってみたいと思いませんか?



この先、携帯電話の存在が国民性を変える一つのターニングポイントにもなりかえない。



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午前中は人で溢れる配給場所。


そこには必ず秤があって、生きる為に最低限必要な生活品がある。


配給と言ってもタダでもらえるわけではないらしく、国から各家庭に人民ペソが配られて、

そのお金を握って生活品が格安で"売られている"配給場所にいき、これで"交換"になる。


外国人が両替で手にすることのない『50人民ペソ』を握り締めて生活品を調達しているキューバ人の姿がある。


写真の中では、『油→20ペソ』(80円)、『歯磨き粉30ペソ』(120円)。


全然安くない…。



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殺風景でも世界に誇る有機野菜の実りはふっくら。



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家族が多すぎたり、家族との関係が壊れてしまうと、どんどん居場所がなくなっていく。


十分ではない配給制度の歪みによって、この国に路上生活者が増えてしまうと社会主義を保つことは難しい。




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どんな仕事をしてても原則キューバ人全員が公務員


代表クラス・キューバ代表の野球選手も公務員。


ボクシングチャンピオンも公務員。


アイス屋の店員も公務員。


そして、みんな10ペソのピザを食らう。



旅行代理店含め、あらゆるオフィスが恐ろしいまでに時間通りに閉まる。

残業見れたら鬼レア。


ある人は言う。

「観光客を相手にしているタクシーは医者よりも儲かってる」。


特に空港から市内へ向かうタクシーは国営ではあるけども、実際の言い値はマチマチ。

15cuc~30cucの間で交渉することになるが、最低限国に収める額以外はもちろん懐へ。

例えば30cucで人を乗せて、一回15cucも浮けば庶民の平均給料15cucが入る。


儲けの抜け道は、『観光客の財布』と『アメリカへ向けて脱国』




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町中にある遊びの射的屋の小屋に書かれていた。



英訳すると、"All cuba people should know how to shot and do good shot " "FIDEL"



"すべてのキューバ人は銃の撃ち方を知り、うまく扱えなければならない" "フィデル(カストロ)"



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    国単位で極端な得意分野と不得意分野



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カリブ沿いにあるトリニダーの誰もいない警察署。


旅行者にとって、警察に恐怖心はなく、はとにかく治安がいいイメージだと思う。



では、キューバ人にとって警察は?


あるハバナでの話。


「ハバナにいる警察はほとんどが地方からきた人間がほとんど」だという。


理由の一つに、もともとの人間関係や力関係が存在しない地方の人間を、ハバナの警察として雇った方が国が管理しやすい為らしい。ただ、どこかの世間知らずの若者がいきなり大都市ハバナで警察官としてバッチをつけるため、落ち着きのない高圧的な正義感で振舞うことも多いという。


地元のバーでキューバ人と楽しく酒を飲んでただけで、急に警察がきて尋問を受けるキューバ人。


こういった警察の存在が、キューバ人同士の横の繋がりをさらに強くさせているのかもしれない。


ちなみに、いったん国を脱走した南米にいるキューバ人の評判はすこぶる悪いらしい。(たけちゃん談)



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1ペソ(4円)のマメ。


街中にゴミは極端に少ない。


チケットとして使われていた紙は、マメを包む袋に変わる。


あらゆるモノが不足しているキューバではゴミになる前に、利用できるものはすべて再利用される。


「地球に優しく!」なんてスローガンの下の動きではなくて、

単純に他で手に入らないからあるものを最大限利用する"クセ"ついている。


何かを買って袋なんてついてはこないし、

飲み物を飲むときだってグラスに注がれてその場で飲み干し、グラスを返す。



ある日、カリブ沿いのトリニダーでごみ収集を上から覗いてみた。

そこに積まれていた大半は木の枝や葉っぱなど。


はたしてキューバ以上にゴミの出ない国は世界にあるのか?



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彼に子供ができた時、彼と同じようにその子供はこの扉から家に帰るかもしれない。


                彼の親がそうであったように。