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Xmas Rose


クリスマスローズ。
紫のはなびらが結構独特で面白い感じです。

しおかぜのとおりみち

Olympus E-420

じんせいいろいろ~か。


仕事で付き合いが増えたのだが、不思議とご縁で長くおつき合いしている人も増えた。

 その中の一人が、大手コンピュータメーカーを辞め、小規模の設計開発メーカに勤めたのだが、昨年の今頃、将来を考えて退職され知人の出資を得て会社を興された。 とまぁ、ここまでは良くある話。 で、この方の起業を私は冷めた目で見ていたのである。 理由は「企業設立趣意書」と言うべきか「何故、この会社を興したのか、どういう事をしたいのか」が、稚拙と言っては失礼だが見通しが甘すぎると感じからであった。

 起業するというのは、うまくいくことを夢見るのは当然だが、絵に描いただけでは何もならず現実に食べて行かなければならないわけで、その「収入源」が全く当てにならないままスタートさせる程、馬鹿げた話はない。 その方は私よりも年上で、多分50歳代前半ぐらいかな、エンジニアリングスキルも高く私は結構その実力を買っている一人であったので、早く経営が軌道に乗って安定する様にと少ないながらも仕事をお願いしたりと、私に出来る事は対応させて頂いていたのだが、どうやら来月ぐらいで会社を畳む方向で考えていると言う話を聞いて、愕然としてしまった。 当然の帰結だったのかも知れないが。

 夢を持つことは大いに結構だし、現状に甘んじることなく次のステージを目指してステップアップを図る事も大事であるが、見通しの甘さが最初から赤の他人にはっきり見えるのに、何でそんな無茶するんだろう、と外野である私だから言ってしまうのかも知れないが、当人にはその「甘さ」が霞んで何も見えていなかった。 現実は厳しく、弱者必衰は容赦なく迫り来る。 その方は、次はどうするか?が分からないと言っていた。

 サラリーマン稼業が良いのか、あるいは起業家精神を持って飽くなきチャレンジに邁進するのが良いのか、改めて考えされられた。 夢のない人生はつまらないと言う人が多いが、夢で飯は食えない(バクじゃあるまいし)から、現実を直視して生きるのだ、とも断言する人生も正解の気がする。 失敗を繰り返す中で人は大きくなれると言うが、本当にそうなんだろうか?と、実は失敗がでかいと立ち直れないんじゃないか、と。

 昨日は一日、島倉千代子の「じんせいいろいろ~」が頭の中でheavy rotation だったのでした。

スポーツ馬鹿はもう生きていけない社会だと。


よく分からないが、何度もオリンピックを目指す人は本当に幸せなのだろうか?と考えてしまった。

冬季、夏季に連続出場できたら2年で済むけど、普通はどちらかだろうから4年に1度。 4年間もスポーツをしながら「飯を食う」と言うのは、国家の保護が韓国や、東西冷戦時代の東ドイツやソ連ならあり得る話だが、特に何もない日本で日本代表として目指すほどの魅力が果たしてオリンピックにあるんだろうか? それも複数回も。

一度で良いのでは無いのか?と。 それで結果が出なかったら、もう一度も良いけど、きれいさっぱり諦めるのも大事な事じゃないのかなって思う。 バスケットボールやバレーボールの様に、プロスポーツ的に社会的に対応しているものは、まぁよしとしても、だ。 フィギュアスケートとか、スキージャンプなんかは、目的が達成出来たら辞めて、一般社会の普通の人に戻る方が良いんじゃないか、って思う。

あまりにも「スポーツばっかり」だと、言葉は悪いけど「スポーツ馬鹿」となり、社会の日常生活が出来ない精神構造になってしまう。 国家が一生涯身分保障してくれるのなら、それもありだけど、日本人で居る限り、未来永劫あり得ない話。

オリンピックが終わったのに「次のソチを目指します」と平然と言っている30歳代の人は、冷静になって考えた方が良いんじゃないかと、感じるのである。 もう日本で「スポーツ馬鹿」を尊んでくれる風土はないんだから。

私は、次の人生へ歩む姿は決して「逃げ」ではなく、新たなチャレンジとして評価できると思うんだけどね。