巫(かんなぎ) の紗妃です。

 

ただいま「神さまメッセージができるまで」を連載中です。

 

 

○これまでの記事

①霊的感覚が目覚めたとき

②神さまの元に通い始める

③神さまメッセージ誕生。ところが・・・
④修行時代のお話

⑤過去からの手紙

⑥祖母と家系のお話

 

 

家の中で霊的なものや神仏との関わりを多少なりとも感じてはいたものの、「ふぅん」と聞き流していた私ですが、幼い頃は神社に行くと、誰に教わるともなしに手を合わすような子供だったようです。

 


物心が付いてからは、散歩に連れ出してくれた祖母や伯父に言われるがまま、10円玉をチャリンとしてお地蔵さんに手を合わせていました。

 

その頃、オヤが交通事故に遭って親戚の家に預けられていたのですが、あまりよくわからず、お地蔵さんに「何を言えばいいかわからないな」と思ったことを覚えています。

 

 

その後、小学生の一時期にいた校区は、集団登校のときに必ずお地蔵さんにご挨拶するのが習わしでした。

 

ボーッと歩いていたら通り過ぎてしまい、上級生のお姉さんに一喝されて慌てて「おはようございますッ!」と大声で叫んだこともあります。

 

 

そんな生活の中に溶け込む神仏との付き合いは、しかし十代に入る前になくなります。

逆に無神論者だとうそぶくようになって、受験でも宗教がらみの大学を避けるほどでした。

 

気にする方がおかしいのでは、と今なら思うのですが、どことなく「合わない」ものを感じていたのかもしれません。

 

 

結局、「お地蔵さんを見たらご挨拶」の習慣だけは残りつつ、この仕事に至るまでは神仏とは無縁の生活をしていたのでした。

 

 

続きます。

 

 

 

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○これまでの記事

①霊的感覚が目覚めたとき

②神さまの元に通い始める

③神さまメッセージ誕生。ところが・・・
④修行時代のお話

⑤過去からの手紙

 

神社に行って、手を合わせる。

 

かつての私にとって、それは「わざわざ」と頭に付けたくなるような、日常からかけ離れたことでした。 

 

しかし亡くなった私の祖母、そして家系から、その布石はチラホラ浮かび上がっていたのです。

 

 

あるとき、私の母が祖母と一緒に神社に行くと、手を合わせた祖母が震え始めて、何か「神がかり」のようになりました。

よほど異様な光景だったのでしょう、その記憶が焼きついていたようです。

 

祖母は大昔、「山に籠もった方がいい」と占い師に言われていました。

恐らく、祖母の「お役目」でもあったのでしょう。

ただ、当時は嫁可愛さから、夫だった祖父が許さなかったようです。

 

 

祖父は商売が上手な人で、戦後の闇市から一代で成り上がりましたが、五十代の半ばで亡くなります。


早くに亡くなったのは働きすぎなのか、それとも「役目を果たさなかった」せいなのか、今となってはわかりません。

聞いた当時の私は「没落えらい早かったな」くらいの印象しか持ちませんでしたが。

 

 

親戚間のやり取りで、後々にそのお身内に返ってきた、という話になれば、その中に因果を見て「ちょっと薄ら寒かったわ」と溢す話になります。


今にして思えば、「信心深い」とは言えないまでも、そういう霊的な世界や関わりは「ある」と、どこか共通認識を持った家系でもありました。

 

信じているというよりも、どこかで「わかっている」というのが正しいでしょうか。



一方で私は「オカルト好き」と言う割に、身内の話にとんと興味がなく、祖母の葬式のときに霊感が強い親戚の「気が上がっ」た様子を見ても、「なんか大変そうだな」くらいにしか思いませんでした。

 

 

ですので、「したい」と思って始めたわけではない、カミゴトの世界に入ることに疑いもあれば、罪悪感も感じてもいました。

 

それでも、こうなったのには深い理由がありました。

生まれつきであることもさることながら、祖母のやり残したことをするようになっていたのでしょう。



幼い頃の私の記憶をたどると、そんな霊的なものとの関わりに、ちょっとした縁を感じます。



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○これまでの記事

①霊的感覚が目覚めたとき

②神さまの元に通い始める

③神さまメッセージ誕生。ところが・・・
④修行時代のお話

 

 

このままでは埒が明かぬとスタートさせた修行時代。

 

今にして思えば、神さまや人から相当な手助けが入っていたのですが、当時は必死すぎて気づく暇もありませんでした。

 


連載を書くにあたって改めて過去の記事を読み返すと、「神さまにこんなことを言われていた」「こんな出来事もあった」と、忘れていたことも数多くあったのです。

 

  

 

若さゆえの勢いもさることながら、その時の想いや出来事を見たまま感じたままを素直に色鮮やかに綴った文は、当の本人でさえ「自分の領域の大半を抑えていた時期」とは思えないほど、眩しく輝いて見えました。

 

葛藤と闘いながら必死だったにせよ、見えるものも見えざるも含め、ふくよかな恵みを確かに受け取っていた、とても幸せな時間だったことに気づかされます。

 

 

豊かな感性を耕しながら、経験を積んで土台を築き上げた記録。

それはまた、そのとき置き去りにした心を託すために今の私に届けられた、過去の私からの手紙のようにも思えました。

 

 

続きます。

 

 

 

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①霊的感覚が目覚めたとき

②神さまの元に通い始める

③神さまメッセージ誕生。ところが・・・
 

 

自分の聴いている「声」が神さまか、なんて誰も答えられる人はいないのです。

「まんじゅう」だったらよかったのになあ・・・。


それでも、自分で決めたからには「する」以外の選択肢はありません。

 

今日は、そんな修行時代のお話です。

 

白山比咩神社拝殿


責任を背負い込みすぎるくせのある私は「真面目に勤めを果たさねば」と気負い、「神職でもないのに、してもいいのだろうか」と葛藤し続けていました。

当初から師事する人もおらず、できることを探るのに必死でした。

神社を訪れても、感覚を掴むのに集中していました。



しかも、神さまから受けたお達しは「参拝」だけに留まりません。

配達や「道」を通すことならまだしも、行くのにストップがかかったり、「来なくていいから遊んでおいで」と言われたり。


それは、なんとか柔軟性を持って「感じる」ようにと、なにかと堅苦しく「考え」がちな私に対する神さまのご配慮ゆえだったと今では思うのですが、そのときは戸惑うばかりでした。



精神力が貧弱だったため、「山登り」することも度々ありました。

その頃は山の方に住んでいたので、坂や階段を歩くのも普通で、地に足をつける訓練になっていたのだと思います。



ある場所では、何を思われたのか、宿の人に降ろされて沢を一人で登ることになり、ぜぇぜぇと息を切らしながら岩壁を伝う水を飲み、中腹まで向かったこともあります。

(今なら食中毒の可能性もありましたが 、そのときは考えが及びませんでした)

 


神さまインタビューを出したのも、この時期です。

当初は「こんな神さま達と、どんな話をしているか知ってもらう」ために始めましたが、神さまを身近に感じていただける一助になったかな、と思います。

 


一人きりではありましたが、カミゴトを通じて多くの人に出会いました。

旅先で助けられたことも枚挙にいとまがありません。



自らを「巫(かんなぎ)」と称したのも、この頃。

初めは「巫女なんて神さまに『仕える』なんてイヤだ!」という、反骨精神から付けたものですが、存外しっくりくるものです。



今にして思えば、神さまにはずいぶん手助けしていただいたように思うのですが、目の前のことに全力を傾けすぎて、忘れていたことも数多くありました。



恐れを行動で払拭しようと、試行錯誤し続ける日々。

ですが、心密かに抱えていた「一体なんの役に立つのか」という想いを拭うことはできませんでした。


この修行時代は、恐れを凌駕するというより、自分のそんな気持ちを抑えること、目を背けて行動し続けてきた日々でもあったのです。




続きます。

 

 

 

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○これまでの記事

①霊的感覚が目覚めたとき

②神さまの元に通い始める


 

ぷらりぷらりと神社に通いつつ、全く別のことをしていた私でしたが、あるときに出雲の神在祭のことを知りました。

伊勢と出雲の式年遷宮があった年です。



日を見れば、祭期は間近。でも、行きたい!

ところが、旅費がありません。どうしよう?


そのときに思いついたのが、自分の聴いている神さまの声を人にお届けすること、でした。

自分にできるなら、人にだって届けられるはず!



これが、「神さまメッセージ」の始まりです。

ありがたいことにお申し込みが多数入って、無事に神在祭の出雲に行くことができました。

行きは出雲、帰りは米子から帰る一泊二日の弾丸旅です。

 

当時の写真。このとき巡ったのは出雲→須佐→美保神社だっけな。


とはいえ、このときは「今後は神さまメッセージを出そう!」…とは、なりませんでした。

なぜなら、やはり怖かったからです。


何せ初めてのことでしたから、「できなかったらどうしよう?」と思いましたし、お届けができてホッとしたのも束の間、今度は別の恐れが出てきます。



これって自分の幻聴では?

 


なんせ私の聴く神さまの声は、どれもこれも個性的。

威高いところなど、これっぽっちもなくて、ちっとも思い描いていた「神さま」の声じゃありません。


私は、自分の聴く声を「神さまの声」として捉えているだけで、実は騙っているだけの詐欺師なんじゃないだろうか。


当時はそんな気持ちが拭えず、深く悩みました。

そのうち、知人に同じようなサービスを真似されます。

名前こそ違えど、「神社に行って神さまの声を届ける」なんて、少なくとも私しかしていなかったはず。


憤りもありましたが、それ以上に自分の恐れが勝ち、「誰でもできるんだったら、私じゃなくてもいいじゃない!」と、その後は何事もなかったかのようにスッパリやめてしまいました。


 

季節が巡ると、また神在祭の時期はやってきます。

そして、行きたくもなるのです。

でも、相変わらず恐れは横たわっています。


これじゃキリがない!


このとき、私は決めました。

出雲から次の年まで、恐れようが何思おうが、「呼ばれた」と思った神社に行って、メッセージを届けよう。



そうして翌年は自分なりの「修行」が始まりました。

ちょうど十年前のことです。


 

続きます。

 

 

 

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