巫(かんなぎ) の紗妃です。

 

 

ただいま「神さまメッセージができるまで」を連載中です。

 

 

○これまでの記事

①霊的感覚が目覚めたとき

 

 

今は神社へ行くのが当たり前になった私ですが、その以前は全く興味がなく、初詣すら行かないほどでした。

 

社会人に入ってから、少しずつ興味が出始めて参拝ツアーなどにも参加しましたが,

自分で行くようになったのは、霊的感覚に目覚めてからです。

 

 

まだ会社員だった頃、仕事をしていた私の脳裏に弁天さんのイメージが浮かびました。

そのうち消えるだろうと思ったら、ずっとイメージが浮かびっぱなしで集中できません。
不思議に思ってネットで調べてみると、江ノ島が出てきました。

島全体がパワースポットと言われる場所です。

当時は横浜に住んでいたため、江ノ島もすぐに行けました。

 

行ってもとくに何をするでもなく、裏手の海を眺めながら、過ごすだけです。

釣りを楽しむ人のいる中、ただ岩に座ってボーッと見ている姿は異様だったに違いありません。

 

しかし、このとき私は会社にいるときですら、隣の人の気に当たって気が滅入っていたので、藁にも縋る思いでもいました。

帰りは気力が回復していたので、何かしら効果はあったのでしょう。
見えないものの取り扱いも、なんとなく「教えてもらった」気がします。

 

 

会社を退職後も、そこかしこの神社に通う日々は続きます。

その間に、神さまが言葉を投げかけてくるのを感じるようになり、その場でメモを取るようになりました。

 

 

でも、まだ「カミゴト」をするには至りません。

当時の私は占いが中心で、神社に通うのは「シュミの範囲」でもありました。

なお自分の感覚に、疑念を抱いてもいました。

 

 

続きます。

 

 

 

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巫(かんなぎ) の紗妃です。

 

神さまと関わるようになって、14年が経ちました。

 

私自身、幼いときは占いやオカルトが大好きな子供でした。

マイバースデーの占いやおまじないに心をときめかせ、霊能者や占い師に憧れていたときもあります。

 

しかし、いざ自分が「霊的感性を使う側」になってみると、理想と現実にはかなり深い溝がありました。

 

 

ここから始まるのは、憧れが吹き飛んでいった私の、今の道に辿りつくまでのお話。

 

 

こんなイメージだった。


霊的感性が目覚めた当初、私は会社員でした。

 

それは、突然なにかが視えたり、わかるようになるというよりも、自分の感覚が鋭敏になるという変化。

「何かわからないけど、変わっていることだけがわかる」という、曖昧なものです。

 


その場のエネルギーを拾いあげ、近所のスーパーへ行くだけでぐったりし、自分の感覚が怖くもあって「闇落ちしませんように」と祈りながら布団に潜り込む日々。

 

病気でないことが「わかって」はいても、頼れる人もいません。


また当時はスピリチュアルブームで、「覚醒した」なんて人の話がもてはやされ、ポジティブじゃなきゃ死ぬんかと思うくらい、キラキラした雰囲気がありました。


そんなときに霊的感性に目覚めた、とか言ったら「ブームに乗ったと思われるんじゃないだろうか」「人からしたら同じ一括りになるんだろうな」と、暗澹たる気持ちになったこともあります。


自分の感覚に振り回されることに嫌気がさして、本屋で精神世界のカテゴリに立ち寄るも、並んでいるのは「選ばれし者だけが知る」とか「覚醒した」とか、全く私の役に立たないものばかりでした。

 

 

自分の感覚を確かめるべく頼ったのは、東京のパワーストーン屋さんでした。

「私に霊感はありますか?」と、恐る恐る聞いたのも今はいい思い出です。



しかし、石頼りではとても感覚の鋭敏さは抑えきれず、同じ年に大学時代の仲間と箱根に行ったときは、夜通しホテルのベランダで気を鎮めなければいけませんでした。


きっと皆は、さぞ訝しげに思ったことでしょう。

何せ、真夜中になっても動かないでいるのですから。


そんなこんなで、私の「霊的感覚」の目覚めは、思い返しても散々だったのでした。



 

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巫(かんなぎ)の林 紗妃です。
 
 
1月の十日えびすに行ってからというもの、過去にできた心理的枠組みや、価値観からありようまで、根底から徹底して洗われる日々を過ごしています。
 
とくに3月は「過去は過去。今の自分は?」と何度問いかけてきたか知れません。
 
 
とにかく、こんなにも自分に禁止事項があったとは思いも寄りませんでした。
 
 
とくに、現実的豊かさを受け取るのも生み出すのも「なにか理由がないといけない」と思っていたんですね。
 
 
永遠に得られない「許可」を待っていたりもしました。
 
すぐに結果が出ないのを「できない」と思いこんでもいて、自分への期待値がとにかく高すぎるし、とにかく「思う通りにならない、できないこと」に怯えてもいました。
 
いっそ神にでもなりたいのかな、と思うほどで…いえ、神さまですらも、人を思う通りにするなんてこと、できやしません。
 
それは当たり前のことなのに、過去の気持ちを引きずったままの私は、それを本当のところはわかっていませんでした。
 
納得ずくで行動してきたと思ったら、感情にフタをしてきただけで、何一つ解決せずにいたんですね。
 
 
いくつも箱を開けて、まだフタを見続ける日々に、一体こんなことになんの価値があるのだろうと疑い、もしかすると永遠に終わらないのでは、と慄いたりもしました。
 
 
それでも、これはわたしの巫としての姿勢やあり様に関わってくることですから、向き合わないわけにはいきません。
 
なんせ、過去の自分と今の自分は全く違うのです。
 
会社員のときに9時5時で働くことも、組織に属することできず、成果が出せなかったことに後ろめたさを持っていたとしても、今のキャリアのほうがずっと長いことが事実で、これが私の生き方なのです。
(それすらも認めず、許せていなかったのでした)
 
 
先日まで連載していた土地神さまの話を書いたのは、自分の領分を認め、受け入れるためでもありました。
(あとからわかったことでしたが)
 
Oさんにお見せすると、こんな言葉が返ってきました。
(一部引用です)
 
神ごとって、こんなことしても誰も知らないよね〜
気づかないよね〜

なんだかな〜 
貧乏くじ引いてるのかな〜 
もっと現実的に動かないといけないのかな〜って
思ってしまうことも多くて

何しろ地味だし、
超地味作業だったり、
何をやっているのかやらされてるのか
の時は本当わからず💦 
少々ヤサグレてしまう事も多々ありなんだけどw 
地味でも小さくても続けることで、
小さな奇跡から大きな奇跡、小さな喜びから
大きな喜びまで体験するってすごいよね〜!
 
 
全て私がずっと心密かに思ってきたことだったので、内心舌を巻きました。
 
現実的に動くものでもなし、結果がわかるものでもなく、そもそも正解がない「カミゴト」の世界。
 
一方で、手ぶらでふらっと、時間も空間も関係なしに、ただ目の前の神さまのことだけに集中できる環境は、私の性質にピッタリと合います。
 
これまでの私は、ないものねだりをしていただけで、巫は私の限りなく本質でした。
 
それを認めない限りは前にも進めない。
もはやどんな理由付けもいらず、ただその本質、あるがままを受け入れ、生きるかどうかの選択だけです。
 
 
納得感のないままでは動かない、という私の性質をよくご存知の神さまは、この十数年、先に現実を作って納得せざるを得ない状況を作り出しました。
 
そも魂の性質として「そうなっている」としか言いようがないのですが、周りに誰も頼るものがいない状況で、理性だけじゃ利かない働きを知るのには、必要なことだったと言えます。
 
神さまには完敗、です。
 
 
 

 

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巫(かんなぎ)の林 紗妃です。
 
とある家に祀られていた、土地神さまのお話を連載中です。
 
①祀っていたのは土地神さま。

 

②神さまのお引っ越し

 
 
最後は、その後のおはなし。
 
 
家を出ていた本家の娘さんが、旦那さんを連れて帰ってきました。
お相手は長男ですが、家は弟が継いでいるので問題はありません。
事実上「本家の跡継ぎ」です。
 
 
長らく途絶えていたOさんのご家族との交流も、これをきっかけに復活しました。

旦那さんはご先祖様や神仏を大切にする方で、Oさんがお墓の話をすると「すぐ近くだから行ける」と、お墓参りに意欲的でした。
きっと、もうお墓の花が枯れることはないでしょう。
 

なお本家の敷地に祀られているのも「お稲荷さん」。
Oさんの所は石社が削れていたため、霊視による特定だったのですが、もしかすると元はお稲荷さんから御霊分けされたのかもしれません。


ご高齢だった親戚の方は、お孫さん一家が同じ敷地に住むことになりました。
お元気とはいえ、一人だったのを案じていましたが、これで一安心です。
 
 
逆に、跡継ぎがおらず家を手放すことにした方もおられました。

「以前は一族のものだった」という場所も、長らく手つかずで放置されていた建物が解体されて、更地になりました。

 
かと思えば、新しく商業施設ができることになった所もあります。
予定地のすぐ隣に長らくお住まいだった方が土地を手放す、という余談付きで。

 
家も土地も、整備されて整えられていく。
土地神さまの力が戻ったことで、その采配が顕著に顕れたのでしょうか。
 
もちろん、偶然である可能性もあります。
ご本家の方も、流れが既に「そう巡るようになっていた」と感じました。
それでも、神さまの介添えを思わずにはいられません。
 
何より、Oさん一家が大切に神さまを祀ることを真剣に考え、お庭だけでなく家の内外も改修するなど、改善に尽力したからこその、この結果でもあることに違いありません。

 
神さまをお祀りすると、その家だけでなく一族の繁栄や土地の活性化につながる。
強い結びつきがあれば、なおさら影響力は大きいのでしょう。
 

ご相談から数年。

初めは、目の前にいる神さまのお祀りを改善することのみを考えていましたが、それがOさんのご家族だけでなく、一族としての家系存続や関係修復と、思わぬ結果でお慶びに触れた、嬉しいできごとでした。

Oさん一族の末永い繁栄を祈ります。
これからも、神さまの厚いご加護と共にありますように。


連載はこれで終了です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。


ご自宅に祀られているお社や神さまのご相談は現在、個別でご相談に乗っています。
詳しくはお問い合わせください。
 



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巫(かんなぎ)の林 紗妃です。
 
とある家に祀られていた、土地神さまのお話を連載中です。
 


お稲荷さんのお引越しは来年の3月。

それに向けて、Oさんはお庭の整備をして、着々と準備を進めました。

 

新しい石の祠は、石屋さんに注文。

なんでも、以前からお付き合いのある方の本業が、石屋さんであることがこのとき判明したそうです。



壊れていた雨樋も直して、水受け代わりに使っていたバケツも処分することができました。


必要だったこととはいえ、やはり水は溜めっぱなしだと淀みますし、気の流れもよろしくありません。


実際に送ってくれた写真。このとき、私も神社で金木犀を見ていたので意外なシンクロでした。

お庭の金木犀も、祠の近くに植え替えたところ、10年目にして咲いたことを教えてくれました。



年明けの1月、新しい石社が来ることになりました。

お家の方も、必要だった改修工事が進みます。

なんだか、いろんなものが整いつつあるようです。


元の社に3月とあったため、そのときは遠隔で調整するとして、訪問は3月とお約束を取り決めました。



翌年3月は、お社が来てちょうど80周年。
ちょうどいい節目です。

私の方でも調整はするものの、念のため魂抜きを神主さんにお願いしてもらって、あとは神さまのお引越しを待つばかりです。


とはいえ、怒涛のごとく流れが動いたのもあり、疲れも溜まっていたのでしょう。

その後、Oさん一家は12月に入ってから熱を出したり風邪を引いたりと、体調を崩されていました。


もしかすると、心身の方でも調整が入っていたのかもしれません。

 


そして年の暮れ、家で晩ご飯を食べていました。

熊本は寒いながら、何ら変わることない平常運転。


ところがこのとき、なんとなく「1月はOさんの所に行かねばならない」と感じていました。

そういえば数日前から、無性にお稲荷さんが食べたくなります。


こんな時期にお申し出をするのも気が引けましたが、

思い切ってご連絡したところ、「強烈に呼んでいるね」と了解済みで、快く承諾してくれました。



花壇も、色とりどりの花が咲いていたようです。

そして年明けの1月。


お墓参りと事前調整のために前日入りすると、なぜか姫神さまの気配がします。

それも、どうやら海の守りであるイチキシマヒメさまのようです。



後に聞くと、もともと一族が漁師であり、それも屋号を持って広い範囲で商いをしていたそう。

ということは、お稲荷さんは土地神さまで、イチキシマヒメは氏神さま…?


弘法大師空海が泊まったという話も伝わっているくらいですから、相当古くからある家系の守り神さまだったのかもしれません。
 

翌日は神主さんの魂抜きの儀とお社の設置。
天気もよく晴れて、本当にいい日でした。

初めのご依頼から一年と少し、始まったら早かったなあ…。

お稲荷さんも社の隣でニコニコしています。
ついでに姫神さまも微笑んで見守られます。
いや、ホントいつの間にどこから来た?…と思ったんですが、「元からいた」んだそうです。

もしかして、海神=水神でもあるから、あのバケツの水の淀みで引っ込んでいらした?

お社は家とは真反対の塀の方で、ある程度の距離があるのですが、それでも出るのは難しかったのかもしれません。


安置は手速く済まされ、元の石の祠はその場で解体されました。

なんとなしに作業を眺めていると、ふとした拍子にあることを思い付きます。


ご家族でもないのに言うのは気が引けましたが、石屋さんは快く引き受けてくださいました。
(今にして思えば、外の者にも関わらず、誰何することなしに聞いてくださったのは不思議です)


そうして設置が終わると、お庭にまあ馴染むこと!
ピカピカなのに、今さっき置かれたとは思えません。

改めて手を合わせ、遷座のお慶びを申し上げるとともに、永らくのお見守りをお祈りさせていただきました。


遷座を祝して、Oさんはたくさんのご馳走を用意してくださっていました。
ご相伴に預かり、和やかな雰囲気に包まれながら、ご一家のお慶びに触れられたことを嬉しく思います。


3月に再来訪すると、神さまの方もますます見違えて輝いているように思いました。
よほど新居が心地良いと見えますし、Oさんも大切にお祀りくださっているからこそ、です。


私自身も動いたものの、何か働きかけるというよりは土地や神さまが必要としていることをする、という感じでした。


私にとっても、土地神さまのお仕事は初だったので、とてもいい経験になりました。


最後は、その後日談です。  

 

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