巫(かんなぎ)の林 紗妃です。
 
 
神さまと「ご縁をつなぐ」と申しておりますが、より正確に言うと「神さまを通す」と言ったほうが正しいかもしれません。
 
 
それは、互いのエネルギーを活性化させる、という感覚。

その結果、どうなるかというと…?

 
今回は、とある家の土地にいる神さまのお話です。
 
 
4年前の2021年。
ご依頼人(以下「Oさん」とします)から、家のお庭にいる神さまについてご相談をいただきました。
 

古くから祀られている石の祠におられるのは、おじいちゃんの姿をしている「お稲荷さん」。
とても、この土地がお気に入りで、「自分も家族の一員」と思っておられるようです。

ところが以前、別の霊能者さんに聞くと「いない」と言われたので、お稲荷さんはとても怒っておられました。

ずっと「いる」のに、そんな風に言われたのが悲しくもありました。
Oさんも「違う気がする」と思ったため、私にご依頼をされたようです。
 
普段は神社の神さまと接しているので、その土地にいる神さまを視るのはこれが初めてでした。
それでも、はっきりと存在を主張されていたのです。
 
霊視した結果、老朽化したお社の立て替えとお引越しが必要なことがわかりました。


そのときの記事。
 
ここからは、その後のお話。
 

その後、Oさんの旦那さまが移動と屋根作りをしてくださいました。
しっかり地ならしされた頑丈そうな造り、これには神さまも大喜び。
日当たりのいい場所で、家がよく見える位置にあり、お稲荷さんはそれだけでもゴキゲンでした。
 
 
さらにお庭は「365日お花が咲くように」と花壇がこしらえられます。
(企画書を作るくらいの徹底ぶり)

お稲荷さんがますます喜んだのは、言うまでもありません。
 

翌年8月、Oさんのご自宅へとお邪魔しました。
前年にお父様が亡くなられたので、お祀りする人の代替わりのご挨拶を兼ねて、事前にお墓参りと近所の神社に立ち寄ります。
 
 
お墓を訪れたとき、ふと隣にあるお墓が気になりました。
なんでも本家筋に当たる方のお墓だそうですが、家の方は訪れておらず、いつもOさん一家が代わりに掃除をしていたそうです。
 
お花の枯れ方を見て、なんとなく「形骸化していく」んだな、と思いました。
とはいえ、それが悪いようには感じず、流れとしてそうなっていくようです。
(これが、のちの伏線回収となるのですが、このときは何も知りません)
 

ご自宅に行くと、仏間と神棚のある客間に通されました。
とても気持ちのいい部屋なのですが、どことなく気配が多いのです。
なにか他所からも来られているような…?

しかし、このときは土地神さんがメインだったので、ご挨拶だけしてから、お稲荷さんを通しました。
 
 
この土地は元々ご先祖さまの土地で、一度手放したのをお父さまの代で買い戻したそうです。
(ご先祖さまの代では、もっと広大な敷地面積があったそう)

なお、私は当初「家神さま」だと思っていましたが、後にここら一帯の「土地神さま」であることが判明しました。


ご親戚もそのほとんどが近くに住んでおられるので、このときはOさんの住む地域一帯は「一族の土地」として、深い縁があるように思いましたが、まさか家のみならず土地の神さまだとは思いもよらず。

でも、そういえばご近所の神社に立ち寄ったとき、反応がイマイチだったのです。
もしかすると、このお稲荷さんは、より古くからおられたのかもしれません。 
 

なお、私が帰ったあとは「家の空気が中も外も全然違った」そうです。
片付ける気力が戻って来たほど、とても軽くて次元が違うのか、と思うほどだったんだとか。

土地神さまが行き来できるように外と中を「通した」のですが、その効用がさっそくあったようでした。


次は、新しいお社にお引っ越ししたときのお話です。
 
 

ただいまお申し込み受付中です。

大国主&事代主の神さまメッセージ

 


 
巫(かんなぎ)の林 紗妃です。

急に暖かくなりましたね!
ついクセでダウンを着て外に出たら、暑かったです。

花粉も飛び始めたようで、花粉症の方には辛い時期かもしれません。
私は今のところ、かかってはいませんが、心なしか目がかゆ…いえ、気のせいってことにしておきます。

寒暖差も花粉症も乗り切っていけますように☆
では、3月の流れです。



まず浮かんだのは

過去は過去で、今は今。
過去を代償するのではなく、それをバネにして、今ここにいる自分の責任を引き受けると無条件で決める。


少しずつ春の兆しを感じると共に、流れも上向いていくようです。

春分までは浄化・癒しの季節。
過去の傷や感情の開放、清算に焦点が当たります。

ずっと、ガマンを積み重ねてきたこと。
わかっていても手放せなかった心残りや悔いは、この季節に卒業していきましょう。

折しも卒業シーズンでもありますからね。

旅立ちにあたっては、少し喪失感や痛みを伴うかもしれませんが、次のステージで新たな出会いに恵まれることを思えば、きっと一過性で終わるはず。

いつまでも気持ちをダラダラ引きずって、できなかったことを後悔するよりは、一区切りつけて次に活かしていきましょう。


ただし、張り切り過ぎは禁物です。
肩の力を抜いて、ゆるっと「うまくいく」ことを信じるゆとりも必要です。
それは努力を怠けることではなく、間違った努力を避けて、着実に基盤を作ってゆくこと。

目の前のことに集中するのと、大きな視点を持つことは両立できたり、切り替えたりできるものです。


また、この時期は少しだけ「思う通りになる望み」を横に置いておいて、好きに自由に自分を解放する遊び心を持つことも、いい流れを運んでくれそうです。


誰かに評価されること。
認められたり、愛されたりすること。


それは誰もが求めることですが、それによって自分で自分に正当な評価をすることや、大切にすることを置き去りにしていたら、ホンモノの安心感はやってきません。

私が、自分を評価する。
私が自分を受け入れ、信頼する。
そして、無条件で愛する。

ある意味、それは究極の癒やしであり、許しでもあります。


過去、誰かに不当に評価されたことを自分の責任や自己評価にするのは、もう終わらせましょう。
それもまた「自分の自由の解放」です。

そして、本来の責任を引き受けるのが本当の自立であると知ったとき、本当の意味で自分の人生を歩んでいるという、満たされた手応えを感じられるはずです。


 
 
 
巫(かんなぎ)の林 紗妃です。
 
神さま考察の続き。
今回は大黒さんことオオクニヌシについて。
 
 
大黒さんはえべっさんの親神にあたるので、一緒に祀られるのは珍しいことではないのですが、出雲大社からお呼びしたという来歴がついているのは、すごいことだなあと思います。

*神社からの御魂分け=勧請は「したいからできる」ものではないようです。
それも出雲大社なら、相当の理由や手続きがないとできなかったのでは・・・。
 
そのせいか、感じることは出雲とほぼ一緒です。

この神社では、やはり存在感が薄め。
いえ、いるんですけど、圧倒的にえべっさんの存在が強いので・・・!
とはいえ、いったん焦点を合わせると出雲と変わらない気配を感じます。
 
だから、出雲大社に行ったことがある人は、どことなく同じような雰囲気を感じるかもしれませんね。


実際、性格は出雲と同じく気さくで朗らか、軽いチョーシのちょいと苦労人なとこもある御仁。
というか、同一人物のように感じます。
これは私が、神社を「窓口」と捉えているからかもしれません。
 
 
そんな出雲と同じく縁結びを司る大黒さんですが、特徴的なのが「お金との縁結び」に強いこと。

えべっさんとの相乗効果なのか、それとも神社に合わせているのかもしれません。
(「同じなのに違う」って不思議ですね)
 
 
また人との縁においても、仕事の上での結びつきに、ものすごく強い感じがします。

現実には仕事の間柄で出会って結婚、とかもありそうではあるんですけども、どちらかというとご神徳としては「ビジネス上のパートナーシップの縁結び」を重視していそうです。
 
 
もっとも、大黒さんがそもそも「隠れたること=見えない世界を司るトップ」なので、ご縁全般を願ってもいいんじゃないかという気がします。
ここだと「とくに仕事の上での関係性やお金とのご縁」を願うと叶いやすいかな、という印象です。

 
神社に参拝した折には、えべっさんと大黒さんの、雰囲気の違いに着目してみるといいかもしれませんね。

また、どっちの雰囲気を感じ取ったかで、必要な後押しをくださる神さまがわかるかもしれません。
(なんとなくで大丈夫です。
正解はありませんし、どっちもという場合もざらにありますので)
 

 

そんな大黒さん&えべっさんからの後押しをお届けします。
 
 

 

 

巫(かんなぎ)の林 紗妃です。


昔、とある霊能者さんの神社マンガを読んで、神社に行ったことがあります。

でも、同じように感じることはありませんでした。
そこで、感じることは人それぞれ違うんだなあと思った覚えがあります。

どう捉えるか、何を感じ取ったか。
そこに絶対的な正解はありません。

だから、神社参拝にあたっては、自分自身の感覚に従うのが一番なのですが、ちょっと個人的に感じたことを書いてみました。


まずは福岡の十日恵比寿神社のコトシロヌシさん、通称えべっさんから。



全国的にえべっさんの神事といえば、1月の「十日えびす」が有名ですが、神社の名前そのものが「十日恵比寿」の時点でツワモノ感があります。


ここのえべっさんは、その名に相応しい圧倒的な存在感があります。 

去年、初めて拝殿に上がったとき、周りがすごく賑やかなのに、とても静けさに満ちていて、動じない佇まいに感動したものです。


当然というのも少し違うし、かと言って感謝でもなく、いい意味で「気にしない」神さまであるように感じました。


気負いなく、淡々とそこにいる。

かと言って熱がないわけでもなく、あまり感情(?)を出さない傾向は、美保神社のえべっさんと同じだなあという気がします。
(美保神社のえべっさんも事代主。「えべっさん」は蛭子さんと二柱いるのです。後者で有名なのは、福男でお馴染みの西宮神社ですね)




ほら、昔クラスメイトでいませんでした?
ちょっと、何考えてんだかわかんない、ミステリアスでマイペースな男子。

でも、じゃあ何も考えていないわけでもなくって、きちんと役目を果たすし、ある時にハッとすることを言ったり、驚くことをしたり。

周りにとっては「ギャップ」に感じるでしょうけど、当人(神)にとっては、別にフツーというか、テンションがあまり変わらなくて、ただ必要だと思うから、そうしただけのこと。


ぬぼっとしてるように見えるけど、いったんスイッチ入ると成すべきことを果たす。
でも、テンションは変わらないから、見ているこっちのほうが追いつかない(笑)
えべっさんって、そういうところがあります。


で、ご神徳について。

えべっさんは、やはり「商い」には強いですね。
商売繁盛の神さまは他にもいますが、こと「ビジネスのセンス」に置いては、ピカイチ。

あと「現実的な豊かさ=お金」に強い印象です。
世の中の良くしていくには、まず商いから!
…くらいなことは思っていそう。


情があるからこそ、現実をまず一番に大切にする、みたいなある意味でシンプルでわかりやすいんですが、いかんせん起伏があまりないので(笑)

でも、人の欲の深さも「ま、いいんじゃない」とフラットに受け止めるようなところがあります。
その懐深さがあるからこそ、お金には強いんだなあと思いました。


個人的には、もう少し感情を出してもいいと思うんですけど、「これでも出している方」だそうなので、元々の性質からして、そんなもん、のようです。


有名な神さまながら、付き合うほどに魅力が深まる神さまでもあります。
ぜひ会いに行ってみてくださいね!


ちなみに十日恵比寿神社のオススメの参拝日は、1月の開運御座と毎月1日と10日の昇殿参拝。
間近で神さまと相対することができます。


◆十日恵比寿神社アクセス
地下鉄千代県庁口徒歩5分
(博多から中洲川端で乗り換え)


そんなえべっさんの後押しを受け取れる神さまメッセージ、ただいまお申し込み受付中です。
定期的にメッセージをお届けする「神さまレッスン」もあります。
 





巫(かんなぎ)の林 紗妃です。

本日は魚座の新月。
ジャスト新月は朝10時前でしたが、新月タイムは明日のまで続きます。


魚座の季節は、十二星座の最後だけあって毎年のように「浄化」が働きますが、今回は優しくないような気がします。

安心感を得てから進む方法もありますが、先に動いて刷新したほうが早い!…みたいな、力強さを感じます。

自分へのわだかまり、罪悪感や不安、恐れ。
それらを書き換えるのに、今の自分は納得なんてしないんじゃないでしょうか。

だって、囚われた枠組みの延長線上で、癒やしは起きないからです。
喪失を得て初めて解放されることが、この新月の間に数多くある気がします。

きっと今は「覚悟するチカラ」も必要なのでしょう。
自分への甘さやぬるま湯につかる心地よさから出て、対峙する勇気を持てるかどうか?


でも、だからって自分を追い詰めるのとは違います。
覚悟することは、事実を受け入れること。

自分の価値観やありよう、世界観も含めて、長所も欠点もあれば、できることもできないこともある。
それでも世界は相変わらず横たわって、何を自分で引き受けるかは自分の自由意志による選択次第です。


逃げ続ける、という選択肢も自由に選べるものの、なんだかそれも違う気がします。
それは、自分の可能性や選択肢を諦めて、生きることになるから。

その選択は、今この瞬間だけは安心できるかもしれないけれど、やがては蓄積してツケを払うことになります。


避けて通れない痛みなら、いっそ自分で引き抜いたほうが手っ取り早くラクになれます。
刺さったトゲを抜かないままでいても、血を流し続けるなら、それは慣れただけで、癒やされたとは言いません。


悲しみや寂しい気持ち、喪失感は一瞬だけ。
恐れや不安は、その外に出たときに解放されます。
私の中にある勇気は、自分の幸せを勝ち取るためにある。
そう信じるなら、案外「覚悟する」のも悪いことではないのかもしれません。


癒やしは一人で選択するもの。
でも、決して孤独になることではありません。
見捨てられる不安は、自分の心のなかにある幻想です。


ただいま受付中の神さまメッセージ及びレッスンでは、自分と向き合って現実的な豊かさを得ることを手助けしてくれます。

「お金」というモノを自分の豊かさに結びつけたとき、開花する可能性があります。
それはご自身の価値観やありようから出てくるもの。

自分の中にあるものを受け入れたとき、豊かさの新たな循環が巡ることを神さまたちが総動員で教えてくれるのです。


決して独りにはさせない神さまとのご縁から、ご自身の内に秘めた豊かさの可能性を開いてくださいね。