巫(かんなぎ) の紗妃です。

 

ただいま「神さまメッセージができるまで」を連載中です。

 

 

○これまでの記事

①霊的感覚が目覚めたとき

②神さまの元に通い始める

③神さまメッセージ誕生。ところが・・・
④修行時代のお話

⑤過去からの手紙

 

神社に行って、手を合わせる。

 

かつての私にとって、それは「わざわざ」と頭に付けたくなるような、日常からかけ離れたことでした。 

 

しかし亡くなった私の祖母、そして家系から、その布石はチラホラ浮かび上がっていたのです。

 

 

あるとき、私の母が祖母と一緒に神社に行くと、手を合わせた祖母が震え始めて、何か「神がかり」のようになりました。

よほど異様な光景だったのでしょう、その記憶が焼きついていたようです。

 

祖母は大昔、「山に籠もった方がいい」と占い師に言われていました。

恐らく、祖母の「お役目」でもあったのでしょう。

ただ、当時は嫁可愛さから、夫だった祖父が許さなかったようです。

 

 

祖父は商売が上手な人で、戦後の闇市から一代で成り上がりましたが、五十代の半ばで亡くなります。


早くに亡くなったのは働きすぎなのか、それとも「役目を果たさなかった」せいなのか、今となってはわかりません。

聞いた当時の私は「没落えらい早かったな」くらいの印象しか持ちませんでしたが。

 

 

親戚間のやり取りで、後々にそのお身内に返ってきた、という話になれば、その中に因果を見て「ちょっと薄ら寒かったわ」と溢す話になります。


今にして思えば、「信心深い」とは言えないまでも、そういう霊的な世界や関わりは「ある」と、どこか共通認識を持った家系でもありました。

 

信じているというよりも、どこかで「わかっている」というのが正しいでしょうか。



一方で私は「オカルト好き」と言う割に、身内の話にとんと興味がなく、祖母の葬式のときに霊感が強い親戚の「気が上がっ」た様子を見ても、「なんか大変そうだな」くらいにしか思いませんでした。

 

 

ですので、「したい」と思って始めたわけではない、カミゴトの世界に入ることに疑いもあれば、罪悪感も感じてもいました。

 

それでも、こうなったのには深い理由がありました。

生まれつきであることもさることながら、祖母のやり残したことをするようになっていたのでしょう。



幼い頃の私の記憶をたどると、そんな霊的なものとの関わりに、ちょっとした縁を感じます。



続きます。

 

 

 

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