巫(かんなぎ)紗妃です。

今日は「つぐ minä perhonen」展のクロストークイベントに参加してきました。

「暮らしを育てる、ものづくり」をテーマに、皆川 明さんと熊本の生産者の方たちが、自然体で気負いなく語るアナログ的な空気が新鮮で、とても心地いい時間でした。



これまでの記事
私が喫茶店に入るときは決まって何か、書き物をするときなのですが、先日なにも持たずフラッと立ち寄りました。

以下は、そのときにスマホで打った個人的記録です。


こういう時間が過ごしたかったんだなって、してみて初めてわかった。
私のための時間って、何も進めない、何も生み出さない時間でもあった。何もしなくてもいいっていう。
役立つ時間だけが私の時間じゃないことを落とし込んでる。
寂しさが出てくるな。つまり、何かすることでその感情を避けていたことになるな。
でも、それでいいんだ。無条件性ってそういうことだもんな。


「私」の純度を引き上げるって感じがする。
これでいいという安心感から、動機が更新されている。
そっか、何もしなくてもいいんだ。誰のためでなくてもいいんだ。たとえ、それが自分のためだとしても。こういうことにお金使ってもいいんだ。来てよかった。無意識すぎてわからなかった。
虚脱感のなかに安心感もあるな。白黒はっきり割り切れるものだけが感情じゃないな。しっかり感じ切ろう。誰かの役に立ったり、自分を変えることすらも承認をもらうためになっていたかもしれない。
自分の「これでヨシ」をもっと大切にしよう。


まず自分をヨシヨシするよ。マジで頑張ってる。
そりゃまだ甘いとこもある。でもそれすら自覚して変えようとしてるのは偉い!そういう自分がイヤなんだもんな。ありのままを受け入れるとしても、そのままでいいと思ってないんだ。それは今の自分を否定することとは違う。そもそもね、こんな虚無感を抱えながら、それでも独りで立ち直ろうとしてるの、ホント偉いよ。ちゃんと自分の魂との約束を果たそうとしてる。それは自分で決めたものだよ。
自分を諦めてなかった。それこそ、それでヨシとしてなかったんだもんな。


ガマンの吐き出しと強い虚脱感な。無になるな(笑)
でも、取り返そうとするのもやめているな。
本当は自分由来の安心感を採用したかったんだな。
そこにも強い罪悪感があったのかもしれない。
存在に対する罪悪感がホントに強かったんだな…。
何者でもない、何者にもならない私でも、自由に生きててよかったんだよ。それでも生きる意義を失うことはないから。巫であることも私の一部でしかない。誰のためにも生きてない「私」をのけ者にしなくてもよかったんだな。それが無条件の愛ってやつなんじゃないかな。


この私も私でしかないな。どこにも行ってない。元からここにいる。私が受け入れてなかっただけで。
何か代償が必要だと思っていたけど、そんな生き方は悲しいよね。そっちのが寂しいなあ…。
そんな私の無条件性を受け入れる。役立たずで無価値な私になんか、なれないよ。人の役に立たない、無為な私だって、私なんだもん。そこに成果なんてあるわけがない。なくても生きていけるし、生きてもいいんだよ。それが当たり前で普通なんだわ。
条件なんてハナからない。皆そこは平等だよ。

こういう時間がムダだと思っていた。お金を使うにも何かしら役立つことが必要だと思っていたけど、そういうことじゃないな。むしろソレは貧しいな。
私が変わり、生きるセカイを変えていくんだな。
したいとするだけでもいいよ。十分だよ。
それを役立たず、とするのはもうやめよう。
役に立とうが立つまいが、ただすればいいだけだ。
手応え中毒に陥ってたんだな、今までは。
これからは、その手応えを自分の内側からくるものを信じることにするよ。満足ラインの刷新だよ。

こんなんでいいんだよと、こんなんでいいんだなあ…の、その両方が一気に来る(笑)
泣きそうな虚脱感も出てくるけど、もう何の抵抗もしなくていいんだな…。
そういや個人セッション、出してから週一で2件も来るって、いいペースなんじゃないか。
出してよかった。9月は知らない人も来るといいな。
今まだ旧暦で7月半ばだから、下半期が走り始めてるって感じするな。待ちに待った季節だよな。自分でも流れのある方に動いている証拠だわ。そっか…なんだかんだで、私は動いているんだな。そりゃ休息も必要だわ。帰ったら泣くかも(笑)
数年来、頑張ってるもんな…。それこそ誰かに理解されるものでもなく、丸抱えしてもらえるものでもなく。必死で自分に踏ん張ってたんだもんな。


でも、決して諦めなかった。自分の希望のある方へ動いていた。このままでいいわけないって思ってた。甘えが依存になっていたのを是正してきた。
過去を取り返そうとしてたなんて、思いもよらなかったもんな。でも、もうそこに私はいない。ガマンしなくてもいいんだ。私は自由に生きていけるんだわ。
そして今、私は既に自由なんだ。それを受け入れるかどうかにかかってる。
罪悪感があろうが無関係だった。あってもいいんだ。存在が間違ってるわけでも、悪いわけでもなかった。できなくてもよかったんだわ。さ、帰ろう。





続きます。


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巫(かんなぎ)紗妃です。

ただいまオキナガタラシヒメ(神功皇后)の後押しを受けている最中です。

これまでの記事


調べてみると

自然体でくったくがない。
完璧でありながら、不自然さや無理が全くないさま


天真爛漫と似ていますが、裏表のない自然さに焦点が当たっているように感じます。


今、私は自分の感情に目を向けていて、自分の恥や惨めさを引き受けない限り、先には進めないな…と、感じていたところでした。

裏表のない自然体は、どんな感情が出てきても、自分で対処することにも関わっているのかもしれない。


そんな気づきから、改めて気持ちに焦点を当ててみると、「どうせ自分なんか」と恥を感じる自分と「どうせオマエなんて」と恥を感じることを責める自分の、2つの声が聞こえてきました。


確かに、恥や惨めさを感じるのは傷つきにもつながりますし、できれば避けたいものです。
だから、「責める自分」を作ることで自分の感情を感じることから守っていたんですね。


でも、気持ちはあくまでも「感情」で、「私そのもの」ではありません。
感じたからといって、自己評価にまで反映させて、自分を貶める必要はないはずです。


・感じることを「自己評価」として扱うか


・感じることをただ「状態」として扱うか


よく感情は感じ切ると完了すると言いますが、感情による自己評価に陥ると、感じている自分を「ダメな自分」と責め続けて、いつまで経っても感情を完了できません。

自分を守っているようでいて、その実傷つけているんてすね。


気持ちは自分そのものでなくても、自分の一部です。

感じたくないばかりに回避し続けてきた結果、私は過去の感情まで「自己価値」として背負いすぎていました。

そして、いつの間にか自分を諦める理由にもしてしまっていたのです。



「自分」をジャッジすることで、受け止めるのを避けてきた感情は、まだまだあります。
この調子で感情の消化、ひいては自尊心の回復に務めていきたいところ。


感情を状態として扱うと、感じる不快感を低減しながら完了させることが可能です。

抱えてきたものが大きいほど、また深いほど時間はかかりますが、「自分そのものにしない」と決めることで、傷ついた自尊心の回復にもつながります。



天衣無縫は「ありのままの自分」とも言い換えられます。
つまり、感情の捉え直しは本来の自分に戻るカギで、何を感じようとも自由に生きられる道は必ずある。


そう思い至ったとき、オキナガタラシヒメが伝えたかったのは


自分の何一つ、諦めなくてもいい
深く傷ついていたとしても、立ち直れる道は必ずある


そんな想いから、「本来の自分で生きる道」へと私を労わりつつ、力強く背中を押してくれているのを感じたのです。


たった今、私は自分を諦めるのをやめて、自分の気持ちを引き受けると決めました。
その感情は過去のものであって、今の自分ではない。
もう自分の感情から逃げるのをやめようと、改めて強く決意したのです。


続きます。


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神さま回路クリアリングのご案内です。


 


 

 

◆神さま回路クリアリングとは?


 

こんな経験をしたことはありませんか?

 

「なんとなく気になって、こっちに進んだら思いがけないラッキーがあった」

 

「イヤな予感がして電車を一本遅らせたら、事故に巻き込まれずに済んだ」

 

 

実はそれ、神さまの働きかけだったりします。

 

「神さまとつながる」と、知らないうちに身近なところで助けを借り受けていることが多いんですね。

 

 

避けられる災いを取り除き、小さな幸せを拾って、健やかな日々へ。

 

 

エネルギー循環を高めて直感のアンテナの感度を上げるのが、神さま回路クリアリングです。

 

チカラを貸してくれるのはコチラの神さまたち☆



☆日本一の滝を司る黒龍「那智姫」


今回から新たに那智姫も加わりました!

水神は浄化全般を司りますが、「滝」のチカラによる強力なエネルギーリセット&パワーチャージで、本来の運気の流れにぐいっと引き上げてくれそうな力強さがあります。




☆水神白龍「ワカウカメノカミ」

当初は見習いで、通称「こだまちゃん」と呼ばれていた水神ワカウカメノカミ。

見えない流れやエネルギー回路を掃除するのが得意な神さまです。

あと、那智姫の強すぎるチカラを中和させて、スムーズにエネルギー循環を整える役割も果たしてくれます。



回路を手入れすると、「神さまの送る合図や誘導」に気づきやすくなるので、結果的に運気の流れも安定して向上していきます。

 

クリアリングを続けると回路が太くなり、能動的にタイミングを掴めるようになるので、運気の好転を実感しやすくなるといった相乗効果もあります。


 

「暮らしの中で自然と幸運体質になりたい」

 

「エネルギー循環を高めて人生を好転させたい」

 

そんな方に向けて、エネルギーの回路を掃除するのが神さま回路クリアリングです。

 

 

 

◆クリアリングの流れ


 

毎月、月末の夜、浄化のエネルギーをお届けします。

いつも通りお過ごしください。

 

終了後、メッセージをお届けします。

 

一ヶ月の流れは、全体的な運気の予報です。

ふんわりと「感じられる」ようなメッセージ、日々を過ごす中で心のお守りとしてご活用いただけます。

 

また、個別メッセージは回路の維持のために今心がけるといいことをお届けしております。

一ヶ月の間、自分でケアできるアドバイスとしてお受け取りください。

 

※守護担当の方へ

もしお伝えしたいことがありましたら、こちらにてお受けいたしますので、お気軽にお申し付けください。


 


◆こんな方にオススメです

チェック 自分の霊的エネルギーのメンテナンス方法を探している方

チェック 直感を磨き、チャンスを掴めるようになりたい方

チェック ひらめきやインスピレーションを強化したい方

チェック 思いがけない縁やタイミングを呼び込みたい方
チェック 心穏やかに安定した日々を過ごしたい方

 

 

◆こんな神さま(守護担当)にオススメです

チェック 自分たちとの意思疎通をスムーズにしたい方

チェック 本人の認識と事象、あるいは自分たちとのズレを修正したい方
チェック 霊的体質のバランスを取りたい方

 

*大祓クリアリングはワカウカメとククリヒメの二柱からお届けします

 

「神さま回路クリアリング」 神さま(お守り担当)とつなぐ回路やエネルギーを整え、今月のメッセージと個別フィードバックをお届けします。



◆価格(銀行振込・Paypal共通)
単発…15,000円

3回セット…42,000円

◆実施日
毎月末の23:00~23:30
※通常通りお過ごしいただけます。

◆送付日
実施から一週間以内
 
◆お申し込み期限
当日21:00まで
※ご入金の期限は実施日から2日以内です。
 
【お申し込みフォーム】
https://ws.formzu.net/fgen/S90728290/


【お申し込みに関するお願い】
・悩みのご相談及びメッセージへのご質問にはお答えできません。
・効果には個人差があります。また「受けたら全てが必ずうまくいく」ものではないことをご承知おきください。
・ご入金後のキャンセルはできません。

上記をご了承の上、お申し込みをお願いいたします。
 

 

 

 

 


巫(かんなぎ)紗妃です。

だいぶ間が開いてしまいました。

これまでの記事

それも、私が自分で強くなることを忌避したために、後押しから目を背けていたから。


強くなること
=誰にも助けられなくなる・守られなくなること


さらに掘り下げると、そこには「責任を取りたくない」とい気持ちが隠されていました。


「あのとき、あの人がああ言ったから」
「あのときの自分はできなかったから」
「こういう結果につながったから」

そんな過去のできごとから、現在もなお自分を評価して、今できること・あるものを真っ当に評価できず

「こうなったら」「私は」「こうなるしかない」

そんな決めつけや価値観にがんじがらめになっていました。

それは、過去に傷ついた自分を守るため、今なお残る痛みを避けるために作られた信念です。
いつの間にかその状態に慣れきって、「今以上の安心感は求められない」と、どこかで諦めてきた面もあります。


確かに、過去の学習で慣れた既存パターンや、ほかの誰かの枠組みに従っていれば、多少不自由でも心理的には安全でいられるし、自分で考えずに済みます。

しかし、それは自分を諦める理由付けであり、自分の人生を明け渡すことでしかありません。

自分ならではの表現や人生の創造性は、自分にしかないもの。
だからこそ、オキ姫の後押しを受け取ることは、過去の信念から自分を解き放ち、「今の自分で、自由な女性像を確立する」ことにつながるんですね。

自分としての女性像を確立すると、女性性の活かし方が変わり、「女性としての役目」を義務や重責としてではなく、あくまでも「自分の選択」として自由に扱うことができるようになります。

「担わなきゃいけない」と思うと重荷になりますし、回避しようとして余計にエネルギーを消耗します。
でも、「主導権は自分が握っている」ともなれば、またその役目や責任の捉え方が変わり、改めて見えてくる選択肢もあるのです。

その結果、もっと自由に他者や、それ以上に「自分」と心地よく関わることができます。


そこに自分の傷があるなら、痛みは避けて通れないかもしれません。
何が起きるかわからない未知への恐怖心も出てくるかもしれません。

でも、トゲを抜く痛みは一瞬で、刺さったままで生きるよりは、癒した方がラクになのです。
それが「心地よく自分の人生を生きる」ことであるのをオキ姫が力強く教えてくれています。


ただ、本当に怖いことって何も起きないんですよね。

むしろ実際に何が起きるかは、辿り着くまでの「お楽しみ」と自分ですれば向き合う負担も多少減るのではないでしょうか。

それも踏み出す「前」にアレコレ考えず、勇気を持って踏み出すほうが、案外ぐっと人生の流れを変えて「うまくいく」方へと進めるのかもしれません。

責任は義務ではなく、人生の主導権を自分が握ること

そう捉えると、「強くなること」は自分にできる領域を広げることでしかなく、誰かの手を借りることもまた自由自在になるのでは、という気づきを私もまた得たところです。



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巫(かんなぎ)紗妃です。


どうも最近、将門公に呼ばれているような気がして、来月行かなきゃなあと思っていたところに先日、将門公の首塚に狼藉を働く動画がSNSで流れてきました。

動画そのものは見ていませんが、サムネイルや周りの反応を見るに、蛮勇を通り越してつける薬がないという酷いありさま。
これぞ、真夏の夜の悪夢…!


触れてはいけないもの、丁寧に扱わなくてはいけないものは、現代においても依然として存在します。
それは信じるとか信じないとか、個人の気持ちの次元ではない話です。


何のために先人たちが、そして今なお丁寧にお祀りして、鎮めているのか。

神社をはじめとするご神域も、神さまと人の願いをつなぐ以外に、災いを成さぬよう、何事もなく収める「結界」の役割も果たしています。
ヒトの世界と境界線を引く意味もあります。

だからこそ「何をするか」、それ以上に「何をしないか」も重要です。
「無作法」は、礼を欠く以上にその守りや境界線を侵害する行為に当たるからです。
私が神社参拝で「基本的な参拝作法」を大切にしているのも、このためです。

もっとも、普通にお参りしている人が大半ですし、必要以上に神経質になる必要ありません。


翻って、将門公の件。

歴史的経緯もさることながら、今なおその霊威が健在ゆえに「怨霊」として有名ですが、ヒトの役に立ちたいという強い願いも持っている方なんですよね。

今なお霊威が強いのは、無念が残っているというよりも、もともと持っている力の大きさによるものだと、私個人では思っています。

接すると豪快で気さくだし、礼節も併せ持つお方。
中央政権から見れば「敵」ですが、周りの人たちからはとても慕われてもいました。

そういう一面もあるだけに、こういった形で噂になるのは、とても残念に思います。
首塚であろうが神社であろうが、無礼千万な振る舞いには相応のものが返ってくることに違いないからです。


一方で、ネットで憤る方たちをはじめとして、御霊であっても「そういうもの」として付き合うたくましさを垣間見て、捨てたもんじゃないなあと思いました。


「触らぬ神に祟りなし」は確かに今でもあります。
でも、願わくばこれを機に、怨霊としてではなく、今の将門公の「人の助けになりたい」という願いも知ってもらえれば、と思います。


もとは同じ、かつてを生きた「人」だから。

決して国を危機に陥れた逆賊ではなく、大切なものを守るべく戦ってきた貴い人であること。

今を生きる人々を見守りながら、手を差し伸べたいと思っていることも少しだけ、頭の片隅に留めていただければ、というのが私の個人的な願いです。



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