巫(かんなぎ)の林 紗妃です。
今回の記事は、これから書くのにもかかわらず、めっちゃ「出すのイヤーー」って思いながら書いています(笑)
「だって、どうせ誰もわかってくれないんでしょ」って、捻くれている私がいるのです。
そうして、自己理解を放棄したのは私だったのに。
◆これまでのお話
①スピリチュアル事業届けを出す②仕事が増えるとエネルギーも使う③エネルギー視点で自己価値を見直す④「豊かさ=ゼータク」だと思っていた。⑤「豊かさ=ゼータク」について補足
豊かさを贅沢なことと捉えて、でも何を豊かさだと感じるかは、自分の価値観など「独自性」によるもの。
豊かさを贅沢なことと捉えて、でも何を豊かさだと感じるかは、自分の価値観など「独自性」によるもの。
…が、私はもうずいぶん長いこと、自分の独自性を受け入れることができないでいました。
なぜかと言えば、全くいいことがなかったから。
主張すれば叩かれ、一人外れたことをすれば後ろ指を刺され、そうでなくてもちょっと遠巻きに見られもして、散々だったのです。
主張すれば叩かれ、一人外れたことをすれば後ろ指を刺され、そうでなくてもちょっと遠巻きに見られもして、散々だったのです。
その結果、身を守る術として「人から受け入れてもらえる私」を自己演出するようになっていました。
…しかし、同時にこうも思います。
「本当にそれだけが全てだった?」
たとえば、小学校の担任の先生。
私の集団に馴染めない様子を見て、自由に振る舞える学校に入るきっかけを作ってくれました。
その中でも結局ハズれることにもなりましたが、それでも本やネット、好きなことを通じて仲良くなった友達もいたのです。
大学でも、部活でそれとなく支えてくれた先輩や同期に恵まれました。
社会人になると合わなさすぎて、苦しんだこともありましたが、それでも要所要所で助けてくれる人もいたのです。
巫になってから今までも、それを理解して受け入れてくれる人がいるからこそ成り立っているもの。
それが私の全てではないにせよ、「無理解」と決めつけるのは乱暴が過ぎます。
自分一人だけが「わかってもらえなかった記憶」だけを引きずって、生き続けてきただけなのではないか。
私が私を一番、許せないでいただけなんじゃないか。
過去の記憶をタテにして、自分で独自性を許さない正当化をしてきただけだったのでは。
ちっぽけは自分の弱さを見つめてこなかったのは、他の誰でもない私でした。
そりゃ「豊かさ」なんて、自分に許せないから、夢のまた夢だったのです。
他者にどれだけ理解されたとしても、愛されていたとしても、自分で自分を受け入れない限り、渇望感に苦しむことになります。
自分を満たせるのは、自分だけ。
その答えと向き合って今、私は「独自性を自分に許す」さなかにあります。
ここ数日は「私って意外と無愛想なヤツだったんだな」と抑えてきた自分と出会ったり、「私だって全てを知ってるわけじゃないのに、他の人に自分の『全て』をわかってもらうなんてムリだよなー」とか、当たり前のようでいてわかっていなかったことに気づき始めています。
自分という独自性=ありようを無条件で受け入れたことがなかったので、その「向こう側」を今これを書いている私は知りません。
ただ自分を自分で受け入れるだけなのに、なんでこんなにも恐怖心が出てくるんでしょうね。
きっと、これまでの生きるための処世術や生存戦略を手放すのが怖いからなのでしょう。
でも「人から受け入れてもらえる私」なんて、とても狭い範囲で、生きるのは窮屈でしかありません。
私は私の自由を許して、向こう側に行くことにします。
その先でなにが待ち構えていても、まあ死ぬことはありません。
そのまま、当たり前にフツーに生きていくだけです。
でも、未だ知らない私だけの豊かさにたどり着くことには間違いない、と、確信めいた思いがあります。
この連載は次を最後とします。
それまでにもう少し、自由を解放できているといいのですが。
自分の独自性から豊かさを受け取りたい方はコチラ☆
