本日で出雲旅も折り返し地点。
記事が間に合わなーい!


昔は電車バスの移動で書いていたので、ほぼリアルタイム更新でした。
クルマで時間を気にせずに移動できるのはラクだけど、そんな余白がなくなるのが悩ましいところです。


本日は2日目、神迎祭の日の話から。
(神迎えの話は一つ前の記事にあります)


向かったのは須佐神社。
ここ数年は、いつも晴れているなあ…。

標高が高いため、山の天気で曇ったり雨が降ることも多かったのです。

すると、スサから「旅程を組みすぎていたからタイミングが合わなかっただけだ」とツッコミが入ります。

うーん…そうなのか。
天気が悪くても楽しめた記憶しかないのは、いろいろと「計らい」をしてくれたお陰なのかもしれません。


8時の境内は朝日が差し込んで、どこもかしこも輝いて見えます。
とくに、本殿の屋根がピッカピカ!


今年、須佐神社は遷宮を迎えていて、11月にちょうど本殿の修復が完了したところでした。
屋根の葺替えのみならず、銅の鰹木(かつおぎ…屋根の上の装飾)も一新されています。

説明書きを読むと「栩(とち)葺き」と書いてあります。
調べてみると、薄い木の板を並べる工法のようです。

出雲大社でも使われている檜皮(ひわだ)葺きは、ヒノキの樹皮で屋根を葺く工法。
ちょっと勉強になりました。

遷宮は、再来年の2027年まで続くようです。
隣の天照社もどうなるか、楽しみだな。


朝のこの時間は、陽の光に照らされた屋根がよく映えます。
きっとスサは、この姿を見せたかったんだろうなあ…。


しかし、とにかく寒い!
ダウンに裏起毛パーカーと、それなりに防寒対策はバッチリで、日向にいるにも関わらず、まるで身が凍るような寒さ。

いくら私が寒がりでも、どこか異様です。
さてはこれ、冷気ならぬ霊気だな?


忘れかけておりましたが、御神事や祭りはそれだけで「めでたい」ものなのです。
神在祭も「めでたい」もので、この時期の神さまのお届け物も、ほぼ「御祝儀」。

遷宮なら、なおのことおめでたい。
表情(?)に出さないし、言いもしないけど、どうやらスサは大層お喜びのようで「祝儀だ」と一言。

いや、ありがたいけど霊気はさぶいて。


冷気と霊気でカタカタしながら、ゆっくり境内をめぐります。


今年も、「大杉」さんとご本殿の裏を堪能しました。
写真は暗くなっちゃって、なおわかりにくいけど、リッパで真っ直ぐな大杉は、何度見ても好きです。

毎回、帆柱になるのを阻止してくれた先達にありがとうと述べたいくらい。
(大昔、実際にそんな話があったようです)



お向かいの天照社は、日陰にも関わらず暖かい!
細い道を挟むだけで、こんなに雰囲気が違うものかと毎度のことながらビックリします。
温度差で風邪を引きそう。

柔らかな雰囲気にひと心地つけるひとときに、だいぶ癒やされました。


とはいえ、霊気までは如何ともし難く、里に下りるまで一人凍えていたのでした。

いや、ありがたいんだよ?ありがたいんだけども…!
スサノオの愛は重くて、さぶいのです。


次は朝山神社でのお話です。
旅はまだまだ続きます。



お申込み受付開始しました!

12月お届け分をただいま受付中です。





2日目は6時半集合で稲佐浜へ。
休日だけあって7時の時点でもクルマが多く、あえなくTさんに場所取りをお願いしました。

朝7時の稲佐浜:Tさん撮影


…が、結論から言うと行けませんでした。
なぜならクルマを停められなかったからです。
失敗した!
これなら移動は公共交通機関を使うんだった…!

というわけで、今回は一人で神迎えすることになりました。


21時過ぎに大社の駐車場に来たら、ちょうど信号のところで警備員の方がいなくなるタイミングでした。

いそいそと駐車した途端、「お待ちしておりました」と満面の笑みのオオクニヌシと平常運転のスサのお出迎え。

クシナダさんとスセリさんも一緒で、稲佐の浜までお喋りしながら歩いていました。



稲佐の浜は御神事の跡形もなく、ただの浜辺に戻っています。
せめて朝に置いていたシートを回収しようと探すものの、たぶん清掃されたようです。
それもどうかと思いますが、海のゴミになるよりはマシ…と思うしかありません。


まずは稲佐の浜の弁天さんに手を合わせて、と。
事前にTさんから、岩山にある小さなお社が新しくなったと聞いていたのですが、実際に見ると感慨深いものがあります。

揖夜神社といい、今年はちょっとした遷座ラッシュを迎えているようです。


そして、神さまをお迎えして神迎の道へ。
…と言っても、オオクニィ曰く「めっちゃ沢山いる」らしいのですが、さすがにわかりません。
というか、わかったら案内どころじゃなくなりそうです。


民家の合間を静かに、ただ大社に向かって歩きます。
車が通ったり、人とすれ違ったり。
石油ストーブや暖炉の薪の香りがして、人の営みの中にいながらも、別の層を歩んでいた気がします。
街燈に光る電線越しの、いつもより多い星を見上げるのも、いいものです。


提灯明かりに導かれるようにして、勢溜をくだります。

オオクニィに「神を導くっていいでしょ?」って笑いながら言われたものの、私は本当にただ歩いてるだけなので、イマイチ実感は湧きません。

ただ彼曰く、道が変わって迷う神さまや初めて来る新人さん、あとクルマ酔いとか、速さについていけない神さまもいるらしい。
そんな神さまも結局は出雲側で「回収」するそうなのですが…なんというか、神さまもいろいろだな、と思いました。


あと、笑いながら「大きなったよね」とも言われました。
そういえば、初めは不安げだったのが、今やすっかり何の疑問もなく歩いていることに気づきます。


「神さまの言うとおり」にしたって、自分で決めて、自分で選んだ。
決して、誰かに言われたわけじゃなかった。
全部、自分に従った結果でしかなかった。
その積み重ねで今、私はここにいる。


神さまとは、銅の鳥居でお別れ。
私も一応ご挨拶に…と、いつものように手を合わせようとして、「そういえばここって四拍手だった!」…と直前で思い出して、音を立てずに拍手するも、今度は「これで合ってたっけ!?8だっけ!?」…とパニックになりそうなのを「合っているよ」と言われて、落ち着きました。

あとで念のため調べたら、八拍手は伊勢。
うーん、すぐ忘れるなー!
かろうじて思い出せたのは、カラダが覚えているからなのかもしれません。


ともあれ、今年も無事に役目を終えられて、一安心です。

ちなみに、熊本から着いてきているせいしょこさんは、神迎えで目を回してました。

「雄大で壮大で筆舌に尽くし難い」んだそうです。
そら領域が、ほぼ一緒なら「見える」もんねえ…。
いつものことながら神さまの計らいで、私は何も考えず、ひたすら歩くことに集中できたのだとわかります。


旅はまだまだ続くものの、さすがにこの日は「なんかもうやりきった感満載」でした。



お申込み受け付け、開始しました!

12月お届け分をただいま受付中です。





昨夜の神迎えで本日は一休み…と思ったら、早朝におめめパッチリ覚めて、そのまんま動いています。

今日は出雲大社がメインなのですが、早くも旅レポが追いつけるか心配です。


佐太神社は、道開きの神さまである猿田彦大神が祀られています。

ここでは、「鎮めて切って、縁をつないで道を開く」という工程でした。


イワナガヒメとコノハナサクヤヒメは姉妹で、縁切りと縁結びを司ります。
そういえば、ここに来ると毎年なにか取捨されます。
これまでにも情報や、人間関係が整理されました。

来年は何になるのかしら…。



花手水に癒やされます。
竹で作られた柄杓にハートを発見!

人がいないのをいいことに、あーでもないこーでもないと、しばらく撮影会に励んでいました。



振り返ると、まるで「よみがえり」の一日。
ますます心理的な抵抗が強くなるも、それでも前に進まないといけないと思いました。


この旅が終わる頃、受け入れることができているでしょうか。


この日、道中で見た虹。
2日連続で見られるのは嬉しいものですね。

この後にも虹をかかっているのを見て、偶然かもしれませんが、歓迎されている」って思っておきます(笑)


1日目は、これにて終了。
次は2日目のお話です。



お申込み受付開始しました!

12月お届け分をただいま受付中です。





今ちょうど稲佐の浜では神さまを迎えている頃です。
今年はセルフ神迎えになるので、今は静かに待機中。
夜の浜、きっと寒いだろうなあ。心細いなあ…。

その間に、1日目の3社目、揖夜神社のお話。


今年は揖夜神社の遷宮が完了していました。
建物そのものに大きな変わりはありませんが、本殿を囲む玉垣や手水舎などが修繕されています。

お社を手入れして、神さまを守り続ける。
形は様々ながら、そうして長く続く神さまとの関わりを大事にしている様を神社を訪れるたびに感じるのもいいものです。


主祭神は伊弉冉命(イザナミノミコト)。
黄泉の国を鎮める神さまです。

熊野大社の厳然とした空気とは打って変わって、穏やかな雰囲気が漂っていて、とてもホッとします。


とはいえ、先に行った黄泉比良坂(黄泉比良坂)は、いつになく苦しいと感じました。

5分足らずの道を抜けるだけだというのに、心のなかで強く抵抗を感じます。

ここでは、「手放すべきものは全て手放す」ことになっていたからでしょう。
でも、影に隠れていたい、どこかで手放したくない気持ちがあるのです。
そんな気持ちと闘いながら、それでも「全て置いていく」と心のなかで唱えていました。


その後、揖夜神社にて祀られている火の神さまからは火をいただきました。

熊野はカミゴトの火ですが、こちらは生命力の火。
黄泉から帰ってきたので、まさに「黄泉がえり」の火です。 


お社と、その向こう側の里と山。
一直線に見える景色に、黄泉比良坂から帰ってくると、なおのこと安堵します。


社務所に行くと、年末の準備なのか、受付の向こうでパタパタ音がしました。
横には何やらたくさんの荷が積まれています。
「イベント」と行ってしまえばそれまでだけど、神社にまつわる、そんな営みを見るのも好きです。


朝が早かったので、のんびり巡っていましたが、そろそろ夕方に差し掛かっていました。
次が1日目、最後のお社です。



お申込み受付開始しました!

12月お届け分をただいま受付中です。





曇っていた空が、だんだん晴れてきました。
薄曇りも出雲らしくていいけれど、やっぱり晴れていると参拝日和という気がします。



2社目は熊野大社。
出雲国一宮で、御祭神は熊野大神。

…と、いうのは略称で、正式な名前は

伊邪那伎日真名子 加夫呂伎熊野大神 櫛御気野命

長いですが、これで一柱です。
読みは

いざなぎのひまなこ かぶろぎくまのおおかみ
くしみけぬのみこと

一説によるとスサノオの別名とも言われています。
個人的には、確かに似ているけど別の神さまだなあ…と感じています。



キリッとした境内の雰囲気に、お昼を食べてゆるみがちな姿勢を正されます。

神さまは向き合う姿勢を見るのですが、ここは割りとシビアだなあと感じます。
そんな厳しく見んでも…と思うのですが、よく考えたら「観光」じゃあないもんねえ…。

人によって感じ方は違いますし、向き合い方でも変わってくるのが面白いところです。



ここでは、神迎えにあたって火の力をもらい受けます。
神さまを迎えるルートは、一つきりじゃないんですよね。
毎回、神迎祭の折には私も神さまをお迎えする気持ちで臨むのですが、「名代として…」と言われると、ちょっと畏れ多いという気持ちになります。

もっとも、そう言っておかないと私が及び腰になるのを神さまがわかっているような気もします。
なんだか、いいように転がされている気分です。


こちらは火を切り出すための「火鑽杵」と「火鑽臼」が安置されているところ。

神在祭に先立ち、出雲大社の神主が神事にて火を切り出すための「火鑽杵」と「火鑽臼」を借り受けます。

それも「亀太夫神事」と、一つの御神事として成り立っているのですが、神主がお供えにもって来た餅に、アレコレ文句つけて押し問答する、という変わった御神事のようで、一度見てみたいものです。



なんてことない、ちょっとした景色に目が行きます。
写真だと魅力が写らなくて、毎度ぐぬぬ…となるのですが、どこを切り取っても美しいものが目に入ります。

とくに今は山の紅葉がとても綺麗で、いつまでも見飽きることがありません。
秋の出雲の里山の原風景をぜひ一度、生で見ていただきたいものです。


次が黄泉比良坂と聞いて、思わず「めんどくさい」とこぼすと「そういうところだぞ」と諌められました。


つまり、どうせ行くのだから、四の五の言わずに素直に従いなさいってこと。
そういう素直さが、まだまだ私には足りていないようです。
治さなきゃいけない、と思いつつもなかなか…。


出雲旅はまだ、始まったばかりです。



お申込み受付開始しました!

12月お届け分をただいま受付中です。