仕入れコンサルタント黒川の稼げる仕入れ教えます -7ページ目

ドラスティックな仕入れ改善と原価低減:利益増大の方法

先程の続きです

仕入れの改革には、仕入れ先を変えることが重要で単純に仕入れ先を入れ替えるのではなく
仕入れ先の段階を変えることが重要だというお話をしました。
よくわからない方は前回のエントリーを読んでください。

より生産者・メーカーに近いところから仕入れれば自動的に安くなるのです。

しかしそれだけでは破綻します。
会計上は問題ないのですが、この十年ほどでクローズアップされているキャッシュフロー会計でみるとよくわかります。
(会計も途中から本業になりました)

大量に仕入れることで安くなりますが現金が無くなってしまいます。
商品なりパーツなりに化けてしまうわけです。
売るには一定の期間が必要で、それが現金化されるには時間がさらにかかります。

黒字倒産

嫌な言葉ですが、安直に仕入れロットを増やして原価低減を試用とすると陥る罠です。
四半期や年間で考えれば利益が増大し、とても良い話になる。
しかし、資金繰りが続かず倒産の憂き目を見る。
あるいはたまに訪れるチャンスを資金難から見逃すしか無くなる。

仕入れとは仕入れだけを考えてはいけないのです。
会社なり商店なりの全体を考えて行わないと、大きなマイナスとなってしまいます。
どのくらいの仕入れ規模が適性かは、誰にもわかりません。
なぜなら経理は経理、営業は営業のことに集中しているため仕入れはわからないからです。
在庫もよくわからないと言うことがあります。
仕入担当こそ在庫も含め出荷状況も倉庫の在庫から把握できますから全体像が一番見える位置なのです。
仕入れから、仕入れる適性ロットを全体像を見据えながら提案するのが正しいあり方です。


資金状態から適正な在庫数か在庫金額を求めます。
両方得るのが良く、どちらか片方だけで判断するのは原価を下げ損ねる元になります。

在庫数量は売れる数がもとになります。
いくら安く仕入れても売れる委譲し入れては不良在庫を産みます。
ここから最大仕入れ数を決めます。

次に在庫金額を決めます。
これは売れる量とは別で商品やパーツ・素材として寝かすことができる資金量です。
買い付けられる最大金額が求められます。

この2つから、最大購入数を求め交渉に臨みます。
交渉ではできるだけ低価格でできるだけ小ロットで購入することを目指します。
相手はロットを大きくしたいでしょう。

では、どう交渉するのがよいのか。
それは次のエントリー(記事)にゆだねます

価格交渉の限界と限界の破り方

メーカー時代も社長には気に入られていました。
滅多に人に教えない人でしたが、ごくごくまれに教えてくれることもありました。

その社長の教えのひとつが原価低減の方法です。

数%原価を下げるのはものすごく難しく苦しく心身ともに辛い作業。
仕入れ先も泣かすことになる。

本当の原価低減とは、思い切って10%以上原価をドラスティックに下げることだ。

創業者で無茶を言う人ですから、周囲の人間は無茶な理屈で、無理な目標を通すための便法だと受け取ったようです。


そうでしょうか?


数%原価を下げるとは、納入業者からすれば数%販売価格を下げることです。
ところで利益率という言葉があります。
1万円のものを売って利益率1%なら100円の儲けです。
この利益率、数%あればましな方なのです。

なぜならば日本では
生産者(メーカー)
生産者の物流部門(販売会社)
一次卸
二次卸
三次卸
大手小売り
小売り
と言った経路をたどって販売されます。
生産者から数えて7つも段階があって買えるわけです。
それぞれが定価の10%ずつ利益を得ると残るのは30%です。
原価が30%だったとして、値引きは一切できないことになります。

もし定価の5%値引くなら、最終段階だけで対応しようとすれば利益は半分になります。
利益が半減するとは、個人に直せば給料が半減すると言うことです。
そう簡単にできることではありません。
もし翌年も同じことを求められたら利益がゼロになります。
さらに翌年も求められれば、売れる都度赤字になります。

継続して仕入れ価格を下げると言うことは実際にはできないというのがわかるでしょう。

しかし、生き残る会社、強い会社と言われるところは、毎年原価を下げていきます。

単純に値段を下げてくれとしか言わない仕入担当のところには納入業者は来なくなります。
実際にはこれなくなるのです。
数年で、その取引は赤字転落するからです。


単純な交渉手段はロットを増やすです。
仕入れる単位を引き上げ、経済効率を追求する。
また、仕入れ先もまとめて仕入れることで仕入れ単価を下げることができます。

理由はいくつかあります。
ひとつは流通経費の削減。

そしてここからが重要です。
仕入れとっとを増やすとはどういうことかを考えます。

7つあった仕入れの段階は、じつは、納入ロットの大きさの違いが大きいのです。
小売りでは一個でも扱う。
三次卸では小箱単位で扱い、二次卸では大箱
一次卸ではトラックやコンテナー単位で扱う。

それを正しく理解できれば簡単です。
いえ、ここで大きく考え方を変えます。

仕入れ先の段階を買えるのです。

行李から購入していたのならそこと交渉するのはやめる。
その一段上から買う。
今まで買っていたところの仕入れ値で買えるとすれば、どんな交渉を繰り返すよりも安く買えます。
だって赤字では売ってくれませんから。

そしてその一段上の相手と価格交渉をする。

これを繰り返していくと最後はメーカーに行き着きます。

そうです、メーカーにいた頃、納入業者には気の毒ですし、仕入れ先も増えてしまい管理が大変ですし、在庫量も瞬間を見ると増えますが、最終的には多くの部材をメーカーかその流通子会社から直接し入れるように変えました。

価格交渉の必要もないほどドラスティックに仕入れ価格が落ちていきます。
メーカーも流通を大切にはするので、簡単には直接取引に応じません。
また、ロットが多くなり取引の感覚が空きすぎると、取引を継続してもらえなくなります。


そこからは、仕入れを越えた工夫が必要になります。
しかし、これも大きな目で見れば仕入れに含まれます。

仕入れと販売という2つに大別するとすればですが。

昔の仕入れ先開拓法

先程のエントリーでも書いたようにメーカーでの仕入れは、同じものを買うよりも、見たこともないものを買うことが主でした。
存在せず素材から加工して作るものもあれば、探し出せば済むもの。
近い試用のものを探し交渉してスペックを変えてもらうもの。
設計にさかのぼって修正してもらうものなど様々でした。

その頃はインターネットはおろかniftyもありません。

ほとんどの人はあきらめるか、商社に任せます。
商社と言っても見つけられるものは一部で設計変更の嵐になります。
品質も落ちるし、原価がアップしてしまい利益を失います。
それでも作れなければ仕方ないのであきらめていたのでしょう。

仕入れ方も教えてくれる人はいませんでした。

考えてもダメで、その頃ある情報源は電話帳だけでした。

まず人脈から、商社やメーカーの担当に話を聞く。

ずいぶん同僚や上司から怒られました。
外部の人間と話す時間が長すぎるというのが趣旨。

そうは言っても社内では情報がないのです。
情報源は出入り業者だけ。
まずそこから可能な限り聞き出す。

実はここでヒアリングのテクニックを自然身につけました。
相手がわかっている内容であれば、聞き出すまでもなく勝手に見積を持ってきます。
そうではない以上、知らないと思い込んでいる情報を引き出さなくてはいけません。
いろいろな価値値で話をし、相手から本人も自覚していない情報を引き出します。
それをもとに調査を進めていくわけです。
かれら自覚のない情報源に間を取り持ってもらえればそうします。
そこでお金を落としてあげないとかわいそうですから。
それができないことも多く、電話帳ので出番でした。

電話帳で調べまくり、電話をしてあたっていきます。

同時に様々なカタログも取り寄せストックしました。
書架数本分のカタログを常時埋め尽くしていましたし、どれも隅々まで目を通していました。

電気機器メーカーだったのでナショナルや東芝と言ったメーカーの電材パーツカタログやねじのカタログ、水洗器具やランプ、スイッチ類はほぼ暗記していました。

知らない部材を求めて探す課程で電話帳の使いこなしもできるようになりヒアリング力も身につけました。
業務をこなすには必須だったため必死で自分で開発していきました。

その後IT系に転身しても、調査能力は生きましたし、コンサルティングをするようになりヒアリングの力は特に役立っています。

職人から仕入れ・外注担当・在庫管理へ

メーカー時代、本来は腕に職を付けるのが目的。
1年位した頃にはおおよそそこで得られる技術の範囲はわかり、あと数ヶ月したら転職をと考え始めていました。
仕事自体はおもしろいのですが、電気・ガス・水道・配管・溶接までは身につけられても、そこで終わり。
より広い技術が身につけたくなっていました。

そんなころ、転属の話しが舞い込みました。

仕入れ関係の部署への配置転換。

実質2名で回す部署ですが、二人とも入れ替え。
体質の抜本改善が目的でした。
移動は急で引き継ぎは実質無し。
一日だけ、現在進行中の内容をざっくり説明されておわり。
主立った仕入れ先との引き継ぎさえありませんでした。
創業30年を超えていたと思いますが大胆なことをするもの。

もう一人の転属者は先輩でした。

全体を見る責任者から役割分担が言い渡されました。
先輩は量産品の仕入担当。
私は、受注生産品の仕入れと外注への加工依頼とその納期管理および社内の工程管理と倉庫残飯の在庫管理。

ところで在庫管理をするには在庫を知らねばならず、消費量と仕入れ量も把握する必要があります。
どう考えても仕事の配分が先輩と逆なのですが、上司の判断なので仕方ありません。
倉庫担当はいましたが、在庫数量の不明確さがはっきりするにつれ、自分で棚卸しも始めました。
同時に毎日の出庫数を出庫伝票から頭に入れ、過去3年間の納品書を調べて仕入れ数を把握しました。
何も教えてもらえず、自分で考えた方法です。

結果としてそれが良かったようで、全社での部品の消費量から商品の生産量まですべてが頭に入りました。
半年もすると量産品の生産計画は先輩の担当ですが、部品の発注計画は実質的に立てるようになりました。
在庫数の把握や消費数、入荷予定が把握できているのが一人だけだったからです。

在庫管理、生産管理、生産計画を論理より先に、実践の場で自分で編み出すことになりました。
書いてしまうとカッコイイですが、日中は外注先に来るまで走り回り、図面を見せて発注単価の交渉と納期の交渉。全体の工程を修正しつつ、鉄板・ステンレス版の仕入れから板金加工・溶接工程を決め、焼き付け塗装の予定を組み、パーツの納品日を決めてから工場の生産部隊と組み立てる予定を決めます。
工場検査や立ち会いがあるときはその準備や手配もします。
また、主要部品の発注も行いますが、支払いをできるだけ遅くするためと、倉庫に対流させないために発注時期や納期の調整も行います。
前任者まではかなりルーズに仕事をしていたようで、納期を守るという意識のある納入業者や下請け業者はいませんでした。

納期至上主義をまず取り、それから原価管理・コストダウンへと進めていきます。

約7年間最前線でこの作業を続けました。
私にしては異例に長く同じ職を続けた期間です。
理由は単純で、後任がいない。
社長の鶴の一声で社長直属に移動となるまで、その状態が続きました。
後任は、結局3人でまかなうことになってしまい、それさえも、異動前に作った発注システムが稼働していなければ無理な状態でした。

内部監査も後に担当するようになりチェックすると、驚くほど在庫が増えてしまっていました。
在庫や消費量、それをも予想するための生産計画、その生産計画を立てるための販売計画ができなくなってしまったのが主因。
生産ラインが止まらないよう、在庫を積み増すしか無くなってしまったのでした。

業務が個人に依存するのは中小企業の常ですが、そのメーカーも同様でした。
かなりがんばったつもりでしたが、個人技の領域を出ることは当時できませんでした。
パソコンやサーバーが使えるようになり、仕入れシステムを大きく改良して基幹システムまで設計し構築しました。
全パーツを登録しなければ動作しない仕組みにし、所要量計算をおこない、総平均法に基づいて原価計算も行います。原価計算の対象は部品と完成品。半完成品はしかかりとせずパーツ扱いにしました。
正し重要な半完成品には商品コードを付与して、管理できるようにしています。
基幹システム稼働後は、発注点管理もシステムでできるようになったため、大きく改善できました。

この間数年かかっています。
ゼロから、パソコンを一台購入してもらい仕組みを独学で学び、アメリカから個人輸入的にUNIXサーバーを購入し、おなじくベル研の赤本を輸入して独学でUNIXを学びました。
そしてRDBMSを使いこなせるまで業務システムを多数構築し、やっとシステム化できるようになりました。
基幹システムまで基本設計は自分でやり、プログラム部分を外注化しました。

それ以来、コンピューターや当時OAといった各種情報機器も自分の専門分野になりました。
仕入れは、分野が変わってもついて回ります。
IT系に大きく変わってからもマザーボードとCPUを輸入して自分でサーバーを構築するなど、普通ではできないことをし続け業務の幅を広げられたのも、自分で仕入れができるという強みを持っていたからです。

また、いち早くUNIXを導入できたのも、当時まだ事務処理用には国内で売ってもらえずあきらめ書けたとき、海外からの直接仕入れを思いつけたからです。
コンピューターは輸出規制が強く、簡単には輸入できませんでした。

本業でつきあいのあったステンレスメーカーにお願いして輸入の代行をしてもらいました。

多くの人が途中で挫折時足り断念したことを、いち早く実現できた背景には、毎日のように新たな商品を作るために仕入れに奔走した経験が生きています。

ケーキ屋から職人へ

経歴ですがケーキ屋だったという話しで終わっています。
社長と経営方針でぶつかり、将来性についても疑問が出てしまいました。
時代が悪いの一ひとことで、逆に言えばじたばたするより他人がケーキ屋に目を向けるまで、別のことをするべき時とも言えました。

ならば方向転換。

ケーキ職人として働く中でいくつか困ったことがありました。

その一つ目は運転手不在。
さすがに、運転免許が貴重という時代ではないですが、ケーキというデリケートなものを運送できる一般の冷蔵車をうまく運転できるドライバーがきわめて少なかったんです。
多分今でもその状況は変わらないでしょう。

強いてたとえれば、86を駆るタクミのようなドライバーが欲しい。
峠道を満水のコップから水をこぼさず運ぶドライブテクニック。
時間を守るのも重要です。

一人しか雇うことができず、彼が休むとお店が開けられません。

そこで、失業状態にして運転免許を取ることにしました。
無事学課の成績が良くスムースに取得。
タクミの足下どころか後ろ姿も見えない程度のテクですが、運転はできます。

そして次に切実に経営者として困ると感じたこと。
それは水道の事故でした。
業務用なので水道の蛇口は大量にありました。
そのうちのひとつが壊れ水が止まらなくなった。

それだけで一日工場が閉鎖されました。

自分たちで応急措置がとれず、やむなく元栓を閉めました。
水が無くては不衛生で何もできません。
水道屋が来て修理完了するまでお手上げ。

運良く夜治してくれましたが、もし治せなかった。
これが電気オーブンだったらもっと恐ろしい時代です。
電源トラブルで商売できなくなる。

商売が止まるリスクが多々ありすぎました。
しかも、普通の電気屋では治せない。

そこで考えたのは「電気・ガス・水道・配管・配線」できれば金属加工まで技術を身につけたい。
そういわゆる職人になる必要がある。
そうすれば怖いものがなくなります。

順にやっていて胃は人生何度もやり直さないと時間が足りません。

全部を一度に身につけられる業種を探しました。

少々時間がかかりましたが、人材募集雑誌を数十冊読んで見つけました。

電気給湯器というマイナーな商品を扱うメーカーです。
そこの求人広告を見つけ、工場への配置を希望。
若い人ではとても珍しいと不思議がられましたがその日に採用になりました。

比較的人気のない、一番きつい部署に配属。
周りでは新人なのにと気の毒がられましたが、学びたかった技術の多くが学べるチャンス。
そして超ハードな肉体労働のケーキ屋からすると、そこのハードな仕事は一日中休憩時間のようでした。

おかげで他部署にも周り、あれこれ教わることもできました。
1年半たたず部署移動。

仕入れと外注管理、在庫管理、生産管理の一切と原価管理をする部署へと異動になりました。
そこでも一番嫌われる外注管理メインの仕事を任せられました。

わたくしにとっては最大のチャンスでした。

それまで自社工場で配管・配線・簡単な溶接などは身につけました。
他の技術はさすがにチャンスがない。

外注先には板金、鉄工所、メッキ、焼き付け塗装、どぶ漬け、サンドブラスト、製缶、溶接、研磨、へらしぼり(金偏に交わると書きます)、プレス、蹴飛ばし、旋盤、半田など実に多彩な業種と直接やりとりがあります。

外注先に行き発注するだけではなく手伝う。
注文主が手伝うので喜ばれ、納期も優先してくれました。
職人の中でも一番腕の良い人に直接教わり、ほとんどの技術を直伝で身につけました。
皆さん名こそありませんが、大田区中心に工業地帯でも名うての名人ばかりに直接教えてもらえたのはありがたい経験です。
へらしぼりだけは、あまりに危険すぎ責任問題になるとやらせてもらえなかったのが今も残念です。

旋盤ではバイトを研磨するところからさせてもらいました。
溶接は自慢になりますがTIGなら裏波を見れば非破壊検査をしなくても、出来映えはほぼわかります。
板金では、ステンレスや鉄板の板取も教わりました。
紙のように方向性があることなど、現場で習わないとわかりません。

金属加工だけでなく、紙や印刷、彫刻や銘板、配線材料やねじ、ゴム材料など様々なものを直接その道の第一人者から教えを請うことができました。

今も仕入れに詳しいと言うとき、様々商品がある中であまり怖いと感じないのは、広範囲に仕入れの経験があり、また、買うだけではない経験を現場で積んだおかげです。

多分仕入れに詳しい人でTIG溶接ができる人はそうそういないでしょうし、800KWの電力を扱う配電盤を箱の設計から部材の手配、配線まですべて一人でやれる人もいないでしょう。
原子力発電所に搬入して取り付け工事まで指揮し、自分で施工もしました。
建築現場含め様々な現場も経験できたのも、普通にはない強みとして生きています。

お金にはなりませんでしたが、必要とした技術力を学び技を自分の腕に付けるという目的は達することができました。

仕入れ原価の重要性も学びましたし、何よりも大切なのは納期であることも、そのとき痛いほど学びました。納期をすてしまえば、どれほど品質がよく低価格で納品されてもゴミでしかありません。
のちにJUST IN TIMEというトヨタ流の表現を学びましたが、実践を通じてそういうことも先に身につけることができました。



長くなりすぎました、つづく

セミナーDVD到着

主に販売やブランディング、取扱説明や商品説明に動画を使っています。
動画を始めたのは比較的最近で、まだ20年弱。
それでもVHSで配布したりVHSカセットを営業に持たせて販促活動してもらうことから始めた動画の利用も、今ではネットでのブランディング~集客にまで範囲が広がってきました。

夏には銀座で毎月初心者向け動画セミナーを開催していました。

そのDVDが完成して業者から届きました。

仕入れコンサルタント黒川の稼げる仕入れ教えます-動画セミナーDVD
仕入れコンサルタント黒川の稼げる仕入れ教えます-動画セミナーDVD
仕入れコンサルタント黒川の稼げる仕入れ教えます-動画セミナーDVD

友人のセミナー動画作成に特化したプロに依頼したのですがジャケットの作り方からCDの盤面デザイン。
もちろん撮影の仕方や編集・録音まで、全くできが違います。

自分でもセミナーを開くほどには動画撮影を行いますが、その道のプロには教わるところが多々あります。

誤解があるといけませんが、このDVDの販売のご案内ではありません。

中国では杭州(はんじょう)と義烏(いーうー)の市場を何カ所も回ってきました。
デジカメで撮影しつつビデオカメラでも撮影。

撮影クルーを引き連れていけば簡単なのですが、許認可の障壁や撮影できる範囲・時間的制約など、かえって情報として欲するだけのボリュームを撮影することができません。
10月に視察を兼ねて撮影旅行をしてきたのですが、普通なら業者手配で終わりにするところを、今回は自分で行き、自分の目と耳と経験で確認しながら撮影もこなしてきました。

撮影に集中するわけではないので、芸術的な作品には仕上がっていません。
見た目に持っとこうとれると言う部分も多々あります。
そういうことは重要性が低く、より見て欲しい部分に集中して撮影しています。

12月6日(日)のセミナー会場では、大量に撮影した動画の中から解説を加えながらご覧いただきます。
時間の関係でごく一部しかお見せできませんが、参加者特典としてネット上で見ていただける方向で調整中です。

セミナーの詳細ご案内は鋭意作成中です。
ご興味ある方は、12月6日午後の時間を空けておいてください。

セミナーでは、質疑応答も撮影が入る関係でできない方もいると思います。
有料になりますが懇親会も会場のお茶の水~秋葉原近辺で開催します。
酒の席を活用して聞き出していただければと思います。

販売と仕入れ、利益への貢献度と儲けやすさの違い

売上低迷で困っている企業・商店・個人が多いのが超がいくつも付く不景気な現在の状況。

さて、赤字かもしれませんし、とんとんかもしれない、かろうじて利益を計上しているかもしれないし、こんな時期でも大きく黒字を計上しているかもしれない。

利益を増やすには、いくつかの方法があります。
マーケティングのコンサルティングもしていて、売上アップの相談は多い。
しかし、売上アップほど難しく、効率が悪く、コストのかかるものは少ない。

宣伝広告をする、値引きをする。
売上増大のダメには経費が増えるか、利益率を落とすのが普通の戦略の帰結。
売上を増やそうと努力すればするほど、この場合赤字拡大してしまう。あるいは利益が薄くなる。
忙しいばかりで、肝心の利益が付いてこない。

売上拡大での利益増大は、簡単なようでいてとても効率が悪い手法。

では、利益を上げるためには何をするべきか。
実は、大企業と言われる利益を上げ続けている勝ち組の会社は、黙っていても皆やっている。
その被害に遭っている中小零細企業は枚挙にいとまがないが、利益の上げ方に気づいていない。

話しを引き延ばしても仕方ない、答えを先に書こう

仕入れを見直す
簡単に言い換えれば仕入れ金額を下げる

例を見てみよう

900円で仕入れて1000円で販売する
利益は100円
1万円の利益を出すには単純計算で100個売らなければならない。
しかしなかなか売れないので値引きして950円で販売した。
利益は一個あたり50円に減るため1万円の利益を上げるには、200個売らなければならない。
200個売るには850円まで値下げしても難しいかもしれない。
つまり、利益一万円を達成するのに、販売努力では難しいと言うこと。

900円で仕入れているものを、もしも600円で仕入れたれたらどうだろう。
1000円の販売価格を思い切って800円にする。
それでも一個あたり200円の利益が出る。
1万円の利益を得るには、50個売れば済む。
これなら実現できそうだ。


実際の仕入れで900円のものを600円にするのは並大抵ではない。
2/3までコストを下げているのだから。

これを実現できれば、利益が上がりやすくなるだけではなく、売りやすくもなる。

仕入れの改善こそ、売上増大も含め、広範囲に効果が広がり、しかも手間のかからない方法なのである。
しかし、日本人は価格交渉が好きではない。
いつものままにしてしまい、仕入れを改善できないことが多い。

より実践的、具体的な話しは12月6日(日)開催するセミナーでお話しします。

中国へ10月はじめ七泊八日の視察に行ってきました

10月2日(金)午前5時半に秋葉原のオフィスを出て成田空港へと向かいました。
南京便は多いのですが中国国内での移動が厳しい。
どの空港に向かうかも一つのノウハウです。
日本から行きやすいのも大切だが、現地で効率的に行動できることはかなり重要。

義烏(いーうー)や杭州(はんじょう)を視察するなら、朝早いが中国杭州(はんじょう)空港に向かう便がお勧め。前泊すれば、時間おろす少なくちょうど良い。


仕入れコンサルタント黒川の稼げる仕入れ教えます-中国杭州(はんじょう)予想外に暑い

事前に現地代理人にSkypeで効いたときは寒いと言っていたのに。
当日になると天候が回復し、ものすごく暑いことが空港でわかった。
中国ではこのことで相棒を責め続けることになるむかっ
邪魔になるので上着を処分。
一万数千円のロス。

仕入れコンサルタント黒川の稼げる仕入れ教えます-中国杭州(はんじょう)へ

この便を使います。
朝早いですが、中国杭州(はんじょう)~義烏(いーうー)へ行くならお勧め。
上海ルートは現地で使えない時間がかなり大きくもったいない。
また、現地での陸路はできるだけ減らした方が安全です。
自動車がとても多く、交通事故が起きやすい交通状況です。

仕入れコンサルタント黒川の稼げる仕入れ教えます-中国杭州(はんじょう)到着

空路中国杭州(はんじょう)へ到着。
降下すると空港周辺がよく見えます。

ケーキ屋を選んだ理由

学生時代に何になるか
誰しも悩むところだと思います

四無主義なんてことが言われている頃で、目標も目的もはっきりしない時代でした

サラリーマンになっても先は見えている

何か手に技術を付けて食いっぱぐれのないものが良い
できれば人を使い、レバレッジが効く商売が良い
時代がどう変わっても生き残れるものにしたい

ちょっと保守的な要望もありますがこんな感じ

時代の変化にかかわらず需要があり続ける
一番良いのは毎日消費し、無くてはならないもの

ライフライン系は、巨大なビジネス過ぎて参入云々考えるようなものではない

交通は必要かというと最悪歩けば済む、こもれば済む
エネルギーが枯渇すればそもそもアウト
石油ショックも経験しているので運送系は危険性が大きすぎると考えました
参入障壁も少なく競合も多すぎる

食に関するものが残り、生産は天候次第
税制が変わったり農政が変わればどうなるかわからない
流通も時代が変われば中抜きがきっと起きる

食を直接提供する小売店か調理関係が良さそう

中華屋・ラーメン屋・和食・洋食・・・
いろいろあるけれどどれも魅力に欠けました

なぜかというと、食事をする時間は集中しています
昼時の一時間半くらい
夕方から夜

これでは、席の回転数が限定されます
どれほど労力かけても客が来る時間が限定されれば売れる量が限定されます
持ち帰りなどは寿司など一部しかまだありませんでした
一人の客は一人前しか食べないからレバレッジが全く効かない
生産効率も設備効率も悪すぎる

あれこれ考えるうち、ケーキ屋とパンヤが思い浮かびました
ともに仕込みも含めれば一日中働くことができます
買う人は一人でも、家族分買っていきます
一人のお客様が複数人分買ってくださる、レバレッジが効く
昼や夕食時など時間が限定されない
一日かかって精一杯作ったものを長時間かけて大量に売ることが可能
しかも一人のお客様が複数人分買ってくださる
むしろ、一個だけは買いにくく、そういうお客様は滅多にいない

とても効率的です

あとは原材料と販売価格
ケーキは原材料費が高そうですが、スポンジもクリームも泡であって
かなり増量されています。
パンはかなりの重さがあり、減量の比率が高い。
しかも日本ではとれない高力粉が必須。
作るには何度も発酵工程があり生産効率も低い。
フランスパンなど早朝から焼いてそれを売る。
生産工程のレバレッジを効かせにくい。
ケーキならば、工場で作り冷凍して保存しているところさえある。
焼き菓子系なら一ヶ月あまり保存が利く。

原価率や商品のバリエーション、買われるタイミングの多さ
値段の高いもの(バースデーケーキやウェディングケーキ)などまでバックエンドもある

もっとも良いのが需要はあるのに供給が追いついていなかったこと
都内中心部でも全部の駅にケーキ屋があると言うほどでもなく
過当競争どころか、まだまだ足りていなかった
パン屋は山崎など大手が既に席巻していて作って売る小売店がやっていける時代は終わる頃だった。

そういうことを考えてケーキ屋を選びました。

十分考えたつもりでも情報不足。
ミスというか漏れもありました。

-一人でやるのは無理がある
 焼く人、仕上げる人、売る人が複数人欲しい
-職人のなり手がいない
-季節による需要変動が大きすぎる

どれも厳しく、はじめの二つは多少の努力では対処不可能
規模や必要資金が予想以上に必要
独立までに人を集めるために時間がかかりすぎる
知らなかったのですが当時は派閥のようなものがあって
その中で人を集める習慣が強かった
逆に言うと、早く独立しようとすると人を集める方法を失う

ケーキ屋になり調査していくともっと魅力も見つかりました
それは売り切る方法です
コージーコーナーさんは、今でも実践されています
あの方法を採用していれば、会社も倒産することはあり得なかったでしょう
また、社長の拡張路線でも修正を加えることで生き残れたかもしれません

ただし、生産側の能力の限界を超えてしまう問題もあり
おいそれと受け入れにくい方式でした

次回は、ケーキ屋から転職したメーカーの話し

ケーキ屋との別れの時

ケーキ屋は今で言えばパティシエ。
任せてもらえやりがいもあったし、自分で経営していくうえでの感触もつかめました。

しかし、経営を理解するにつれ社長と対立せざるを得なくなりました。

最大の対立点は売上・利益のアップ方法でした。

売上が不十分かつ利益が足りていませんでした。

社長は従来の方針通り、支店を増やす計画を立てました。
支店を増やせば売上は増えます。
単純な論理です。

しかしそこには大きな罠が待ち構えています。
それまでも十分な利益が上がっていません。
店舗によって大きな赤字を計上しているところもあります。

店舗自体を赤字にしないため、姑息な経理操作がされていました。
出荷した分、店舗から見れば仕入れ分を仕入れと見なさない。
売れた分だけ仕入れと見なし、売れ残りは工場に返すという方法。

書店の経営に似ています。

これなら人件費さえ抑制すれば、赤字にはなりません。

そして工場への発注量は売れる数量を大幅に超えがち。
いくら作っても赤字が増えてしまう体質を作り上げていました。

この状態のまま店舗を増やせば返品が増えるばかり。
見かけ上の利益は増えたように感じても本体の赤字幅が広がり倒産しかねません。

まずやるべきは、会計方法の変更。
店舗が無駄な仕入れをできない、かつ、販売機会を逃さない経営指導です。

社長は根っからの職人で、そういう話しは理解できませんでした。
どう試算しても半年は持ちこたえることができない。

対立も激化してしまったこともありますが、当時、ケーキ職人になろうという人材がなく
自分で店舗を持つという夢の実現性が低いこともわかり時間をおくことにしました。

その会社を退職させていただきました。

退職が切っ掛けとなり人件費も上がってしまいました。
恐ろしいほど安い給与で責任者と同じ仕事をしていたのですが
穴埋めできる人はそれなりの人。
人件費が高騰し赤字を広げることになりました。

退職から4ヶ月目で倒産されてしまいました。
本当に残念なことです。

売上よりも利益を見なければいけない。
簡単なことですがわからない人も多いようです。

部分的な数字よりも全体の数字を重視しなくてはならない。
これまた同じく勘違いし安い部分です。

売上を上げるには店舗を増やすのは有効で簡単な手段です。
しかし、出展費用もかさみ(イニシャルコストの発生)
店舗運営のための固定費もふくらみます(ランニングコストの発生)。

店舗追加は人手不足に陥ってしまいできなかったようです。
それ自体は会社にとって一時的な出費も発生させず、経常的な固定費の追加も避けられ
利益率の低下も避けられることになったはずなのですが、それでも持ちこたえられませんでした。

製造側の人件費というコストの上昇
返品率の高さという赤字要素を放置したことによる採算性の悪化
文句を言う人間がいなくなり、おそらくさらに店舗からのオーダーが増えたのでしょう
それに対して生産が間に合わず、販売機会の損失も多かったろうと予測しています
また、粗製濫造に陥り味の定価による客離れ発生も容易に想像できます

悪循環が発生し、あっという間の倒産だったのでしょう


着手するべきは、返品率の減少と効率的な販売です
売れ筋商品を伸ばし、廃棄を減らす工夫をする
ディスプレーの仕方や売り方の工夫が必要だったはず
たとえば、4個6個のケーキセットを作って個別に購入するより安くする。
売れやすくしておけば、商品点数を増やし購買意欲を上げるために
ショーケースに多品種のケーキを並べても返品になる率を下げられます。
売り切るタイミングを計り、セット販売をするだけでも廃棄ロスを軽減できたでしょう。
また、売れ残りを各店舗から回収し、売りやすい駅前店舗に集約して
それまでの閉店時間前後から格安で販売する方法もあるでしょう。
帰宅客を狙えば十分売れました。

職人の良くないところで自分より下のものの意見を聞くこともなかなかできません。

その会社の問題点と改善方法を毎日考えることはとても勉強になりました。
実践できるところまで信用を伸ばしていけるだけの時間的余裕があれば良かったのですが。
また、当時はわたくし自身が職人気質に過ぎ、説得するということを軽視していました。
これは後に大反省したところです。

次回は、なぜケーキ屋を選んだのかについて書いてみます。