悪性リンパ腫を患って -2ページ目

急変

11時に熱が上がり薬を飲んだ
昼過ぎは日も射して、昨日に引き続き体調が良かった
でも、時間が経つに連れ、外が寒くなるに連れ、腰の痛みが顔を覗かし始めていた


今日はそれに加え、内臓痛が酷くなった

お昼を時間ずらし食べて、一時間もしないうちに夕食
ただでさえ小さい胃になってるのに、食べようとしていた

胃が膨れる→近くの腫れている脾臓を刺激する→激しい腹痛

に加え、腸の方も張り続け痛みを出していた

夕食時、一気に体調を悪くさせ、横になりグロッキー…

わざわざ来てくれたけど、タイミングが悪かった
久しぶりに見る顔もあったのに

布団のなかで、うめいてると、看護師が来てくれ、

胃と腸の動きをよくする薬と、暖めた方が、腸の動きとかをよくするとのことで、ホットパックを腹にあてた

タイミング良いことに、七時過ぎ、さらに熱発

九時すぎまで薬飲んで効きが出るまで耐えるしかなかった

前は痛み止め、熱冷ましは自分の管理下で使用できたけど、

ここでは、それらの薬は管理され、みんなが来るとき調子いいかどうかはタイミング次第と言うこと
なるべく、元気な姿を見せたかったけど、ここに来てからはうまく行かない…

今日、一つの節目となる話が…

外科部長がきて、手術する日を決定する日を3/1にするという
手術は3/5以降…
手術の予定がそれまでぎっしりで、急いでもその日以降との話

腰の近くを通ってる大動脈があり、それに沿って絡み付くようにリンパ線がはしってるという
その複数箇所が1?p以上にも腫れ上がってるとのこと
腰の痛みもやはり、腫れたリンパが神経を圧迫してるとのこと

まず始めに腹腔鏡手術で、トライさせてくれとのこと、それが無理なら、腹を切るらしい

問題となってる大動脈周りの絵をみたけど、

こちらとしては、色々撮ったCT写真を見せてもらって説明して欲しかった

点滴を挿してるとこの血管が炎症起こしかけたりと、自分の体のなかで、何が起こってるんだろう

生活改善

昨日、放射能を体に入れる際、注入剤の量を決めるため、身長をはかった
この時に、真っ直ぐ立つことが出来なくなってる自分にショックを受けた

このままでは、リハビリとかしないと駄目になる…

今なら、自分なりにストレッチとかして、体が曲がらなくなったとこ、

伸びなくなったとこを、どうにか、しなくちゃと、焦った

今朝から、生活改善として、ベッド上でストレッチを始めた

麻薬の痛み止めの継続効果が作用してきたのか、

単に調子がいいのか分からないが、夜まで腰の痛みをあまり感じず、

歩行のリハビリも兼ね、ベッドの柵に掴まって、足踏みをしたり、少しの距離なら歩いたりした

点滴時、あれだけ刺しやすかった血管も、

この一ヶ月、体重、体力の低下と共に、点滴を刺すのも苦労する体になっていた

食事もなるべく全部食べるようにして体重増加をはかり、

しんどいときは、仕方ないが、多少元気なときは、

横にならずに過ごすことで、もしかしたら、お通じもよくなるかもしれないし、

そういった感じで生活改善しようと思った

その結果、快便とまでは行かないけど、そこそこのものが出た

昨日の検査結果の話の流れ上、ちゃんと問題箇所のリンパ組織を調べてみないとという雰囲気で、

今朝、造影剤CTを撮った

それらのデータをもとに、背中ではなく、お腹を開いて、

手術により、実際の状況と、組織の摘出をしたい方向で、外科と主治医で話し合ってるらしい

今の体力では手術に耐えられるのかとか不安になり、こうした行動に出た理由の一つである


窓から見える景色、ジャスコから中央公園まで幅広く見える
毎朝、通勤してた道も
近くて遠い世界、今はそう感じた

ここに来て、気付いたのだが、家のパソほとんど使わないから、

回線の契約、入院中は一旦、停止みたいなのは出来ないんだろうか

出来ないのであれば、解約するに、モデムとかの返却があるので、その辺は家族は分からないから、
出来れば一度、外出出来たらと思うんだけどな~

10年前のこの日と今

検査の日、やはりあまり寝れなかった

10年前の今日はインフルエンザの状態で、二人で籍を入れにいった

そして、10年経った今、病気の状態で迎えた

苦労をかけ、申し訳ない気持ちと、

最近は、自分のしたいことを我慢して、本当に一生懸命、頑張ってくれてる

正直、ここまでしてくれるとは思わなかった

本当は何かを贈りたかったが、何も出来ない今、
10年目のありがとうの気持ちを、手紙に書いた

息子への初めての手紙を書いた、この漢字は習ったんだろうか?

読めるかな?とか、思いながら、書いてると、涙が溢れた

今日来る、叔母、そしてバアさんにも手紙を書いて、一旦、引き出しにしまった
しばらくして、昼過ぎに、来るはずのバアさんが、10時前にやって来た

顔を合わせるなり、涙を流し、

おいらの手を握ってから、何も言わず、暫く握って泣いていた

しばらくすると、嫁、そして、叔母が、やって来た
10時半の開始予定だが、実際は12時前

検査室に行く前に、それぞれ、みんなに手紙を渡した
検査室では、今回実施するPET-CTの仕組み、手順、手順その他諸々についての話を聞いた

体に一年分の自然放射能に相当する放射物質を注射にて体内に入れ、

待機室というリラックス出来るような部屋で、

一時間安静に過ごし、そして、30分、全身撮影を行う

まぁ、今までやって来た検査ににてるけど、今の腰では、5分ともたない自信がある

ホットパック使用について、問い合わせたところ、使用しても良いとの返答
そして、実際に撮影する前に、新しいのと交換できるよう段取りしてくれるとのこと
すごくありがたい

待機室では、思ったよりも寒く、嫁が自分の分の毛布をくれたり、

腰が痛いときは摩ってたりしてくれ、見事な介護をしてくれた
介護を受けてる時間、ちょうど二人で婚姻届けを出した時間と同時刻だったのも
なんか、偶然のいたずらみたいなものに感じた

検査に入る前に、おしっこをしなければならないので、ようを足す

検査になり、撮影台に横になり、ホットパックの位置を確認する
バッチリだ☆

しかし、この後、誤算が生じる…

ベルトで体の幾つかを締め付けられた際、ホットパックの位置がずれてたのだ

この時は気付かず、15分後、地獄をみる

入れたときは予熱で、患部まで熱が届いていたが、それに気付いたときは、撮影の中間地点だった

どこまで、頑張れるか耐えてみた

とのくらいの時間が過ぎたのか分からない
でも、もう限界が来て、撮影には関係のない手で、手首から上で手を振った

が、出てくる画像に技師は夢中だったんだろう
すいませーんと、体が、ぶれないように訴えるも回線が今は活きてないらしく、

こちらに気付かず、時間が過ぎる

残り5分との技師からのアナウンスがあり、今だとばかり、「すいません」と、声をかける
今度は成功だ☆

痛みを訴えると患部の撮影は終わってるので、足とか動かしても良いとのこと
マジ、助かった~

12時に始まり、3時に終わった

検査が終わり、病室に帰ると、買い物に出かけるとのメッセージが

嫁は学校から息子が帰ってくるので、退散
見事な介護役だった

それから、二人が帰ってきて、ポータブルDVDを、慣れない土地で探し回ってくれていた

でも、あまりいいのが見付からなかったらしく、

相場を店の人に聞き、資金をプレゼントしてくれた

ちょうど発熱が始まり、しんどそうな姿を見るのが辛いらしく、それから間もなくして帰った

となりの窓際の人が退院した

いきなり、看護師が、窓際、空きましたけど、移動します?
と、聞いてきた
思わぬラッキーだ

もしかすると、入院の日、運よく窓際が当たったら良いな~とか、話してたのを、

例の看護師が聞いてて、それをおいら看護記録に、メモってくれてたのかな~
真相は謎だ

さぁ、移動しようとしたら、ほとんど配置が変わってる(汗
何かしないと気が済まないらしく、検査中に片付けてくれたつもりだろう

さぁ、どこになにが行ったか困ったし、空の紙の薬袋に、

薬がこの日は何時間もったとか、自分なりの体調メモを、

前の病院から記録してたのだが、ごみと思い捨てられたらしい(涙)

やっぱノート買っておこう
移動できたは良いが、色々と問題が…
むむう

検査は、明日結果を知らせてくれるらしい