ISUのお金の使い方 | siennaのブログ 〜羽生君応援ブログ〜

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羽生結弦選手の現役時代をリアルタイムで体験できる幸運に心から感謝しつつ、彼のスケートのここが好きあそこが好きと書き連ね、ついでにフィギュアにも詳しくなろうと頑張る欧州住まいのブログ主です。

またまたご無沙汰してしまいました。いつも訪問してくださる皆さん、お変わりありませんか?

 

1日も早くコロナが終息してほしいと願い続けてとうとう半年近くも経ってしまいました。夏真っ盛りです。日本列島は酷暑に見舞われているとのこと、連日の気温の数字を見て驚愕しています。こちらでは暑いとはいえ日は着実に短くなり秋の気配すら漂い始めています。例年ならシーズン開始に向けファンもとっくにアップを始めている頃。GPSはそのままの日程で開催という方針が発表されましたが、どんなフォーマットになるのやら。ワーキンググループは今必死に詳細を詰めているところでしょう。どうか選手の健康ファーストで、と祈りつつ続報を待つしかありません。

 

羽生くんはどこかで氷上練習や大学の勉強、そして体力増強や古傷のケアに専念しているのでしょうね。こうして待っている間、ファンとしては彼にポジティブな気だけを送りたいと思います!

 

というわけで、実は羽生くんの新プロが見られるまでブログもお休み〜という調子でいたのですが、今回はなぜかISUのお金の使い方について書きたいと思います。

 

なぜお金?

 

…読んでくださった方もいらっしゃると思いますが、去年の夏、「ISUの収入源など」という記事を書きました。その時はタイトル通り、収入源を知りたくて2018年の収支報告書などを紐解いてみたのですが、今回は先日のハーシュ氏のツイートがきっかけで「ISUのお金の使い方」について、自分の能力の及ぶ範囲(狭めかつ浅め・笑)で調べてみたくなりました。このツイートを見なければ、5月に2019年の年次報告書が出ていたことにも気づかないところでした。5月作成ということで、コロナの影響を反映している点にも興味をひかれました。

 

そのハーシュ氏のツイ、「各国連盟のスピスケ/フィギュアの試合開催をサポートするだけの財源がISUにあるかどうか?2019年の収支報告によると19年12月31日付の留保額(reserve)は2億9100万ドルだ。ISUについて色々言いたいことはあるだろうが、お金の運用がうまいのは確かだ」という内容でした。

 

2億9100万ドル=約308億円=約2億6500万スイスフラン(以下フラン)

 

そんなに持ってたのか!と今更ながら驚愕し、バランスシート(貸借対照表)を見てみると、確かに自己資本(Equity)は265'556'467 フラン(下図黄色下線部分)。ちなみに自己資本=これまでに積み立ててきた利益(Voluntary retained earnings)+ 当期分の利益(Net Income for the year)なので、1年でこれだけの利益を上げたとか、金が動いたとかいうわけではありません。

 

ISU 2019 FINANCIAL REPORTより

 

 

それにしてもすごい金額ですが、ISUは2017年に創立125周年を祝った歴史ある団体です。125年にわたり堅実な経営方針で資金を運用しマーケティングを展開しながら、競技を成長させてきた証といえるでしょう。そもそも創立時に何フランからスタートしたのかは不明ですが、フレディ・シュミードISU事務局長が18年総会のスピーチの中で、1996年当時のISUの財産について2700万フランだったと述べてくれています(総会議事録p.30)。そこを出発点とすると、昨年までの23年間、毎年平均約1000万フラン(約11億6000万円)の利益を計上し蓄えてきたという計算になります。

 

しかし、これだけの額のいわゆる内部留保があると、一部取り崩して使っちゃってはどうなのか、という考えが浮かびます。

 

実際、ISU内部でもそういった声はあるようです。16年総会の議事録によると、オーストラリア連盟のMark Lynchさんが「14、15年の利益は合計2,400万フラン。純資産が2億5500万フラン以上もある。ISUメンバー(各国の加盟連盟)に対する年間拠出金(ContributionあるいはC-Contribution)支出を年間300万フラン増額することもできるのでは」と発言しています。ISUの使命はスポーツを発展させることであり、銀行になって蓄財することではないだろう、と。

 

これに対し、シュミード事務局長は諌めるように次の通り回答しています。「明確で健全な投資的性格を持った具体的プロジェクトが検討段階にあれば、ISUの財産から限定的に一部を使うのはいいかもしれない。だが、ISUメンバーへの拠出金の増額に使うのは正しいやり方とはいえない」。そして「使った後の残りを貯金するのではなく、貯金の後の残りを使う」という哲学を披露したそうです(これが金持ちへの道か…)。

 

ちなみにこの自己資本、減らす方法は赤字にすることです。決算書には前年分も並記してありますが、18年は支出が収入を232714フラン上回る赤字だったので、その分だけ自己資本が減っています。赤字経営を続ければこの「財産」は減っていき、金の亡者ISU!などと悪口を言われることもなくなるのです。しかし、そんな経営方針がヤバすぎるのは言うまでもありません。そこんとこミスター堅実、シュミードさんはどう考えているのか。再び登場していただきます(18年総会議事録p29)

 

 

「…しかし、こういった富や安定は、いわゆる「集団思考」を引き起こす可能性がある。つまり、自分たちは不死身だといった幻想や過剰な楽観主義が生まれ、グループ内の軋轢を避け合意を形成するために、反対意見を積極的に抑圧するなど違った角度からの評価を放棄したり、なによりも外部からの影響を遮断したりするのだ。その代表格ともいえるケースが、「質の高いマネジメント」「安全性」「時間厳守」「信頼性」で知られる国で起こった。スイスだ。

 

スイス航空は1946から1980年代末まで、こういった徳を備えているという点で常にお手本だった。経営判断はリスクへの注意を怠らず、その甲斐あって同社は何度も「ベスト・エアライン」賞を受賞した。好決算の連発で信用格付けも高く、「フライングバンク(空飛ぶ銀行)」と呼ばれるようにもなった。

 

ところが、90年代後期には、浮き足立った同社経営陣に明らかな「集団思考」の症状が見え始めた。行き過ぎた事業拡大による負担に、98年のスイス航空111便墜落や01年の9/11テロを引き金とする不況といった外的要因が加わり、資産はまたたく間に価値を失い、01年10月2日のグラウンディング(飛行停止)に至った。スイス政府は国民の税金を用いて支援、同社をスイスインターナショナルエアラインズという新しい名の下に存続させようとするが、結局05年3月22日、ルフトハンザの完全子会社となった。

 

これは、一見堅実な財務状況が、いかに早く変化して惨憺たる結末を迎えうるかを示す一例だ。ISUは「滑る銀行(Skating Bank)」と呼ばれたいなどという野心は持っていない。しかし、不死身幻想の兆候や金融資産への依存度が高くなる傾向に注意を払い、スイス航空に起こったような問題を防ぐため、今後も慎重であり続けなければならない」

 

ISUの総会でスイス航空破綻劇への言及があったとは驚きですが、あのグラウンディングの光景から受けたショックは、いまだスイス国民の集団的記憶に鮮やかなのです。シュミードさんスイス人ですから…(そこが面白くてつい長々と引用してしまった)。

 

さらに赤字決算に対する考え方についても16年総会で彼がISUの基本的方針に触れた部分(議事録p72)があるのでこれもご紹介します。なぜ言及があったかというと、総会に提出する16〜18年予算が、そのヤバい赤字予算だったからです。

 

「…ISU理事会はこのような状況を踏まえ、2016-2018 年度予算については自己資本への剰余金組み入れを行わないこととした。一方で、厳しい現状や流動的要素を踏まえ、ISUが現在持つ自己資本は将来にわたり利子収入を保証する強固な基盤として保持していく方針だ。

 

自己資本の減額は、「自己資本の減少=利子収入の減少」という危険なスパイラルの入り口となりうる。

 

今回提出の予算は3年で合計約120万フランの赤字を計上しているが、この場合もし利子収入がなければ赤字額は1900万フランに上っていた。これはISUの財産(自己資本)の約8%分に相当する。

 

ISU の資本の減りと、それがもたらす利子収入減は、今後の会計年度においてもこういったネガティブなシナリオを加速させるだろう。

 

将来的に収入面でなんらかの不利な展開があれば、このダイナミクスは加速し、ISUの現行事業が継続の危機に瀕することもありうる」

 

というわけで、ISUの三大収入源「放映権」「スポンサー広告」「利子収入」のうち、1番目は全盛期に比べ激減、2番目も頭打ちとあっては利子収入の存在感は増す一方、ならばますます自己資本の重要な柱である金融資産は減らせないというところなのでしょう。予算を組む段階で事業収入ではなく利子収入を当てにするのは良くないが、いざという時たちまち路頭に迷わなくて済むよう、自己資本の充実は大事なわけです。

 

 

 

放映権料収入激減の図。放映権料と広告料の推移(2002〜2013)。04、05年に何があったのか

 

上記期間における収入総額の推移

 

 

そこへこのコロナ禍…。20年の決算書、想像するだに恐ろしい。この記事の冒頭で19年決算上に現れたコロナ対策について書きましたが、19年の剰余金は全額は自己資本に組み入れられず、500万フランが危機対策用引当金(決算書では想定外の危機に備えて、となってますが具体的にはコロナ対策です)として計上されているのです。どんなふうに割り当てられるんでしょうね。いずれにせよAI導入とかカメラの台数増やすとかいった、スケオタが望む方向での投資はしばらく難しそうな気が。そういった意味でも残念なことです。そして20年、21年の予算はどうなったのかな?総会が延期され、ワールド中止の影響も考慮しなければいけないため、19年決算の承認と同様、後日メール投票にかけられる予定だったのですが、まだ公表されてませんよね(キョロキョロ)?

 

…と、自分的に興味深く、調べるのも面白かったのでつい長々と書いてしまいました。しかし、何が面白いんだ、と問われたら、自分でも「はて、何が面白いんだろう」と思うしかありません(笑)。憶測で語るのが嫌いな性分なので自分で原典に当たって調べられるものはできるだけ自分で調べたいというのもあります。間違っている部分もあるかもしれません。そんな時はやさしく教えてくださいませ。なにはともあれ、最後まで読んでくださりありがとうございました!