後二日です。
5月9日 曇天
じっとしていても湿気を感じる季節になりました。
『吉原ロミオとジュリエッタ』は後二日を残すのみ。
お見逃しなく。
一昨日、劇団唐ゼミの主宰、中野敦之氏が観劇に来てくれた。
「古典の風格がありますね」
と、いつもの笑顔で話しかけてくれて、がっちり握手。
昨日は、演劇部の仲間、大手出版社で長く編集者を務めた50年年来の友人が
「ウェルメイドなんだね」
と、やっぱり笑顔で語ってくれた。
出演者に対しての誉め言葉もいっぱい頂いた。
僕も、本当に大したもんだ、と感心します。
『吉原ロミオとジュリエッタ』の頂点は二人きりの道行です。
一人の男の見事な死にざまを、引き金に、二人は疾走を始めます。
歓び、悲しみ、必死に語り合い、訪れる別れ。
しかし、そもそも別離が不可能だと悟り、心中を決意する。
世間から切り離された二人は、愛の祝福を謳歌し、狼となって舞台を駆け回ります。
そして、心中と向かい合います。
はっきり言えば無謀とも思える展開ですね。
15年前に書いた時のことは、あまり思い出せない。
それまで、劇団の中心にいた女性劇団員数名が事情があって抜けていった。
いわゆる一つの劇団存続の危機的状況だったかな。
ここは踏ん張らなければ、と残った若手劇団員で『ロメジュリ』やろうと決めました。
これまた、無謀な賭けですよね。
長い道行を書き終えて、インフルエンザになった僕は稽古場から消えました。
病床から戻ってくると、「これは長すぎます。お願いですから切ってください」と訴えられた。
これ何日か前のブログで書きました。
でも、やっぱり書き足したいことがあります。
ロミオ=丸山正吾、ジュリエッタ=シミズアスナが渾身のお芝居で舞台に降臨する。
バカバカしいほどの熱演で、熱気が凄まじい。
二つのエネルギーの塊が融合するかのようにスパークします。
今回僕が褒めて頂けるのも役者のお陰なんだ、とつくづく感じる次第です。
通し稽古を通して、ある現象を僕は感じ出ていました。
出演者全員が、道行に至る二人を見守る。
そりゃそうだ。二人しか出ていないのだから。
皆は見守るしかしょうがない。
しかし、そこには特別な関係性が生まれていました。
全員に表情に役者魂のような気迫が浮かんでいると、僕は感じていた。
固唾をのみ込んで、一挙一動を見逃さない眼差しが演じる二人を突き刺さっていました。
役者が役者に魅せられて、力拳を握っている感じかな。
『ロメジュリ』が迎えた歓喜と、それを演じる俳優が勝ち得た喜びが重なる時間がそこにはありました。
丸山・アスナの力量に感心しながらも、「いつかきっと」‥‥と思っていてくれたらうれしいですね。
エピローグはもう一つの山場でもあります。
15分間に全出演者がつづれ織りさながらに、繰り広げる絵巻物だな。
緊張から一転、ぶちあがる花火が連発します。
供物を捧げる饗宴の果てに、訪れる祝祭でハッピーエンド。
スーッと気持ちが晴れていきます。
あと三回。彼らなら今日のマチソワにきっと打ち勝ってくれるはずです。
頼んだぞ。
それじゃあ『すみだパークシアター』で待ってます。
折り返しです。
5月8日 曇天
窓を開けても、もわっとする熱気があります。
しかし公演終了後は寒かったりしますので、お客様も上着の注意お願いします。
昨日で前半終了。
芝居はすっかり落ち着いて、僕も安心して見守ることが出来ます。
初日からの変更点も出揃い、つまり完成形、ご堪能下さい。
アントニオ猪木に関しては昨日のブログで書きました。
昨日は僕も、挨拶時のパフォーマンスに少し落ち着いて取り組めました。
大勢のお客様、勿論中年以降の男性が中核となって雄叫びを上げて頂いた。
沢山の笑顔をチェックできて、万満足です。
アントニオ猪木、ありがとう。大好きです。
今回の公演『吉原ロミオとジュリエッタ』では、こんな声をよく耳にします。
「いつもより判りやすい」「まともなことを言っているんでびっくり」
最初は勿論出演者からの反応でした。
僕としては、褒められているのか、貶されているのか、微妙な感じもあります。
「イージー」って捉えられるのは悔しくもあります。
それに、「それだけ、いつもはハチャメチャって事なのか?」って感慨もある。
『セクシー女優事変』シリーズで僕が一番気遣ったのは下世話にならない事だった。
何しろ現代のセックスがテーマ、セックスを職業とした者たちが主な登場人物です。
下手すりゃ単なる風俗をなぞって、煽情的興味を煽るだけの作品になる。
「エロいな」って鑑賞だけで終わるのは、出演者の事を考えても許されません。
そこで僕は神話を求めました。神話は文字通り神世の物語。
ですから神話は極めて性的な世界です。
精神分析と凄い親和性がある。というか夢判断における『夢』的存在そのものです。
民族の抱え持った宿命=いわばアイデンティティの神髄、そのものと言っていいでしょう。
現代日本の状況:神話的世界:宗教に救いを求める心理
そんなものをるつぼにぶち込んで、ぐつぐつと融合させたい。
まあ、確かに分かりづらくはあるかな。
僕としては苦労もした。
しかし決して訳が分からない状態で臨んだ訳ではなかったし‥‥
思い切り突き刺さって貰えるかな、って期待がありました。
ただお客様にとっては面倒であったかもしれません。
『日常を憂さを晴らして、見るひと時の夢』が演劇だとしたら、ヘビーすぎる代物かも、です。
「いつもより判りやすくて、面白かった。楽しめた」
そんな感想はお客様からも聞こえてきました。
「決して置いてけぼりにはできない」
『吉原ロミオとジュリエッタ』の脚本書くにあたって、僕が注意した点です。
仇討ちだの、生類憐みの令とか、『埒外の者たち=被差別問題』などが背景になっている。
現代人の感覚では、理解する事が難しいのかも、とも思いました。
『首代』だなんておそらく聞いたこともない身分も大事なモチーフになってます。
それ何?って事的問題を抱えたままで、お芝居が進行すると迷子になりかねない。
そこで、丁寧に説明しなければ、って注力したつもりです。
その結果「判りやすい」って判断になったのでしょう。
劇団ドガドガプラスの応援団長的存在、最大の太客=谷町筋=S氏から朝メールが届いた。
昨日、御同伴されたお客様からの感想文がコピペされていました。
初めての観劇に際して的文言もあった中、主な内容は以下の通りです。
判りやすく楽しめた、2時間半の長丁場を演じ切る役者群に対する称賛でした。
大変ありがたかったです。
当初ドガドガは近現代の名作の贋作ってスタンスで船出した。
『人形の家』『舞姫』『伊豆の踊子』
踊り子がヒロインで華やかです。
『春琴抄』『金色夜叉』『問わず語り』『台所太平記』『赤と黒』『浅草紅団』『肉体の門』
『カルメン』『ロメジュリ』
どれもが名作です。そして時代がかった代物ばかりです。
当初の出演者からはこんな声もあった。
『昔の話がやりたいわけじゃない』
でも僕はかたくなにスタイルを守り通しました。
現代物を書くには僕ではおっさん過ぎるに違いない。
僕の使う言語=セリフじゃ、現代の若者を描けないだろう、と考えた次第です。
現在より過酷な時代、全力で生きなければ生き残れない‥‥
ギリギリの状態で生きている若者を描きたい。
そんな気持ちから離れることが出来ずにいた結果の作品群です。
地球的規模のコロナ禍や、世界各地から戦火が伝えられるようになった結果
ドガドガプラスは現代物にシフトしました。
出演者の皆さん大変だったね。
そして2026年春‥‥
迎えたのが今回の『吉原ロミオとジュリエッタ』なのです。
僕が、この二十年の中で感じている世間の変化は、いわゆる右傾化です。
これはどうやら日本だけの傾向じゃありません。
グローバルに対抗するためには、ナショナリズムこそが若者のアイデンティティなのでしょう。
マンガもアニメも時代劇も花盛り、全力疾走中です。
ジャパニズムはカッコいい。サムライは英雄です。
『吉原ロミオとジュリエッタ』が分かりやすい事はその影響もあるでしょう。
昨日上演後の酒宴で忠臣蔵が大いに語られた。
つくづく日本人のDNAに刻まれた物語なんだな、って思いました。
義士最後の脱落者=謎の人物毛利小平太を描くことが出来た。
江戸時代の光と闇のコントラストの象徴=浅草弾左衛門も一族に関しても
臆することなく、取り上げることが出来た。
ロメジュリ』という世紀の主人公ばかりでなく、
遊郭に生まれた一組のカップルも僕にとっては重要な存在です。
今日から折り返しです。まだまだお席はあります。
今晩7時に『すみだパークシアター』でお待ちしています。それじゃあ。
3日目です。
5月7日
昨日は、劇団初のマチソワを経験しました。
まあ、僕は座って見てるだけ。公演終了後の挨拶しかやることがない。
しかし、出演者はきつい思いをしてるんだろう、と思います。
マチネは大勢のお客様に来ていただけた。
しかし、ソワレは連休最終日の6時開演です。
50名強のお客様でしたが、大変温かな雰囲気でした。
丸山正吾、麻生金三、佐々木健による前々説から笑いが絶えない。
唄や踊りの度に起こる拍手、掛け声もいっぱい頂きました。
三回目ですから、すっかり芝居も落ち着きました。
「おもしろい」と言って頂けると本当にうれしい。
最高の誉め言葉ですね。
野島健太郎に関してはいろいろブログで書いてきた。
心に浮かんだ感情を、独り言のようにして披露できる。
ブログは、結構安定剤的要素もあるんだな、と感じています。
で、今回心に浮かんでいるもう一人の人物について書きます。
超大物、偉人と言っていい存在です。
それは英雄、アントニオ猪木、猪木寛治です。
台本に「元気ですか?」と書いていた。
それが何故かは思い出せない。
でもそれを、代役で読んだドガ初登場の真田林佳が「げんきですかー!」と叫んだ。
猪木は本当に凄い。20代の女の子にだって、浸透しているカリスマなのだ。
本役は劇団員の石川美樹だ。
急遽書き足しを図った。
「行けばわかるさ」「元気があれば何でもできる」「闘魂注入」
と、芝居付が始まる。するといつもと違う雰囲気が稽古場に生まれました。
40代から上の男性出演者から異様な熱気が生まれたのだ。
「そこ違う」「こうやってこう」
拳の握り方から腕の角度、厳しく温かい指導が飛ぶ。
若い連中にもこの熱は伝わる。
猪木がどれほど凄い存在だったか、語りはたちまち沸騰しました。
僕にとっても猪木は格別な存在でした。
東京ドームとかにも良く行ってました。
「いのき~」と声掛けする熱狂はいい気持ちだったなあ。
2022年10月1日、猪木は亡くなった。
難病に悩まされの寝たきり闘病だったが、やっぱり猪木は明るかった。
ニッコリにんやり、冗談をかま続け、悲壮感なし、本当に男の中の男です。
イランと掛け合って、日本人人質男を解放してくれた事もある。
何で国民栄誉賞を貰えなかったか、悔しい気持ちもありました。
いかがわしいプロレスを、真の意味でエンターテインメントに進化させた、世紀の天才です。
石川美樹の猪木追悼パフォーマンスが出来上がりました。
素晴らしい。一人、在り日の猪木の映像を見返して作りあげてくれたんです。
しかし、なぜだか肝腎の物が掛けていた。
あれほど盛り上がった稽古場で、夢中になった誰もが指摘しなかった。
或る意味永遠の謎です。少なくとも僕にとっては不思議でしょうがない。
初日の終演後の挨拶。
壇上に上がった刹那の事です。感謝の言葉を口にしよう、とした瞬間、急に思い出した。
というか「やらなきゃいけない」「ほかにないだろう」って感じでした。
命令のような感覚が僕を襲ったんです。これ嘘じゃありません。
「行くぞー、1,2,3、ダー!!」
僭越なのは、後から気が付いた。
あれこれ考える前に口走っていたわけですが、客席の皆さんは唱和してくれていました。
追悼というか、皆さんと共有したい。
自分たちの時代を讃えたい。英雄の伝説を語り合いたい。
今ではそんな確信を持つに至りました。
今後の公演でも、石川美樹のアントニオ猪木の茶番、必ずやります。
それから僕も、やっていこうと思います。
お客さんにあれだけ喜んでいただけたんだから、きっと猪木も許してくれると信じます。
今日は三日目。うららかな春。夜7時の開演です。
思いっきり時代を感じて欲しい。
『吉原ロミオとジュリエッタ』自信の出来栄えです。お待ちしています。
それじゃあ。