雨天決行 | 沖野修也オフィシャルブログ Powered by Ameba

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Kyoto Jazz Massive 沖野修也 Official Blog

人生
晴れの日もあれば、
雨の日もある・・・。

モントリオールの会場に着いた時、
そこには人が一人しかになかった。

厳密に言うと、
e-mailでインタビューをしてくれた
モントリオール在住のロシア人ジャーナリスト
だったから、
お客さんではなかった。

村上春樹の小説の
登場人物なら、
こう言うだろう。

やれやれ。

今回、
僕をモントリオールに
招いてくれたのは
DJでトラック・メーカーでもある
MOONSTARR。

「休日明けの火曜だから、タフ(難しい)だけど・・・」
と日本を出る前にメールを貰っていたが。

無理しなくってもよかったのに
と言ったら、
「OFF日になるより、少しでもギャラが入った方が
いいだろ?それに、こういう事がなければ修也には
なかなか会えないからね」と
ギグの前にいった
カリビアン・レストランで
彼はそう答えてくれた。

MOONSTARが僕のオープニング・アクトで
1時間回してくれたのだが、
それでも、来場者は10人程。
しかも
誰も踊っていない。

モントリオールに
来るべきだったんだろうか?

僕はそう思い始めていた。

11時に彼と替わる。
僕の事を紹介してくれたので、
歓声が上がるが、
こんなに淋しい歓声は生まれて初めて聴いた(笑)。

アトランタ、
凄かった。
シアトル、
狂っていた。
オタワ、
感動した。

そして、
モントリオール・・・。

僕は、訪れた都市で支持されている音楽の傾向を探る為に
最初の30分に色々なタイプの曲をかけ、
その中で、どの部分にオーディエンスが反応するかを
いつもチェックするようにしている。

MOONSTARRが
DRUM LESSONの
「STRINGS OF LIFE」で僕に替わったから、
デトロイトのジャジーなハウスで、始めてみる・・・。

徐々に観客は増えつつあったが、
やたらとソファーの多い店で、
皆が続々と着席してゆく。
満席(笑)と言えば聞こえはいいが、
ダンスフロアーは空っぽ。
席のない女の子二人が
やむなく踊り始める
といった始末だった。

僕のソロ、
「SHINE」をかけてみる。

あれ?

全く、機能しない。
あのTOKYO CROSSOVER/JAZZ FESTIVALでは
フロアーの
全オーディエンスを熱狂させた
キラー・チューンが、
だたっ広いフロアーに
虚しく響いている。

はっきり言って、
危機的な状況だった・・・。

フィンランドのインストゥルメンタル・ブレイク・ビーツ、
70年代のフュージョンっぽいNYディスコ、
イギリス産のファンキーなテクノ、
フィラデルフィアのソウルフルなハウス
をかけるも、
何にも
全く反応しない。

フロアーの真ん中で
やむなく踊っていた
女の子の二人組すらも
全然エモーショナルな感じがしない・・・。

僕は、
ひどく
ブルーな気分に襲われ、
モントリオールに来た事を後悔した。

いや、
モントリールに来た事は間違っていない。

着いた日には10時間も眠って
十分に休養を取れた。
MOONSTARRにも会えたし、
彼の案内で
美味しい食事も楽しめた。
それに、
とにかく最高の天候で、
まるでホリデー気分。
調子に乗ってついついレコードを買い過ぎてしまった。
しかも、地元のDJの家に遊びに行ったら、
彼がARCHIE SHEPPの知り合いで、
なんと電話番号とメール・アドレスを教えて
もらえたのだ!!!

僕は、ギグを断るべきだった。

まず、店か、MOONSTARRに迷惑がかかる。
絶対誰かが、フライト、ホテル、ギャラといったコスト
のマイナスを負担する筈だ。
僕は、自分自身がクラブのプロデューサーだから
どの国へいっても、
大体誰がいくら儲けているかという事が手に取るように
判ってしまう。

それに、
僕のファン(だったら踊ってくれても良いのだが・・・)も
傷つくだろう。
「私が好きな修也って、こんなに人気がないのね、
そんな人気のないアーティストを支持してる私って、
大丈夫かしら」
なんて風に思われてるんじゃないかと不安になる。
実に日本人的な発想だけど。

そして、
僕も落ちる。
19年も、DJやって来て、これはないだろう・・・と。

それでも、
僕は、
持って来た
50枚のレコードと100枚のCDに収録された
合計2000曲の中から
(CDには使える曲が1枚に10曲程度コピーしてあるので)
オーディエンスをインスパイヤーするものが
絶対に
何かある筈だと
懸命に
曲を
探した。

反応が
出たのは
SADEの「RED EYE」だった。

この曲は、
大ヒット「SMOOTH OPERATER」の12インチに
収録されている3分程のボーナス・トラックで、
プロモーション・ビデオにも使われていた
‘踊れるジャズ’。

僕は、「RED EYE」のプレイをある意味、
必殺技(笑)にしていて、
過去何度もこの曲に救われている。

遅れてやって来た人達と
踊る決心の着いた人達が
徐々にフロアーを埋めてゆく。
なんとか
形になりつつあった。

そこで、
この曲が
その威力を発揮したのだ。

しかし、
気を付けなければいけないのは
彼等が、
この曲の何処に触発されているか
という事である。

咆哮するサックスに?
それともパーカッシヴなリズムに?
あるいは、
SADE(誰も気付いてなかったと思うけど)
という意外性に?

ここから
僕は
何だってゆける。
プロだから。

でも、

ここで
その選択を誤ると
大変な事になる。
このチャンスは、
今夜
もう2度と訪れないかもしれないのだ。

オーディエンスのモチベーション
にせっかく火がついたのだから、
薪をくべないと・・・。

まるで、無人島で火を起こした時のような
気分だった・・・。

僕は、
冷静にダンス・フロアーを見回した。
CDJが表示している曲の残り時間は
2分しかない。

絶対に
この中に、
キー・パーソンがいる筈だ。

一番踊る気満々で、
ダンスが上手くって、
音楽に対してオープン・マインドな。

その人のヴァイヴレーションが皆に伝わり、
踊る事の気持ちよさが、
波紋のように広がってゆく。
そういう存在が、
必ずダンス・フロアーにいる。
僕は、そう信じているのだ。

それは、
彼女だった・・・。

多分、
ブラジル系?

観た事のないような美しいダンスで
ステップを踏み、
ターンしたかと思うと、
腰でリズムを刻みながら、
両腕で何かを描くように踊っている。

まさに、
踊りの妖精。

あまりの素晴らしさに
釘付けで
一瞬、我を失ってしまった。

残り時間は
1分30秒。

パーカッションのブレイクに突入。
彼女の動きが激しくなる。

これだ。

CDケースを大急ぎでめくる。
パーカッシヴでジャジーで・・・。

残り1分。

打ち込みか生か?
それとも・・・。

残り30秒。

4ビートへの展開で、
彼女の動きに若干かげりが見えた。
違うか・・・。

残り20秒。

レコード・バッグに手を伸ばす。
ない、ない、ない、ない。

残り10秒。

あった!!!
すかざず、ターン・テーブルにレコードをのせる。

5秒。
曲の頭を探す。

4秒。
声ネタで始まってるじゃないか!

3秒。
「RED EYE」のキメが終わるー。

2秒。
見つけたー。

1秒。
レコードを止めて・・・。

曲が終わったと同時にトライバルなイントロの登場に
場内がどっと湧く。
間に合った。
そして、
僕は、
何かを掴んだ。

実は、モントリオールの街を歩いていると
やたらとフランス語を耳にする。
それは、
かつてフランスの植民地であった(そうでしたっけ?)なごりと、
実際にフランスからの移民を受け入れている
この街の特性でもあった。
フランスと言えば、
アフリカ音楽が根強い人気を誇る国。
ならば、ここモントリオールでも、
似たような志向があるのかもしれない。
中古屋のオーナーが、
アフロ・オンリーのパーティーを開催しているという事も思い出した。

僕は、プレイの方向をアフリカ系のグルーヴにシフトする。

トータルで50人もいなかったけれど、
気が付けば、
ほぼ全員がダンス・フロアーで踊っていた。

心地良く踊れるスペースが皆に行き渡り、
思い思いのダンスで楽しんでいる。

ビジネスの事を考えないならば、
それは、クラブの理想状態でもあった。

確かに、お客さんは少なかったけれど、
イベントは成立している。
これでなんとかゲストDJとしての責任を果たせた
と思うと、
気持ちが随分楽になった。
ぬるくなった、ウォッカ・トニックも、
一気に喉をすり抜けて行く。

例の踊りの妖精は、フロアーのあちこちを点々としていた。
勿論、軽やかに、舞うように。

名前を聞けば、良かったかな。
でも、これがDJ稼業のつらいところ。
ブースを離れる事はできない。

1時半を回ると、徐々に人が減っていった。
閉まるのが2時だから、もう、エンディングに向かう感じだ。

皆が、帰る前にDJブースにやってくる。

「お会いできて光栄です」
「今まで聴いた中で最も素晴らしいプレイでした」
「必ず、戻って来て下さい」
「こんなにも色々な音楽が違和感なく繋がるなんて・・・」
「心からダンスを楽しみました」
面会の列が出来ている・・・。

こんなにも人が少なかったというのに、
こんなに多くの人々に話しかけられるとは。

凄く不思議な気持ちだった。

ちなみに、
いつの間にか、妖精は何処かに消えてしまっていた。

イベントが終わって、
客の入りが悪かった事を
MOONSTARRに詫びた。

「謝らなきゃならないのは、こっちの方だよ」
彼は、さらりとそう言った。

クラブのオーナーも僕のプレイを誉めてくれた。
「来た人は全員が楽しめた。次回は必ず週末にブッキングするよ」

こんなに人が少なくて、
こんなに清々しい気分になったのは
初めての事だった。

モントリオール。
やっぱり、間違いじゃなかった・・・。




人生には、
晴れの日もあれば、
雨の日もある。

でも、
雨だからといって
憂鬱になってしまえば、
それまで。

雨を楽しむ。
それも、
ありなんだ。

雲一つない星空の下で、
僕は、TAXIを待っている。

明日も、モントリオールは
快晴に違いない。