5分でわかる 〜ハリススクールの分析的政治学〜
こんにちは。症状も完治し隔離が解除され、無事冬休みを満喫しております。一時期、後遺症として味覚・聴覚障害が残っていて、感覚的には通常時の2割程度しか感じられず、ラーメンを食べても何ラーメンか味で判別できないレベルでした。後遺症が残らなくて本当に良かったです。さて、今日は秋学期の振り返りも兼ねて、ハリスのコアコースの一つであるAnalytical Politicsの内容をごく簡単にまとめてみようと思います。「公共政策大学院ってどういうことを学ぶのか?」「ハリスのコアコースってどんな授業?」というイメージが少しでも伝われば嬉しいです。約300分×9コマのうち、4コマ分程度を無理矢理まとめているので、色々ツッコミどころがありそうですがご容赦ください。【良い政策とは何か?】公共政策を考える上で最大の問いは、当たり前ですが「良い政策とは何か?」という点です。もちろん一義的な答えなどありませんが、複雑すぎる現実世界から一定の教訓を引き出していくために、幾つかの視点について考えていきます。視点1:規範理論「良い政策とは何か?」という問いは大きく二つにブレイクダウンできます。1良い政策とは、良い結果をもたらす政策である。2良い政策とは、正しい政策である。ここで、①の見方に立つのが功利主義(Utilitarianism)を始めとする帰結主義(Consequentialism)や、費用便益分析(Cost-Benefit Analysis)です。功利主義と言えば、ベンサムが主張した「最大多数の最大幸福」が有名ですが、すべての人間の効用を足し合わせた結果から政策の良し悪しを判断するということは、「お金持ちだろうが貧しい人だろうが男性であろうが女性であろうが、どんな人間であれ、一人ひとりを平等に見なして結果を判断する」ことを意味するので、ある意味平等です。また、定量的に政策の良し悪しを判断できるという点が魅力的です(もちろん効用をどう数値化するのかという問題はあるわけですが)。一方、政策がもたらす結果ではなく、政策自体の正しさという観点に着目するのがカントの主張する義務論(Deontology)やロールズの提唱する無知のベール(Veil of Ignorance)です。カントは、理性によって導き出される究極的・普遍的な道徳規則が存在すると言い、それに無条件に従うことが重要であると主張しました。また、ロールズは無知のベール(個々人が、自分の立場や特徴などについて一切知らない状態)においては、「自分が最も不利な条件で生まれ落ちた可能性」を考えて、社会秩序を選ぶだろうと主張しました。したがって、最も不利な条件で生まれた人にとって最大の利益となり、かつ格差が存在するとしても全ての人にその可能性があるような機会の均等を実現する政策こそが重要だと考えます。抽象的な説明だけだとわかりにくいので、フィリッパが提唱した「トロッコ問題」という有名な思考実験に当てはめて考えてみましょう。「トロッコが走ってきて、その先に5人が意識を失って倒れている。あなたは、レールを変えることができるが、その先には1人が同じく倒れている」という思考実験です。(上イメージはWikipediaから拝借)もちろん、①の功利主義からすれば、5人より1人が死ぬ方が全体の効用が高くなるので、レールを入れ替えます。一方、状況を少しだけ変えて、「ある5人の人間が死にかけていて、それぞれ別の臓器を必要としている。あなたは、街に繰り出して1人を殺し、5つの臓器を5人それぞれに移植すれば、その5人の人間を救える」という状況を考えてみましょう。同じく功利主義であれば、5人の人間を救う方がより高い効用を得られるため、一人の人間を殺すことが肯定される可能性がありますが、これはとてもグロテスクな帰結です。一方、義務論の立場では、人を殺すことは倫理的に許容されないので、5人を見殺しにすることになるはずです。このように規範的な議論については、状況によって説得的に聞こえることもあれば、先ほどのようにグロテスクな結論に至ることもあり、いずれも完璧ではありませんが、少なくとも複数の視点から考えることが重要であると言えます。もう一つ、定量的な考え方を取り入れた視点として、パレート最適という経済学の考え方もあります。視点2:パレート最適パレート最適とは、「誰の効用も下げることなく、誰かの効用を上げることが不可能である」ということを意味します。逆に言えば、何らかの政策によって、誰も損することなく誰かを得させること(=パレート改善)が可能である場合、その政策は基本的には誰も反対することはないはずですし、社会全体で見た効用を向上させることになります。U1~3は、ある人間1,2,3のそれぞれの効用を表し、x、y、zはそれぞれ政策を表します。この場合、政策yを採用した場合(赤枠)と政策zを採用した場合(青枠)の効用を比較すると、yからzへ移行することで誰も損することなく誰かを得させる(この場合は、1と2)ことが可能であるため、政策yはパレート最適ではないということになります。一方、政策xとzについては、政策を変更することで誰かが必ず損してしまうため、いずれもパレート最適であると言えます。パレート最適をより幅広く実現するには、まず全体のパイを大きくして、その後、分配政策によって損をする人に金銭などの補償を行うことで効用を移転するというやり方が有効になります。代表例が自由貿易で、間違いなく得をする産業がある一方、日本などでは安価な農作物の流入で一次産業が打撃を受けてしまうため、反対する人もいます。したがって、利益を享受する産業から税金などで一定の金銭を集め、一次産業従事者に補填をすることで、パレート改善を実現することができる、というのが経済学上の基本的な考え方になります。ただ、誰がどれくらい損をしているかはなかなか判然としないといった情報上の制約や、税金を集めて補償する行政上のコストが一定以上になると社会全体として結局損をしてしまう、といった課題も考慮することが必要になります。【どのような政策的介入を行うべきか】ここまで見てきた視点は、どういう政策が良い政策かというものでした。特にパレート最適は、論理的には誰も反対する人がいないはずで、特にパレート改善が実現できる場合は功利主義的な視点でも肯定されるという点で非常に強力な考え方です。しかし、何故、理想的な状態を実現できないか、具体的にどういう政策的介入を行えば、社会が良くなるのでしょうか。この答えを見つける手がかりとなるのがゲーム理論です。理想状態を阻害している何らかの社会的ジレンマ(Social dilemma)が存在しており、それを政策によって解消することが重要です。では、社会的ジレンマとはどのようなものがあるのか。そのためにはまず「ナッシュ均衡」を知る必要があります。ナッシュ均衡とは、全てのプレイヤーが自分の利得が最大になるように選択している状態であり、各個人はこれ以上自分の選択を変えるインセンティブを持っていない状態を指します。有名な「囚人のジレンマ」を取り上げると、「双方黙秘」であれば、自分だけ自白することで、1年の出所年数が0年になり得をするので、自白に変えるインセンティブがあります。「片方自白、片方黙秘」であれば、黙秘している側は自白をすることで出所までの年数を5年から3年に減らせるので、自白をするはずです。そして、「双方自白」の場合、3年で出所できますが、どちらかのプレイヤーが一人だけ黙秘に変えると出所に5年かかるということで損をしてしまいます。よって、「双方自白」の状態に落ち着くはずで、これがナッシュ均衡となります。もちろん「双方黙秘」であれば、「双方自白」に比べてパレート改善が起きますし、今回の数値設定上ではパレート最適かつ功利主義的にも最も望ましい状態でもあります。興味深いのが、協調問題(Coordination traps)と呼ばれる社会的ジレンマです。二人のハンターがいて、両方が協力すれば雄鹿(stag)を捕まえられるが、一人だと野ウサギ(hare)しか捕まえられないという状況を考えます。この場合の利得を数値化すると、例えば以下になります。この場合、ナッシュ均衡は(Stag, Stag)と(Hare,Hare)の二つとなります。いずれの状態においても、片方のみが戦略を変更する(ここでは獲物を変える)ことで得をすることはないので、いずれのハンターも戦略を変更するインセンティブを持たず、すなわちナッシュ均衡となります。もし、(Stag, Stag)の均衡に最初から到達すれば、パレート最適かつ功利主義的にも好ましい状態が実現されているため、政策的介入は不要ですが、(Hare,Hare)の場合は、いずれの考え方でも理想状態ではないにもかかわらず、個々のハンターはStagを狙うインセンティブを持たないというジレンマに陥っています。これが代表的な協調問題です。この場合、一度でいいので二人ともStagを狙うようになれば、あとは勝手にその状態が継続するため(なぜなら、(Stag, Stag)もナッシュ均衡なので)、一時的な補助金など短期的な利益誘導で十分です。一方、囚人のジレンマのような場合は、ゲームの構造上、「双方自白」のみがナッシュ均衡となっているため、何らかの一時的な政策誘導を行なって「双方黙秘」を選択したとしても、ひとたびその誘導がなくなれば、「双方自白」に逆戻りしてしまいます。したがって、パレート改善かつ功利主義的に望ましい結果を実現し続けるには、長期的にゲームの構造を変え続けるような政策的介入が必要になるので、補助金のような一時的な政策は適さないということがわかります。他にも、コミットメント問題(Commitment Problem)や外部性(Externality)の存在など、様々な社会的ジレンマについて、ゲーム理論で分析することで、どのような政策的介入がジレンマの解消に役立つのかをモデル化することができます。【Takeaways】・「良い政策」は一義的には定まらず、様々な視点から検討することが必要・ゲーム理論を用いることで社会に生じている非効率とその改善政策をモデル化できる-----------------ということで、とても強引なまとめでした。正直、この授業はハリス生にはあまり好評ではなかったのですが、構造的に社会の問題の源泉や政策のあり方を捉える良い機会になったので、個人的な満足度は高かったです。もっと深く、数学的なところまで含めて学びたい方は↓が教科書になりますのでご参考まで。炭素税など直近のテーマにも言及されていて、読み物としても面白いです。de Mesquita, Ethan Bueno. Political Economy for Public Policy. Princeton University Press.(https://www.amazon.co.jp/Political-Economy-Public-Policy-English-ebook/dp/B01EBE9B4G)