MMA業界の問題点: 契約に関して / 文化が違う?芸能界とも似てる? - 1 | SLEEPTALKER - シュウの寝言
(2008年9月28日に行われた戦極〜第五陣〜を怪我で欠場したホジャー・グレイシー選手。診断書を提出したが、当時「ホジャー選手は契約解除を含めた厳しい措置も考えています」と戦極側は発表した)
 
ここから試合をする際の契約書の話に入りたいところなんですが、その前にMMA業界における欧米と日本の文化、考え方の違いについて書きたいと思います。
 
まず選手の怪我または病気で試合が飛んだっちゃった場合。
これほど、欧米と日本とでバッサリと考えが変わる件も珍しいと思います。
 
これに関しての欧米のプロモーターやファンの感覚は、怪我や病気なら仕方がない、です。
 
プロモーターの立場からすると、その根幹にある考えはこんな感じです。
MMAというスポーツは命の危険があるというのを納得している。選手にはそんな覚書にサインして貰い試合をさせている。
(どの国の団体でも大体これは同じです)
それならプロモーターからしたら選手の練習中の怪我は十分に想定内だし、なんで怪我したんだ!?病気したのは健康管理がなってない!と怒って選手を責めるべきではない、なんです。
ですから欧米では診断書を出せとか、レントゲン写真を提出しろ、とプロモーターが選手側に要求するのは超がつくほどのレアケースですし、ファンの間から、逃げたんじゃないか?!のような意見が出る事も、一昔前と比べると今はほとんどないと言えると思います。
UFCでは選手が怪我した時にその診断書やMRI画像などを求められる事がありますけど、これは、保険の為と、今後の治療、または手術に関してズッファ社内のドクターたちが病院や医者を推薦または手配するケースがあるからであり、ファンや関係者への説明責任の為ではないんです。
 
私がこの業界で25年以上仕事をしてきた経験から言うと、選手が怖くなって逃げるということは、限りなく100%に近い確率で無いんです。
元々怖いのなら、そして自信がないのなら試合を受けませんし、それ以前に、怖い人とやれないみたいなメンタリティの人は、MMAで稼いで生活していこうとは考えないと思うんです。それに性格的、感覚的に怖いからやめますという思考回路の人は、プロを輩出しているチームの厳しい練習を乗り越えることはできないと思いますし…...
 
もちろん試合に対する恐怖心はどの選手でも持っていると思います。
それがケージやリングの中で出る事もあるでしょう。
下手したら大怪我するかもしれないんだから、それは当たり前の感情だと思うんです。
けどそれと、試合が、または対戦相手が怖いからキャンセルするというのとでは、全く別次元の話だと思うんです。
ですから「怖くなって逃げたのかな?」というのは、私からしたら、完全にど素人の意見なんですよね。
 
けど、これが日本だと若干違ってくるみたいです。
 
まず第三者という立場ではなく団体に雇われているドクターは、なるべく試合を成立させようとします。
時折、減量でフラフラになっている選手を、無理矢理体重計にのせて計量パスさせ、海外からは非難される事がありますけど、これは第三者機関から派遣されたドクターなら、まずあり得ないことだと私は思うんです。
でもオフィシャル・ドクターは、試合できない場合はダメな理由をちゃんと確認するのが業務なので、それをするのは当然だと思うんです。
ただここでもドクターのドクターとしてではなく、ファンとしての私見が入ることがあるんです。
それでもある程度は仕方ないとは思ってるんですけど、診断書が出ているのにレントゲン写真の提出が遅れただけで「(相手の)前回の試合を見て、打撃が怖くなったのかもしれないですね」と言ったドクターもいました。
これは欧米のコミッションが雇ってくるドクターからは、絶対にと言っていいほど出ない発言です。
自分の専門分野以外の事には口を出さないというルールに、こちらの人は慣れているので。
 
 
(2019年2月に行われたShoot Boxingの中継でも、2018年大晦日のRIZIN.14を欠場した事に関して謝罪したRENA選手)
 
少し話が脱線したので戻ります。
 
日本の場合は、怪我した選手は、リングかケージの中に入ってファンに謝罪しないといけないことがほとんどです。
試合を楽しみにしてチケットを買ってくれたファンに謝るぐらい当たり前でしょ!?という考えはわかります。
それに会場に来てくれたファンに姿を見せるのも、大切なファン・サービス。
そこまでは良いと思うんです。
これは日本に限らずアジアの大会でもよく見られる光景だと思います。
 
しかしこれも状況によっては、必要なのだろうか?と思った事もあるんです。
ここで一つ、実例をあげたいと思います。
 
これはもう存在していない日本のMMA団体で起きた話です。
 
ある選手が計量パスして前日記者会見にも出て、次の日やる気満々だったんですけど、その夜に食べたものが当たり、試合当日は嘔吐、腹痛、そして蕁麻疹まで全身に出てきたので、オフィシャル・ドクターの判断は、試合するのは無理、でした。
 
選手が試合当日病気になった場合はどうなるのか?
この時、団体側は誰一人としてこれを把握しておらず、関係者が慌ててその場で契約書を確認したんですけど、これが明記されてないことが判明。
そこで、アメリカではどうなんですか?と私に聞いてきたんです。
契約書を何度か読んでいた私の解釈は、怪我だろうが病気だろうが試合できない方の選手はもちろん、試合できる状態の選手も試合しなければお金は貰えない、でした。
けどアメリカでもこの場合は、病気になった方の選手への支払いはないですけど、ケージ(またはリング)に上がることのできる相手の選手には、ファイトマネーは支払われるものですよ、と説明したんです。
最終的に、ファイトマネーに関しては、アメリカと同じような対応になりました。
(注:アメリカだと、ギャランティだけが支払われて、ウィンボーナスが支払われるケースは稀です。ただ日本の場合は、ギャランティ、ウィンボーナスという形ではなく、勝っても負けても同じ額のファイトマネーという形の契約が多いので、このケースでは、単に「ファイトマネー」という言い方をしています)
これに関しては、団体側はとてもフェアな対応をしてくれたと思うんです。
 
けどこの後、なんで?と首を傾げたくなる方向に話が進んだんです。
 
病気になった選手は控え室でぐったりとしていたので、すぐに病院に行った方が良いというのがドクターの意見でした。
控え室にいた大会スタッフが運営責任者にトランシーバーでドクターの見解を説明したら、返ってきた答えは「それじゃ話にならない」でした。
この運営責任者が要求してきたのは、病気だろうがなんだろうか、とにかく入場はさせろ、そして、ファンの目の前に姿を見せて、そこで、なんで試合ができないのかをアナウンスしろ、だったんです。
「〇〇が、とにかく引きずりだせ!」と言っているんです、と申し訳なさそうに私に説明してきた大会スタッフの、憔悴しきった表情は今でも忘れられません。
 
この選手が出て試合しますよ、ということでスポンサーにも営業して、いろんな人に頭を下げてチケットを買って貰ったんだ、それなのになんでだ!?ファンやスポンサーに説明できないだろ!?この試合を楽しみに会場にきたファンにどう説明するんだ!?それならファンの前に姿ぐらい見せろ!
そう言いたいプロモーターの気持ちも、凄くわかるんです。
 
でも怪我や病気は不可抗力ですし、これはもう想定内、十分にありえる、を前提に初めから物事を進めていく方が、怪我や病気になった選手に怒りをぶつけよりも現実的だし、健康的なのでは?と私は思うんです。
それだけではないです。
怪我と病気の時は、速やかに代替えの選手を探すなど、決まったルールのもと淡々と処理するようにすれば、試合ができなくなってしまった方の選手に対して、一部のファンが行うバッシングも自然と少なくなるのでは?と私は思っているんです。
 
この時は運営責任者の要求に従い、病気の選手は、今にも倒れそうな状態だったのに長い花道を歩き、なんとかリングに入りました。
そこで初めて、病気で試合中止となる事がアナウンスされ、この選手は観客に頭を下げ退場したんですけど、これ、必要だった?と今でも思うんです。
そんなに試合ができない事が大きな大きな罪なのだろうか?
選手だって、好きで怪我したりとか病気になった訳じゃないですし、選手だって試合はして、お金と白星を稼ぎたいんだから。
それにこの選手の場合は、大会メインとかセミとか大会内で重要な位置づけの試合という訳でもなかったんです。
 
マネジメントとして、あの時は運営責任者の要求を断固として拒否し、すぐに病院に連れていくべきだったのではないか。
私にとっては、今だにそんな後悔の念が拭えないのがこの一件なんです。
 
次回は、試合するまでの契約の流れ、そして、日本のMMA団体と海外のMMA団体との根本的な契約の違い、そして契約に対する考え、文化の違いに関して、私の思う所を書きたいと思います。
 
私が今まで見てきた数々の契約書の中で、この怪我(または病気)が理由で試合がなくなった時のペナルティ項目に関して、びっくりするものが多々ありました。
まずはそれについて書きたいと思います。
 
そしてこのペナルティに関しては、日本の芸能界でタレントが署名、捺印をさせられる契約書または覚書と似たような疑問点を私は感じてるんで、その事についても触れたいと思います。
 
 
MMA業界の問題点: 契約に関して / 文化が違う?芸能界とも似てる? - 2 >>
MMA業界の問題点:アスレチック・コミッションに関して / 〇〇によりけり>>