加護野忠男著『企業のパラダイム変革』という書籍を紹介する。
パラダイムとは、企業内の人々に共有された世界観、ものの見方であり、共通の思考前提、思考の枠組み、方法論のことです。人々が共通に抱いている、企業と外界についての基本的なイメージだと言ってもよいものです。戦略は、パラダイムをもとにして創りだされ、実現されます。パラダイムは、企業内の人々の戦略発想の共通の土台となり、戦略創造を促進する働きをします。しかし、時には、このパラダイムが、人々の思考を制約し、有効な戦略構想の創造の制約となることもあります。その時には、経営戦略の基礎にあるパラダイムの転換が必要になります(18頁参照)。
「大きな船は、そんなに簡単には向きをかえられないのですよ。特にスピードが落ちてきた時にはね」。成熟した大企業の経営者や管理者が、企業の戦略転換の難しさを説明する時の典型的なメタファーです。企業は、すぐに変えられない慣性力をもっています。慣性力は、一つの原因だけから生まれてくるものではありません。装置産業では、巨大な設備そのもの存在が変化を難しくするという側面もあります。しかし、加護野忠男氏は、企業の慣性力を生み出すもっとも大きな克服の難しい原因は、人々の観念、意識にあると述べています。人々の気持ちと言い換えてもよいものです。物的な資産は、その気になれば、不良資産として償却できます。物理的にも破棄できるし、帳簿の上から消し去ることもできます。問題は、人々の意識であり、気持ちなのです(98頁参照)。ほぼゼロの状態から様々な資源の不足を克服し、新たな経営のパラダイムを創ることは極めて難しいです。しかし、すでに確立されたパラダイムを捨て、新たなパラダイムを創ること、つまりパラダイムの転換は、さらに難しいものです。新しいパラダイムの多くが、中枢の企業ではなく、辺境の企業によって創られているという事実は、その難しさを暗示しています。新しいパラダイムの創造ということに関する限り、中枢企業は、辺境の企業以上のハンディーを背負わされているのです。すでに出来上がったパラダイムをもっている企業を変えるより、新たにゼロから企業を創る方が簡単だと言えるかも知れません。すでに確立されたパラダイムを自ら創造的に破壊することは極めて難しいのです。しかし、これからますます激しくなる市場の弁証法的な発展に対応するには、既成の企業もパラダイム転換は難しいのだと諦観しているわけにはいきません。自らのパラダイムの創造的な破壊を続けなくてはならないのです。日本でもパラダイム転換に成功した企業が、いくつか存在します。自己革新をはかり、企業パラダイムの革新を達成したのです(128頁参照)。
パラダイムを会社全体に広め、波及させるには「テコ」の存在が必要です。企業パラダイムは、突出した範例の出現をきっかけにして変わりはじめます。この範例の出現を境にして、パラダイムの転換プロセスは、前後二つの時期にわけることができます。前半は、範例の出現を促進する条件をつくり出すプロセスであり、それを加護野忠男氏は、ゆさぶりのプロセスと呼んでいます。これは、企業内部の色々な部署に、問題、矛盾を創造するプロセスです。この段階での主役は、トップです。パラダイム転換におけるトップは問題解決者ではなく、問題創造者としての役割をはたします。その中で、特に大きな矛盾に直面した部署から、既存のパラダイムをいつの間にか超越するようなアイデアと、それを体現するような具体的な商品が生み出されます。これが範例の創造です。これがパラダイム転換の中核となるプロセスです。この段階での主役は、トップではなく、むしろ上層部のミドルです。範例の出現に続いて、それを「テコ」にして、新しいアイデアが、企業内に波及し、それが徐々に制度化されるというプロセスが続きます。これが後半のプロセスです。パラダイム転換は、ゆさぶり→範例の創造→波及・制度化というプロセスをたどって行なわれていると言えるでしょう(139頁参照)。
パラダイム転換は、ミドルだけでも起こらないし、トップだけでも起こりません。企業パラダイムを革新するためには、トップとミドルの連携が必要です。その連携をうまく行なうにはどのような方法がありうるかを加護野忠男氏は考えています。そのためには、パラダイム転換のプロセスを、前後二つのプロセスに分けて考えます。一つは、範例が創造されるまでのプロセスであり、もう一つは、範例が創造されてから、それをテコに変化を促進させるプロセスです。前半のプロセスでは、新しい物の見方、イメージをつくるという、精神的な活動の側面がより重要です。加護野忠男氏は、この側面を、認識の側面と呼んでいます。それを促進するには、企業の認識論ともいうべき視点が必要です。後半のプロセスでは、人々を動員する、動かす、変化を煽るという側面がより重要です。企業の運動論ともいうべき発想が必要なのです(152頁参照)。
人間でも企業でも固定観念を変えることは非常に難しいことです。しかし、真実を見るには、間違った固定観念を捨てなくてはなりません。企業も環境に適応するため、パラダイムを変革せねばならないのです。