平成20年10月22日、レイ・カーツワイル著『ポスト・ヒューマン誕生』という書籍を読破しました。まるでSF小説のような書籍だと思いながら読んでいました。しかし、かつて、アストロボーイ(鉄腕アトム)をテレビで観た少年少女は、荒唐無稽な夢物語のように思っていましたが、携帯電話、高層ビル等々の現在の社会生活を見ると、鉄腕アトムの世界が現実化されていることに気づきます。レイ・カーツワイル氏は、現在の技術水準、技術のトレンド(傾向)等々を考慮した上で予測しているのでしょうから、今後、このような社会が訪れるのかも知れないと考えました。
レイ・カーツワイル氏は2045年に人類が特異点に達し、新たな次元の世界が訪れると予測しています。生物およびテクノロジーは六つのエポックを経て進化します。エポック1は物理と化学の時代。ビックバンから数十万年後、陽子と中性子からなる核のまわりの軌道に電子が捕らえられ、原子が形成され始めました。エポック2は生物の時代。炭素ベースの化合物はますます複雑化し、分子の複雑な集合体が、自己複製機構を形成するまでになり、生命が誕生します。エポック3は脳の時代。パラダイムシフトによって情報を進化させ、さらに高い間接的な進化の水準へと到達します。エポック4はテクノロジーの時代。理性的で抽象的な思考という授かり物と、他の指と向かい合わせになった親指とを組み合わせ、人類は、間接的な進化の次の水準に達しました。すなわちテクノロジーが人間の手で作られました。単純な機械に始まり、精密な自動装置へと発展しました。ついには、複雑な計算通信装置ができ、テクノロジー自体が、情報の精巧なパターンを感知し、保存、評価することができるようになりました。エポック5はテクノロジーと人間の知能の融合の時代。100兆の極端に遅い結合(シナプス)しかない人間の脳の限界を、人間と機会が統合された文明によって超越することができます。エポック6は宇宙が覚醒する時代。人間の脳という生物学的な起源を持つ知能と、人間が発明したテクノロジーという起源を持つ知能が、宇宙の中にある物質とエネルギーに飽和するようになります。知能は、物質とエネルギーを再構成し、コンピューティングの最適なレベルを実現し、地球という起源を離れ宇宙へ、外へと向かうことで、この段階に到達します。レイ・カーツワイル氏はエポック5の段階から特異点に入ると述べています。
特異点の到達を可能とする技術に、GNRを挙げています。Gは遺伝学、Nはナノテクノロジー、Rはロボット工学です。ムーアの法則に見られるように、技術は収穫加速の法則に基づき、指数関数的に成長します。それぞれの技術も指数関数的に進化し、それぞれの技術は融合し、新たな次元を切り開くのです。私も大学時代からバイオテクノロジーが社会の発展において重要な位置を占めると思っていました。遺伝学の医療への利用が癌などの病気から人間を解放することになるでしょう。「M:I-2」という映画や「ブラッディ・マンディ」というドラマで生物兵器が用いられていますが、悪性の細菌やウイルスなどが人類における最大の恐怖のひとつになってきます。最近、中国で起こったSARS(重症急性呼吸器症候群)の恐怖は記憶に新しいところです。生物兵器に対する対策として、RNA干渉というものが注目されています。RNA干渉は、特定の遺伝子のmRNAの働きを抑え、その遺伝子が発現しないようにすることで、蛋白質を作らせないようにできるのです。ウイルス性疾患、癌やその他多くの疾患は、その発症過程の重要な局面で遺伝子発現を利用するので、RNAiが画期的な技術になります。RNA干渉の技術が生物兵器対策、治療技術の向上に多大な寄与をする可能性があります。
また、最近、地球温暖化などの環境問題において、CO2排出を減らす環境運動が盛んです。C、つまり炭素は人体に10%近く含まれる元素です。有機化合物を形成する重要な元素でもあります。CO2の排出を減らすことだけではなく、排出されたCO2を利用する方法を考えることの方が生産的に思えます。この書籍にもCO2の活用について、「大気から取り出した二酸化炭素(CO2)から、ナノマシン用の炭素を供給することができます(314頁)」と書いてありました。CO2をCとO2に分解し、炭素、酸素ガスそれぞれを有効利用できる技術を開発することこそが最重要なのではないかと思います。
グレー・グー、ブルー・グーについて記載され、ナノテクノロジーの進歩によりナノボットが開発されます。ナノボットという超極小ロボットが体内に入り、病原体と癌細胞を破壊し、DNAを修正し、老化作用を逆転させようとします。ナノボットを医療に活用しようとするのです。ちなみにナノボット製造の基本設計では主要な構成要素として炭素を使います。この書籍でも記載されてありましたが、私もナノサイズの装置はとんでもなく小さいため、量子効果のせいで位置が定まらないのではないかという疑問を持ちました。書籍では不確定性原理は取るに足らないものだと書いてありますが、本当にそうなのだろうかという疑問が残りました。また、体内でナノボットが原子核、原子、分子の熱振動の絶え間ない攻撃にさらされる問題点も指摘されていました。書籍では問題の解決法が記載されていました。私の中では体内に遠隔操作できるナノボットを入れて治療するという方法には抵抗があります。アナログとデジタル。デジタル化によって、数値化されるため、制御しやすくなり、管理しやすくなります。その反面、体内に遠隔操作できるナノボットを入れるということは、その人間自体を支配することになるのではないかという懸念が残ります。麻薬よりも恐ろしい人間への拘束、支配の可能性を秘めたものだと思います。科学を利用した奴隷制度の誕生を危惧します。
生物的知能と非生物的知能の融合を経て、非生物的な知能が社会を支配するようになるそうです。その前に、脳をスキャンしてアップロードすることができるようになる過程を経ます。簡単に言えば、脳の中に刻まれた人格、記憶、技能、歴史をコピーし、他の人の脳に挿入することができるということ。そうなると、今、私が一生懸命、書籍を読んで勉強している努力は無駄な努力になります。書籍を読まなくても、書籍の内容を直接、インサート(挿入)すれば済むからです。脳内のシステムを考慮すると、脳のアップロードも可能に思えます。脳内では信号が行き来して思考しています。その仕組みは、一般のシナプスではシナプスに信号が到達すると、そこに伝達物質といわれるごく微量の物質が分泌され、その物質によって接触している神経細胞膜の透過性が変わって、部分的に外側が(-)、内側が(+)となり、そのために細胞膜を横切って刺激電流が流れます。その刺激電流によって細胞膜全体の透過性が一挙に変化して、“全または無の法則”に従って細胞が興奮し、神経線維の方に伝わっていくというものです。その仕組みを理解していれば必ずしも不可能ではないと思いました。しかし、脳のアップロードが可能になった場合、自分は何者で、何のために生きているのかという哲学的な根本的な問題にぶち当たります。
技術の進歩により、生物的知能から非生物的知能へと移行する記述を読み、ひとつの疑問が湧きました。肉体労働のほとんどが機械に取って代わり、さらに知的労働が非生物的知能に取って代わられるようになります。一方、人間は、労働の対価として賃金をもらい生活しています。労働が全て非生物的な創造物に取って代わられた場合、人間は何を提供して賃金をもらうようになるのでしょうか?確かに、技術によって人間の生活が楽になり、便利になることは歓迎すべきものです。介護に関しても、介護士が機械を使って、高齢者の身体を楽に持ち上げられたりすれば介護労働の負担は軽減します。私も豊かな社会は技術進化によってもたらされるものだと考えています。しかし、人間が生活できなくなるような技術進化であれば、何のための技術革新なのか分かりません。非生物的な創造物によって、人間の労働が奪われ、人間自体が生活をできなくなってしまっては意味がないことになってしまいます。人間のための技術進化でなくては意味がないのです。
技術の進化は、社会に恩恵をもたらしますが、その反面、新たな脅威をもたらします。GNRの進歩が人間を病から解放し、快適な生活を提供してくれますが、生物兵器の進化、ナノボットの暴走などの人類の滅亡をも引き起こしかねない大きな潜在的な脅威を出現させます。技術が進歩すればするほど、人間の道徳観、倫理観が大切になってくるのです。キューバ危機時のアメリカとソ連の決断。核戦争の回避により、人類の安全がはかられました。全人類を滅ぼして余りある水爆が存在する現代において、技術の運用への重要性は高まっています。技術が進化すればするほど、人間の良心と運用方法が重視されてきます。技術の進歩と人間の道徳観、倫理観の重要度は正比例するのです。技術開発と共に、人間性の教育を推し進めなければ、将来の世界が悲しい結末を迎えかねないのです。
この書籍は約600頁ありますので、まだまだ、たくさん教えられた記述がありました。技術の進化と共に人間社会も進化し、相互進化しながら、快適で実りある社会を創造していくことの大切さを感じました。キューバ危機を回避したように、人間には道徳観があり、叡智があります。きっと人間や生物、地球、宇宙のために技術を利用する社会を創造し続けてくれることでしょう。もう後戻りはできない段階まで来てしまっているのですから。