どうも~!
おかちゃんです!
今日は夏休み明け二回目の学校。
OCでお世話になったゆかりさんに昼休みはあって少しお話しました
ゆかりさんも夏休みインドに行っていたということで
お互い、つもる話もありましたが・・・
また今度ということで!
そんで久しぶりにあうみんなには黒っぽくなったとか熊っぽくなったとか言われますw
ふぁっきーんw
どんまいですねw
そんなこんなで東南アジアカンボジアを中心にとまた一つ思ったことを書いていきたいと思います。
part1~タイ編~はこちら
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カンボジアではまだ最近まで内戦が起きていた。
その爪痕はまだ生々しく残っている。
知識を奪われた人
足を奪われた人
腕を奪われた人
命を奪われた人
多くの人々が今も尚、苦しんでいる
カンボジアでは多くのことを考えさせられた。
カンボジア偏ではカンボジアに対するイメージとともに
3つのことについて書いていこうと思う。
カンボジアという国のイメージは建造物、
アンコール遺跡を中心とする遺跡群というイメージがやはり強い。
たくさんの遺跡がある中でやはりアンコール遺跡群というのは本当に感動。
自分はあまり建築物に対して心奪われることはないんだけど
アンコール遺跡の自然と文明に調和には感動させられた。
やはり世界に誇るカンボジアの宝である。
そんなカンボジアの宝の中にも内戦時代のことを思わせる光景はたくさん残っている。
一つの歴史的建造物の中に
二つの歴史の陰が伺える。
顔のとれた石像。
倒された建物。
そんなカンボジアの歴史について1つ目は書いていこうと思う。
カンボジアで起こっていた内戦は1980年近くまで起こっていた。
つい30年前の出来事である。
先ほども書いたが遺跡を見ていると
本当に多くの首を切られた石像が目に入る。
それは内戦下での石像の頭を切って売ることで約100ドルの収入になったという。
軍人たちは自分たちの国の宝を傷つけていくしかなかった。
クメール文明の中に残された内戦の傷跡がちょっと悲しい
だけど、おれは残していくべき歴史の片鱗だと思う。
プノンペンではこれも内戦時代に多くの死を生み出した場所を訪れた
キリングフィールドとトゥールスレーンである。
どちらも戦争の傷跡を色濃く、そのまま残している建造物。
あんまり好きじゃない。
とっても冷たい空気だった。
たくさんの方がこの場所で命を失った。
そんな場所がそのまま解放されている。
大切に残していく必要がある。
とてもいい経験ができた。
カンボジアの子どもたちがこの資料館を見に来ていた。
なんか沈んだ気持ちが少しはれた気がする。
自分の国の歴史を一生懸命に学んでいる子どもたちを見てたら
この国に期待できる光のような物が見えた。
シェムリアップでは地雷博物館がある。
今回は行けなかったのだが
ゲストハウスで読んだ「密林少年」という漫画で
その博物館を建てた館長さんのアキラさんというカンボジア人の人生について書いてあった。
若い頃には軍に配属されたくさんの地雷を地面に埋めてきたという。
しかし、内戦は終わり地雷を埋める必要はなくなった。
彼はそこから自分の生きる意味を初めて考えたのだという。
そこでフリーの地雷除去のボランティアを始めたのだ。
集まった地雷を博物館にしてみんなに展示している。
彼に職業を聞くとこう答えるという。
「人」
自分で人生は選択していけるんだ。
「人」は自由に生きていける。
そんな思いが込められた一言。
暗い歴史を抜けて
歴史を学んでいる人がいる。
歴史をつないでいる人がいる。
そんなカンボジアのこれからにおっきい光が見えたような気がする。
つづく




