イスタンブールの夕暮れ
215日目。
気付かぬうちにすっかり長居してしまったイスタンブール。
滞在日数を数えてみたら15日で、短期滞在型のおれにとっては非常に長く、もちろんこれまでの最長記録です(いや、もしかしたらバンコクといい勝負かな・・・)。
滞在最終日に当たる昨日の夕方、夕陽を見にアジア側のユスキュダルへ行って来ました。
乙女の塔へ向かって歩いていると、早速こんな光景に遭遇。
これは幸先がいい。
乙女の塔が到着18時50分頃。あと20分ほとで日没というところか。
ここでも釣り糸を垂らす人多数。
そしてついに日没。
雲ひとつない空で、ボスポラス海峡の向こうに沈む美しい夕陽を眺めることが出来ました。
ここからは日没後、刻々と変わる空の色をご堪能ください。
鮮やかなグラデーション、特にバイオレット色のあたりが本当にきれいでしたv
これでイスタンブールに一切の悔いなし。
約2時間後の15時半頃に宿を出て空港へ向かい、20時半のフライトでレバノンの首都ベイルートへ発ちます。
それにしてもひさしぶりの飛行機・・・怖い![]()
中秋の名月
213日目。
日本では十五夜。
まん丸お月様が見られましたか?
韓国では年2回の大型連休が旧正月とこの満月の頃(旧暦の8月15日前後)で、その年の豊作に感謝するとともに、来年のお祈りをするんだそう。
ここトルコでもきれいなお月様を見ることが出来ました。
まずアヤソフィアと満月。
右のあっかるいのがお月様!さすが、強烈な光です。
噴水とアヤソフィア。
ナイスビュー。
続いて噴水とブルーモスク。
さて中へ。
モスクの左肩に満月!
接写。
ほんと明るい。
もっと高く上がったところが見たかったんだけど、21時半前には閉館。
警備員に追い出されるまで粘り、最後だれもいないモスク。
普段は参拝客と観光客でごった返すモスクも、無人で静まり返り、いつにも増して厳かな雰囲気。
ブルーモスクを出ると、目の前の広場のステージで生演奏が。
まん丸お月様の下、初秋の涼しい風に吹かれながら、ジャズに酔いしれる夜でした。
トルコの次はさてどこへ・・・
213日目。
しほと2週間トルコを廻り、チャンと再会してから早1週間。
特にこの1週間は黒海沿いの街「シレ」に行った以外イスタンブールから離れることもなく、観光もそこそこにしばしのんびり過ごして来ましたが、今朝チャンの奥さんが到着され、彼らも数日中にはまたどこかへと旅立っていくのでしょう。
いまの宿に来てからまだ4日目ですが、その間にもたくさんの人たちが思い思いの場所へと出発して行くのを見、
「うーむ、そろそろおれも動かねば」
とは思いつつ、次はどこに行こうかと悶々と悩む日々をおくってきました。
元々のルートでは、トルコの次はシリア。それからレバノン・イスラエル・エジプトと中東からアフリカへ下る予定でしたが、ご存知のとおりいまシリアではあちこちでドンパチ騒ぎが起こっており、外務省からは退避勧告。
それでも入国可能との未確認情報もありますが、そんなおっかない国に行くつもりはさらさらないので、どうしたものかと。
代案としては、
a. 東欧に行く
b. シリアを飛ばしてレバノンに飛ぶ
c. その他に飛ぶ
くらい。
東欧もよさそうだけど、これからどんどん寒くなる季節なのと、まだヨーロッパならこの先行こうと思えば行けそうなので、aは却下。
bの場合、レバノンと国境を接しているのはシリアとイスラエルだけで、イスラエルとの国境は両国の関係上未開放、シリアは上記の通りなので、いわばいまレバノンは「陸の孤島」状態。
ここに行くのも出るのにも飛行機か船等の手段が必要になり、コスト高。
cにするとしても、ヨルダン・イスラエルは見たいので、シリア・レバノンを飛ばしてヨルダンに飛ぶことになる。
そこでbとcのフライトを検索してみると、
b. イスタンブール→レバノン→ヨルダン(フライト2本)
c. イスタンブール→ヨルダン(フライト1本)
が、なぜかどっちにしてもほとんど同じ金額。
「だったらより多くの国を見られた方がいいじゃない」
ということで、案bに決定。
さっき勢いで飛行機を予約してしまいました。
9月14日(水) 夜20時発のイスタンブール発ヨルダンのベイルート行き。聞いたことのないトルコのLCC、ペガサス航空。
その名に偽りがなければ、まぁきっとうまく飛び立ってくれるでしょう。
ということであと2日後の出発が決まりましたv
んーレバノン・・・。まず響きがいい。
遺跡もいいけど、ひさしぶりに山が見たいな。どんなところなのか、請うご期待^^
世界遺産#22 イスタンブール歴史地区(トルコ)
210日目。
まずご報告。
この2週間、完璧に「バックパックの中の石」と化していた我がパソコンですが、幸運にもイスタンブールにAsusのサービスセンターがあったおかげで無事修理することが出来、ハードディスクとディスプレーが新品になって返って来ました。
しかし1年の保証期間だったから無償修理ということになったけど、まだまだ先は長く、この調子で壊れてもらっては困ります・・・。
いまはハードディスクもすっからかんですが、しほが日本から持って来てくれた外付けハードディスクのおかげでデータも無事に取り出すことが出来(元々このために持って来てもらったわけではない。これは神、もちろんムスリムの神アッラーのおぼし召しか?)、とにかく一安心。
ということで、今回はひさびさにPCで更新。ipodで日記を書くのが意外と楽なことが分かったので、これからは併用します。
さて、恒例の世界遺産篇もカッパドキアで#24までいきましたが、実はまだ22番を書いていないのです。
それもそのはず、ここの写真はデジカメでしか撮っていなかったから。これでようやく書けます。
気合を入れてお気に入りの写真たちを厳選しました。
トルコと言えば、地理的にアジア・ヨーロッパ・中東を結ぶ位置にあり、今でこそ首都ではないものの、イスタンブールは長い間、このあたりの中心都市でした。
街の中心にボスポラス海峡という海が横たわっており、その東側がヨーロッパ側、西がアジア側と呼ばれています。
なので、なんとなくトルコはまだアジアというイメージがあったのですが、考えようによってはアジアのたびを終え、既に片足をヨーロッパに突っ込んでいるとも言えます。
紀元前7世紀にギリシャ人がここに街を興してから、4世紀以降は東ローマ帝国の帝都コンスタンティノープルとして(まさに世界史の世界)、15世紀からはオスマン帝国の帝都イスタンブールとして栄えてきた歴史を持つこの街。
そのため、街の至るところに古い城壁や様々な歴史的文化財が残っていて、中でも旧市街と呼ばれるエリアにはトルコを訪れる観光客を魅了してやまないいくつかのモスクや宮殿跡があり、今日はその中でも人気ランキング上位3位(たぶん)の名所をご紹介します。
まずはオスマン帝国の君主以下が暮らしたという「トプカプ宮殿」。
城壁に囲まれた70万m2という広大な敷地の中には君主の住居跡はもちろん、政(まつりごと)を行った会議場や謁見の間、宝物庫に君主の夫人たちが暮らしたハレム、広い中庭などがあります。
広すぎて全体像を写真に収めることは出来ないので・・・
まずは外観のごくごく一部。
とある部屋の天井たち。
これはお祈りの部屋だったのでしょうか。
この「トプカプ宮殿」旧市街の高台の上にあり、そこからの眺望は抜群。
奥に見えるのがアジア側。この海がボスポラス海峡です。
続いてアヤソフィア。
こちらは東ローマ帝国時代にキリスト教の大聖堂として建てられたところで、元々は四角形の平面だったそうですが、その後の同帝国時代、およびオスマン帝国時代にはモスクとして転用することとなって建て増しがなされ、その外観は他に類を見ない形状をしています。
最初はキリスト教会、その次にモスクとして使われたという類稀な建築物。
いまは博物館として公開されています。
ステンドグラスが美しい。
キリスト教会時代のモザイク画。
オスマン時代にモスクとして使われることになった時にもこのフレスコ画は破壊されず、漆喰で塗り潰されただけだったため、いまこうしてその姿を拝むことが出来るのだそうです。
大聖堂であり、モスクでもあったという、複雑な歴史を待つアヤソフィアでした。
ラストは「ブルーモスク」と呼ばれる「スルタンアフメット ジャーミー」。
こちらもオスマン帝国時代に建設されたもの。ここのモスクの美しいところは・・・
また後ほど。まずは外観から。
既にすばらしい。特に左右のミナレット(塔)の光の加減。たまらない!!!
内部へ。
1日5回のお祈りの時間には入れないのでいま(観覧時間中)は閑散としていますが、祈りの時間の一足は尋常ではありません。
その様子を想像してみるだけで、震えがきます。
そして勿体つけたこのモスクの最も美しいところ。
それは・・・
この天井・・・。
何度も何度もモスクやメドレセ(神学校)の天井を載せてきましたが、ここがベスト。
もはやわたし、イスラム建築の天井のとりこです。本当に息を飲む美しさ。
最後に。
これまではイスタンブール観光の初日に訪れた際の写真でしたが、ラストは今日撮った「スルタンアフメット ジャーミー」のナイトビュー。
名付けて、
「ブルーモスクとムーンライズ」
見所のたくさんあるイスタンブールですが、その中心はやっぱり旧市街。
「新しさ」と「古さ」の融合するこの街がおれは大好きです。






























