決まった道はない。ただ行き先があるのみだ (入門式、見学者、昇格考試、武専、祝賀・歓迎会) | 身体からの悟りを目指して ~ 少林寺拳法

身体からの悟りを目指して ~ 少林寺拳法

我孫子道院 道院長のブログ

年度を跨いだこの週末、我孫子道院は行事が山盛り!

まず、今年に1月以降に入門してきた4名の拳士(社会人1名、新高校3年生2名、新高校2年生1名)の入門式

そして、入門式の日にいらしていただいた親子の見学者の対応

(入門してくれるといいな~)

さらに、新大学1年生の2名と新中学2年生の1名が、昇格考試を受験するので、最後の特訓(!?) と、考試本番(+武専)


彼らは、受験に向けてここ1~2ヶ月、本当に一所懸命稽古をし、学科の勉強にも取り組んでいました

その甲斐あって、昇格考試は3名とも見事に合格


晴れて新有段者(准拳士初段)が3名誕生いたしました


というわけで、昨日の夜は、新入門者の歓迎会と、昇段した拳士の合格祝いを兼ねて、一般部全員(新中学生を除く)で懇親会を行いました


さすがに昨日のビールは美味しかったな~


この一連の行事で、ワタシが門下生に語ったのは、

「修行には入口はあるが、出口はないし、卒業もない」

「初段、黒帯もゴールではない。武道における最初の段位を一段といわず、初段というのは、もう一度初心に戻って、ここから本当の修行の始まりだということを意識させるため」

「しかるがゆえに目的地の設定がなにより肝要」

「我々の修行の目的地は『人間の完成』であり、『拳』はあくまでその手段。どこまでも自己確立と自他共楽を目指していくのが、少林寺拳法」

といった内容です


今回のブログの表題

決まった道はない。ただ行き先があるのみだ」

というのは、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀 言葉のチカラSP part2」という番組で紹介されていたフレーズです

「目標さえ見失わなければ、必ず道は開ける」と気づかされた言葉として取り上げられていたと記憶している

終わりのない修行生活も、一歩間違えると、ときに道に迷いそうになることがあるかもしれないが、当初の目標を見失わなければ、スランプにもならないだろうし、途中で挫折することもないと思う


またそもそも武道の修行は、他人と比較できるものではなく、「今日は、昨日の我に勝つ」として、比較していいのは過去の自分だけ

「己れを修め、己れに克ち、人を生かして己れも生きる」ことこそが、少林寺拳法の修行の目標に他ならない


「ウサギとカメ」の童話は、ウサギがカメを侮って、競争に敗れ、最後は着実に歩んだものが勝つという教訓で有名だが、ウサギはカメを見ていたが、カメはゴールだけを見ていた。その目線の先が、勝敗を分けたという解釈もある


修行者はこのカメを見習い、まず目線を高く、遠くに設定し、仲間と一緒に着実に進むことで、大成できるようひたむきに修行に励んでほしい



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入門式直後の集合写真

正式には、今日から入門となる新高校2年生のS君も、一足早く入門式

さらに、今日からは4名の新中学生も少年部から一般部に上がってくるので、一般部はとても賑やかになりそうです

反面、少年部がややさみしくなるので、少年・少女の新入門拳士、大募集中です


本日の「身体の知能指数」 (PQ=physical quotient) 『105』