命とは? (大震災から1年後の今月の宿題) | 身体からの悟りを目指して ~ 少林寺拳法

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我孫子道院 道院長のブログ

この3月で、あの東日本大震災から1年が経ちました


「収束」などとおめでたいことを言っているのは、一部の政府関係者だけで、実態はほとんど手づかずのまま1年が過ぎてしまったというべきではないでしょうか


ワタシもいろいろ思うところはあったのですが、考えがまとまらないので、発言を控えてきましたが、

道場では、「今月はみんなで命について考えてみよう!」という宿題を出して、小学生から社会人まで、それぞれ命について考える月間という取り組みをしてきました


もちろん「命とは何か」というのは、半ば人類永遠のテーマですから、明確な答えなど出しようがありません


それでも、たまには真面目にこうした重たいテーマに取り組んで、考えてみるというのが肝要ではないかということで、全拳士を対象に試みてみました


そして、考えてもらったことは、それぞれ道場で発表してもらったりもしたのですが、なかなか立派な答えが多く、やってよかったと思っています


小学6年生だと、学校で聖路加国際病院理事長の日野原重明さんの「命の授業」を取り上げているところが多いようで、日野原さんの「命とは自分で使える時間のことと教わりました」という子が多かった

(日野原さんは、 それを踏まえて「その時間を自分のためだけに使っていいのか」と問い掛けているそうですが、「命とは自分で使える時間」までしか覚えていなかったのは残念!)


ちなみにワタシがどんなことを語ったかというと、

命には

①誰にも変わってもらえない主体性

②誰でも一人に一つしかないという絶対無差別

③一人の命はみんなの命につながっている=無限(連続)の可能性、無量(横への連鎖)、無等々

といった特徴があり(仏教の諸法空相の教え)

それを踏まえて、個々の命の大切さを説きました


そのうえで

「命とは、どこからきたのかわからないし、本人が気が付いた時にははじまっていたものではあるが、

確実に言えることは、

命とは育て、伝えていくもの

ではなかろうか」という話でまとめました



修行は明るく、楽しくやるのが我孫子道院のモットーですが、3.11の前後ぐらい、ちょっと真面目になってもいいのかな……



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あなたの考える「命とは?」


本日の「身体の知能指数」 (PQ=physical quotient) 『102』