うわぁ~きれい
巫女の舞は、天女のよう
神殿での巫女舞(みこまい)
巫女舞は天女の舞
室町時代からの贈り物
化蘇沼稲荷神社の夏祭
(けぞぬまいなり)
巫女舞と稲荷の相撲
8月25日(火)ココ
行方市内宿1571-1
エリザベス
文明10年(1478)の創建と伝えられ、別名「関取稲荷」とも呼ばれています。
毎年8月25日の夏祭りには、豊作を祈願する奉納相撲が行われています。このとき、当番地区の女の子による巫女舞も奉納され、雅楽の調べにのせて古式ゆかしい舞が披露されます
厳粛な雰囲気と緊張気味の巫女
雅楽に合わせて、シャンシャンと鈴の音
古式ゆかしい舞の披露 巫女舞
最初は、ドキドキしています
武田地区の小学生の女の子が、ふたり選ばれます
とっても素敵よ
雅楽の厳粛な響きが心地よい・・・・
・キラリ
・キラリ
・キラリ
巫女の踊りに陶酔してくるお客様
神聖な巫女舞は、まるで天女の舞
地域の女の子が巫女になります
巫女舞
厳粛で華麗

































お江戸みたけりゃ武田へおいで
-武田三宿江戸まさり」-
「武田三宿」とは、現在の行方市立武田小学校周辺の内宿、両宿地区を指します
今は静かな農村地帯だが、毎年8月25日の例大祭には多くの人が集まるの
江戸時代に化蘇沼稲荷神社の参詣客でにぎわい、大きな「市」が立った当時の様子を再現しているようです
北浦は、東北諸藩や水戸藩の穀物などの輸送の重要地点
これが、豪商や神社のにぎわいを生んだ背景だろう
同神社は一四七八(文明十)年、当時の領主大掾氏が創建、一五三四(天文三)年に武田氏が再建した。その際、奉納相撲で五穀豊穣(ほうじょう)を祈願したとされる。
一七八八(天明八)年に、火事で焼失。
その後、「帆津倉」の豪商・河野涼谷が村人の協力で再建しました
河野は醸造家。「亀甲正」の商標をつけた醤油は大消費地江戸に船で運ばれ大繁盛
一方で江戸から多くの参詣者が帆津倉に上陸し神社に向かったという。
河野は俳人でもあり、交流のあった・・・・
小林一茶が同地を訪れている
また境内には、松尾芭蕉と涼谷の作を並べた句碑も建立されている
「武田三宿」今に伝える・・
伝統の奉納相撲ココ
例大祭の奉納相撲は、同地区の相撲熱を高めた。北浦町史によると、帆津倉村出身の河野三五郎は江戸相撲の力士となって活躍 「鹿島灘」のしこ名で前頭六枚目まで進み、第五代秀ノ山親方となっているのです
近年では、一九九四(平成六)年から三年間、大相撲の佐渡ケ嶽部屋の力士が同神社を訪れ、相撲を奉納した
現在土俵周りにある屋根付きの立派な四本柱は、その時に作られました
一時、相撲参加者は減ったが、約20年前に子供相撲を始めてから、盛り返したという。小学生から大人まで約が出場する今年も、特設の「さじき席」から往時と同じ歓声が境内に響き渡りました
エリザベス
がんばれ~
一番、一番が、すごい歓声
大きなイベントが2つ
8月25日(火)
奉納相撲と巫女(みこ)舞で盛り上がり
往時のにぎわいを伝える化蘇沼稲荷神社
是非お越し下さいね