小さな鏡の中でネクタイを直すふりをしながら、表情をつくる練習をしていることば。これから言うことばを、どういう目で言えばいいかを考え、眼鏡の位置をととのえたり、唇の端に力を入れたり、ゆるめたりしている。その様子を背中で感じながら靴下を履き終えたことばは、突然、本のなかから出て行ってしまった。汗と(いや、汗はかかなかったな)と精液の匂いが、ざらざらした空虚と混ざり合う部屋、窓のない部屋、あまりにも単純な、あまりにも同じことをする部屋で、連れをなくしてしまったことばは、もう一度、鏡の中で、これから言うことばのための表情をつくる練習した。