小倉金栄堂の迷子20260504/20230113
(パンタグラフ)
消されたことを知らずに消されたことばが消された場所にもどってきた。消されたことに気がつかなかったから、前後左右のことばのなかに、消されたことばがもどってきたことに気づいたことばはなかった。すでにどこかで存在したことがあり、文脈が決まっていることばだが、知られすぎているために、読まれすぎたために意味にならなくなったことば。声も聞こえない。色もない。孤独でさえない。苦悩が、突然、小倉金栄堂の二階にあふれた。「回走の路面電車がカーブを曲がるときの、汚い金属音が響き、小倉金栄堂の天井に、パンタグラフがスパークしたときの青白い光が走るように」。売れ残っていた哲学書も、手垢のついた心理学の本も固く表紙を閉ざした。消されたのに戻ってきたことばに侵入されたら、破壊されてしまう。無意味さえも。「渾沌」という辞書だけが、そのことばを欲した。消されてしまったことばを、あの定義とあの定義のあいだにはめこめば「あの手の本」に変われると信じている、という夢を忘れないうちにノートに書き留めようとしたが、書き留めれば書きたいことばではなくなっていくのがわかった。