小倉金栄堂の迷子(10)20260728/20250527
(階段)
そのころ灰色の靴下を履いたことばは、階段で立ち止まった、という挿入は削除された。引き返せ。しかし、それは階段を下りてくることばに邪魔された。灰色の靴下のことばは、身を壁際に寄せ、場をあけた。階段を下りてきたことばは、一瞬歩をゆるめ、路地のバケツに水を流しっぱなしにしている水道のそばに立っている、灰色の靴下のことばを見つめたという長い一行は。鏡のなかでネクタイを直すふりをしていることばに似ていた。見られた。そう思ったが、目をそらさず、見つめ返した。行こうか。誘われるのは、初めてだった。しかし、初めてではない気がした。予想していた。そして、予想していたどおりだったことにがっかりした。本のなかへもどるように、扉を開けて、別の階段をのぼった。一歩ごとに不安がこみあげるが、その不安もすでに知っている気がした。この矛盾はどんな喜びよりも強く論理を揺さぶる。しかし、ことばに論理などあるのか。本のなかから犬が、じっと見ていた。