小倉金栄堂の迷子(10) | 詩はどこにあるか

詩はどこにあるか

詩の感想・批評や映画の感想、美術の感想、政治問題などを思いつくままに書いています。

 そのころ灰色の靴下を履いたことばは、見知らぬことばの後ろ姿を見ていた。階段で立ち止まった。引き返せ。しかし、それは階段を下りてくることばとすれ違うために、身を壁際に寄せ、場をあけたにすぎなかった。階段を下りてきたことばは、一瞬歩をゆるめ、路地のバケツに水を流しっぱなしにしている水道のそばに立っている、灰色の靴下のことばを見つめた。見られた。そう思ったが、目をそらさず、見つめ返した。次の瞬間、階段からあらわれたことばは、言った。行こうか。誘われるのは、初めてだった。本のなかへもどるように、扉を開けて、別の階段をのぼった。一歩ごとに不安がこみあげるが、それはどんな喜びよりも強く論理を揺さぶる。しかし、ことばに論理などあるのか。本のなかから犬が、じっと見ていた。