池井昌樹『理科系の路地まで』(9)(思潮社、1977年10月14日発行)
さて、「ももいろの昼幻想」。 私は、この詩が大好きである。私は池井の「朗読」が大嫌いである。池井の朗読でこの詩を聞いた記憶はないが、聞かされせなくてよかったと思う。ひとにはそれぞれ「読み方」があると思う。私は「朗読」をして確かめたわけではないが、この詩には、文字を読んだときに聞こえてくる「音楽」がある。
うぐいすの
うすきみどりの羽根が はらりとこわれる
畳の奥で
DDTの固まりが はらりとこわれる……
風邪ひいた日の 綿埃の底で見る母の顔が
にいっと笑って水飴のように
空気の中にふくらんでくる
……うぐいすもち……さくらもち……
夢のような階下のささやき
目を瞑った
うつつの水脈に洩れ入って来る
菱餅とろけた三角形のひざかり
書き出しの二連だが、最初の四行が特に印象的だ。「う」ぐいす、「う」すきみどりの頭韻のあと、「羽」根が「は」らりとこわれるとまた頭韻があらわれるのだが、その「は」は位置をかえて、こ「わ」れるのなかにあらわれる。私がいまつかっているふつうの書き方では「こわれる」だが、旧仮名遣いでは「こはれる」と書いたはずである。そのうしなわれた「は」がひそかに呼応するのである。池井が、そのことを意識したかどうかわからないが、たぶん無意識だからこそ、そこに非常に美しい音が響いている。
それは次の「母」ということばにも影響してる。「はは」。これは、むかしは「はわ」と読んだのではないだろうか。語頭では「は」は「は」と発音されるが、語中(あるいは語末)では「わ」と発音されることが多い。助詞の「は」、「こんにちは」「こんばんは」はそうした例だし、「八幡」を「やはた」ではなく「やわた」と読むひとも多い。
二連目の「うぐいすもち」もちろん一連目の「うぐいす」と呼応している。ただそれだけではない。「もち」の脚韻だけを問題にすれば「さくらもち、うぐいすもち」の順序でもいいはずなのに「うぐいすもち」から始める。ここには、リズムの問題、音の響きも関係しているのだと思う。「うぐいすもち」には濁音もあり、いくぶん暗く引きずるようなリズムがあるが、「さくらもち」は「あ」の音が増えて開放的である。そしてそれが次の「階下」「ささやき」という「あ」の多いことばを誘い出している。
これは三連目で、とても楽しい音楽に展開していく。
さらさらの磨硝子 かゆいあったかい
かあてんの古さのような磨硝子の外で
あめえのなあかかあらきいんたさあんがでえたよ
あかるすぎる 白粉の押入れに笑っていた
おいべっさんの顔やら
砂糖細工の般若の顔やら
はれぼったい昼花火
運動会の落下傘の黒豆の熱さ の様な破裂
「あめえのなあかかあらきいんたさあんがでえたよ」は「飴の中から金太(郎)さんが出たよ」なのだと思うが、こういうことは「意味」ではない。声に出して言うことが楽しい遊びである。
池井の「朗読好き」は、池井が「耳の詩人」というよりは、「口蓋、あるいは咽喉の詩人」だからからかもしれない。声に出さずにはいられないのだ。
**********************************************************************
★「詩はどこにあるか」オンライン講座★
メール、googlemeetを使っての「現代詩オンライン講座」です。
メール(宛て先=yachisyuso@gmail.com)で作品を送ってください。
詩への感想、推敲のヒントをメール、ネット会議でお伝えします。
★メール講座★
随時受け付け。
料金は1篇(40字×20行以内、1000円)
(20行を超える場合は、40行まで2000円、60行まで3000円、20行ごとに1000円追加)
1週間以内に、講評を返信します。
講評後の、質問などのやりとりは、1回につき500円。
★ネット会議講座(googlemeetかskype使用)★
随時受け付け。ただし、予約制。
1回30分、1000円。(長い詩の場合は60分まで延長、2000円)
メール送信の際、対話希望日、希望時間をお書きください。折り返し、対話可能日をお知らせします。
費用は月末に 1か月分を指定口座(返信の際、お知らせします)に振り込んでください。
作品は、A判サイズのワード文書でお送りください。
お申し込み・問い合わせは、
yachisyuso@gmail.com
また朝日カルチャーセンター福岡でも、講座を開いています。
毎月第1、第3月曜日13時-14時30分。
〒812-0011 福岡県福岡市博多区博多駅前2-1-1
電話 092-431-7751 / FAX 092-412-8571
*
オンデマンドで以下の本を発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512
(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009
(3)評論『高橋睦郎「つい昨日のこと」を読む』314ページ。2500円(送料別)
2018年の話題の詩集の全編を批評しています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804
(4)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455
(5)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977
問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com