私は、大岡昇平のことばの特徴(文体の特徴)は「正直」にあると思う。ことば(文体)は、人間(肉体)である。大岡昇平は「正直」ということばをつかっているかどうかわからない(全部のことばを詳細に読んだわけではない)が、大岡昇平全集2(筑摩書房)「俘虜記」のなかに、こういう文章がある。俘虜の日々が終わり、日本に帰ってくる。その帰国の船旅の途中、死者が出る。「水葬」が行われる。
祖国を三日の先に見ながら死んだ人達は確かに気の毒であった。しかし、彼等が気の毒なのは戦闘によって死んだ人達が気の毒なのと正確に同じである。私とても死んだかも知れなかった。自分と同じ原因によって死ぬ人間に同情しないという非情を、私は前線から持って帰っている。
「正確」。「気の毒」という気持ちは、かわらない。そこに、どんな差別も(区別も)ない。違いがないことを、大岡は「正確」と定義して、その「正確」は「非情」によるものだと定義している。
この「正確=非情」を、私は「正直」という。その「正直」は、ほかのひとの「正直」とはずいぶん違う。一般の「定義」とはずいぶん違うかもしれない。しかし、私は、これを「正直」としか呼びようがない。
この文章は、こうつづいている。
葬送する気のない以上、水葬に立ち会うのは正確ではない。一方私の野次馬根性はこの一生に二度見られるかどうかわからない場面に立ち会えと命ずるが、戦争という現実によって死者を憐れまないという人でなしに追い込まれた私の心の裏側にある或る感情に照らせば、(甲板に)出て(水葬を)見ることもやはり正確ではない。で、私はその時の私にとって一番正確と思われたことをすることにした。つまり船艙に止っていた。
(括弧内、谷内補記)
「心」の「表側」と「裏側」を見ている。そして、そこから「一番正確」なものを探し出し、それに従う。苦悩がある。逡巡がある。その上での行動(肉体)の「選択(判断)」がある。肉体の運動として実現されているものがある。それは大岡の苦悩を正確に反映している。だから、私はそれを「正直」と呼ぶ。
「正直」は、自然にあふれてくるものではない。「正直」には悩んでも悩んでも悩みきれない「選択」がひそんでいる。そのなかから「一番正確」と判断したものに、大岡はしたがっている。
判断に「ことば」がともなう。そして同時に行動(肉体)をともなう。「一番正確な判断」が「正直」である。それはときに「非情」である。その一番の非情に耐えているのは、大岡の肉体である。
大岡の「非情」に慣れるまでは、大岡の文章はとても読みづらい。とっつきにくい。しかし、一度、その「正確(正直)」に触れると、そこから離れられなくなる。「非情」の奥にひそんでいる「苦悩の重力」とでも呼ぶしかないものに引き込まれてしまう。「重力」ということばをつかったのは、それが私にはまるで宇宙のブラックホールのようなものに感じられるからである。「重力」にのみこまれ、のみこまれ、その膨れ上がる質量がある日ビッグバンを引き起こす。そうして、大岡の「作品」が誕生する。
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