池井昌樹「ネオンのしずく」 | 詩はどこにあるか

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池井昌樹「ネオンのしずく」(「詩人 池井昌樹の世界-谷内六郎の絵に魅かれて」)



 池井昌樹「ネオンのしずく」も1966年の作品。

幼いころにあったような気がする
 父につれられて寒い暗いさびしい
  町はずれを歩いたことが

幼いころにあったような気がする
 父が着ているオーバーのにおいが、まるで
  ぼくをやさしくつつむように、ほのかに
   におっていたことが

幼いころにあったような気がする
 ネオンのしずくが妙に、幻想的に
  ゆらいでいたことが

 雨の日、傘のしずくの一滴一滴に、遠くのネオンが映っている。谷内六郎の絵は、父と娘だが、池井は、父と自分の記憶として書いている。
 この詩には池井の詩に頻繁にあらわれる「ことば」がある。「におい」である。
 そして、私は、この「におい」というものが苦手である。気持ち悪い。たぶん、それはふいに私を襲ってきて、防ぎようがないものだからだと思う。
 見たくないものは目を閉じればいい。聞きたくないものは耳をふさげばいい。いやなにおいなら鼻をふさげばいいのかもしれない。しかし、鼻をふさいでは息ができない。死ぬ。ということよりも、もっと問題がある。
 池井は、

ぼくをやさしくつつむように

 と「つつむ」という動詞でにおいをとらえている。これが、問題なのである。においは肉体をつつむ。そして、肉体にしみこむ。
 肉体の代わりに衣服を考えてみればわかりやすいかもしれない。強いにおいのなか、その空気のなかをとおりぬけると、衣服ににおいがしみついている。

 山から帰った父服が木のにおいがする

 これは、作者の名前は思い出せないが、私の小学生の同級生の父が指導していた「俳句」の授業で、ある児童がつくった作品である。小学生の作品である。においは、私たちをつつみ、浸透する。そして、あふれだす。そのにおいの運動は、見たもの、聞いたもの、あるいは読んだものよりも直接的である。
 池井は、そんなふうに書いているわけではないが、私は、どこかに、このにおいの直接性、自分ではどうすることもできない不定形の何か、本能のような何かを感じ、それが気持ち悪かったのだと思う。

 父が着ているオーバーのにおいが、まるで
  ぼくをやさしくつつむように、ほのかに
   におっていたことが

 この「におっていた」は、町はずれに(雨の日の空気のなかに)におっていた、ということなのだろうが、私はなぜか、池井の肉体から(池井なら、池井の「魂」から、というかもしれない)も「におっていた」と感じるのである。池井が「におい」になって、世界と一体化している。
 たぶん、池井は、いつも何か不定形のもの、池井の肉体にしみこみ、池井の肉体をとおって世界へひろがっていくものにつつまれていた、それを呼吸していたということだと思う。そう考えると、いま書いている池井の世界に重なる。池井は、池井を超える何かにつつまれている。それを呼吸する。吸って、吐く。それが、ことばになる。それが詩になる。そういう世界を生きている。


 



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