破棄された詩のための注釈04 | 詩はどこにあるか

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破棄された詩のための注釈04
             谷内修三2020年7月31日


 「とりかえしのつかないことをしてしまった」と要約されたのは、奥の鏡に映っていたのが梔子だったか、花ではなく花びらの白く厚い記憶、あるいはことばだったか、もう思い出すことはできない。
 雨の降る音にあわせて、ゆっくり考えてみるが、はっきりしない。
 しかし「梔子」については、明らかである。それは比喩であり、そしてだれもが想像するように、見覚えのある肩から顎へかけての、肌のなめらかさを意味していた。記憶の鏡が映し出すものは、いつでも「見覚えのある」ものであり、「とりかえしのつかいな」ことである。